ジェンガを教えてしまいました 1
ある日、ケインの使いの人が店に来て、俺をケインの屋敷に招待したいから来てほしいと連絡があった。まあなんで呼ばれたのかは、大体察しがついている。最近、店に来るお客さん達の間では、この話題で持ちきりだからだ。
「ケイン様がマリー様を笑わせたらしいぞ。お屋敷中に聞こえるくらいの大爆笑だったそうだ」
「二人は幼馴染で12年間、マリー様の元に通って話し続けていたケイン様の思いが、ついにマリー様の元に届いたらしい」
「すてき!」
「きっかけは、福笑いという禁断の儀式で、おかめさんという神様は、この世で最も強力な神様らしい」
「ああ、必ず幸せにしてくれる神様らしいな」
「ただのうわさじゃないの?」
「それが真実なんだよ。12年間笑わなかったマリー様が屋敷中に聞こえる程の大爆笑だったんだ。間違いなく本物の神様さ。いろいろなところから最近マリー様がよく笑うという話を聞くぞ」
「いいなー。私も福笑い、やりたいなー。すてきな人と結ばれたい」
「福笑いってどうやるの?知らない?」
「分からない」
この話は、福笑いの奇跡として人々の間で広まった。
俺は店の中で聞こえてくる会話を聞きながら、店の外へ出た。
店の外には迎えの人が来ていて、そのまま馬車に乗ってケインの屋敷に行った。
ケインの屋敷は、想像以上に大きかった。トカゲのマークがついている。
で、でけぇ……。
本当に立派な貴族だったんだな……。
「ヒカル。よく来てくれた。上がってくれ」
「ああ、どうも。お邪魔します」
部屋に通されて、高そうなアンティークティーカップに入った紅茶とお菓子を出された。
うわ、これは……。
絶対割らないようにしなければ……。
「ヒカル。福笑いでマリーが笑ったんだ」
「そうですか。それは良かったですね」
もうすごい聞こえてくるから知ってるけどね。
「これでおまえは、おかめさんにならなくて済むよな?」
「……いや、一生、幸せでないといつおかめさんになるか分かりません。油断してはいけません」
「そ、そうなのか!?なら僕も幸せにならないと……おかめさんに……」
余りにも深刻そうな顔をするケインを見て、俺は笑ってしまった。
「ぷっ……くくくっ……」
「な、何がおかしい!」
「いえ、何でもないです。まだおかめさんになってないって事は、俺たちは今、幸せだって事ですよ」
「ま、まあ……それはそうだ。それよりもおまえに、まずは礼を言いたい。この度は本当に世話になった」
ケインは深々と頭を下げた。
なんだ。偉そうだけど礼儀正しいところもあるんじゃないか。
「いいですよ。俺は福笑いを教えただけなんで。頑張ったのはケインさんですよ」
「いや、おまえがいなければマリーを笑わせられなかった。本当にありがとう。それで約束の謝礼だが、金貨1万枚でどうだろう?」
金貨ってどれくらいの価値なんだろうか。
そういえば俺、金銭感覚がないようなものなんだよな。
レインさんの店では、銅貨しか聞いた事がないし。
多分銀貨とか金貨もあるんだろうなくらいの予想しかできない。そんなレベルだ。
まあ福笑いセットあげたくらいなら、たこ焼き10個入りでももらえりゃ十分だろう。
でも別にたこ焼きならレインさんに言えば、いつでも作ってくれるしな。
「いえ、別にいらないですよ」
「なんだと?金貨1万枚だぞ?」
「こんな立派な屋敷に招いてくれて、うまい紅茶とお菓子をもらえただけでも十分ですよ。貴重な経験ができました」
「客人が来たら紅茶と菓子くらい用意するのが礼儀だろう。頼み事を聞いてもらい、何の礼もしないなんて貴族として恥ずかしいだろう。僕の気が収まらない」
「いや、ほんと。全然……お気になさらず」
「ふふ……。おまえは本当に変わったやつだな。なら僕は決して裏切らないおまえの親友になるというのはどうだ?」
「あー、友達ですか。じゃあそれでいいですよ。俺、歳の近い友達いないし」
「ヒカル。おまえ何歳だ?」
「16歳です」
「なんだ、僕と同い年じゃないか。もうおまえと僕は親友だ。敬語も辞めろ」
「あー……うん、わかった……」
「なあ、ヒカル。僕たちは親友になった。だが僕は、おまえの事をまだ少ししか知らない。おまえの事を教えてくれないか?生まれはどこだ?」
「んー、実はよく分からないんだよね。森の中で倒れてたのをマリオさんに助けてもらって、それから今日までマリオさんの家で世話になってたから」
「記憶喪失という事か?過去の事は何も覚えていないのか?」
「いや、まあ……。覚えてるけど多分信じられない話だと思うから、言っても意味がないというか……」
「だが本当の事なんだろう?」
「まあそうだけど……」
「なら僕に話してみろ。親友の事を疑わない」
自分が地球という惑星の日本の東京で生まれた事。
両親と妹の四人家族で暮らしていた事。
隕石が落ちてきて地球が滅んだ事。
死んだと思ったけど、次に目を開けたらマリオさんの家のベッドの上だった事。
なぜか言葉が分かり、書いてる文字も日本語じゃないのに理解できる事。
オセロ、トランプ、福笑いも全てが地球の遊びである事。
状況を正直に話した。
「まあ信じられない話だろ?忘れてくれ。診てくれた医者も言ってたけど、きっと記憶が混乱してるんだろ」
「オセロ、トランプ、福笑い。それにさっきペンで書いたニホンゴという奇妙な文字。分からない事は多すぎるが、おまえがうそをついてるようには思えない。常識が通用せず受け入れられないのは事実だが、おまえは非常識だから逆に納得した」
「何だよ、ひどい納得の仕方だな」
「親友だろう?信じるさ。しかしそうなると、おまえは、いろいろと厄介な存在になる」
「どうして?」
「地球という星で作り上げられた全く異なる成長を遂げて発展してきた文明の知恵や技術を、おまえは持っているわけだ」
「いやいや。俺は普通の高校生だし、人に誇れるすごい特技を持ってる訳でもない」
「だが、たこ焼きやゲームは知っている。当然、他にもあるだろ?」
「…………いや……まあ、でもそんなの誰でも……」
「滅んでしまった地球の文明を知っている唯一の男。それがヒカル。おまえだ」
「うーん、そこまで深く考えた事がなかったな。別に生きてきて当たり前に知った事だからな。こっちに来てからも、なんとなく流れで毎日を生きてたし」
「おまえの正体は人に喋らない方がいい。おまえを利用しようとする奴で溢れかえるだろう。これは僕とおまえだけの秘密だ」
「うーん、その方がいいのか……」
まあ多分、皆マリオさんみたいな反応になるんだろうなと思って言わなかった。
でもこいつには、なんか話してしまってたんだよな。
悪い奴じゃないような気がするんだよな。多分。
でもまあコイツの言う事も分かる気がするな。
要するに地球に宇宙人がやってきて、初めて見るゲームを教えてくれたって事だろ?
そりゃ、すごいわ。やってみたい。
案外、俺の事を真面目に考えてくれたんだな。
椅子に深く座り直したケインは、ふぅと息を吐いて、考えてから口を開いた。
「万が一の時のために備えておいた方がいいかもしれないな」
「万が一?」
「今のおまえの身分は、ただの食堂の雇われ従業員にすぎない。平民だよ。おまえを利用しようとする奴が現れた時、どんな身分の奴がいて、どんな汚い手段に出るか分からない。おまえは人の欲望を満たす塊だ。おまえや平民のマリオ達の身に何かあった時、今の身分では出来る事が少なすぎる」
「身分……って……。そんなのどうしようもないじゃないか」
「ヒカル。おまえは貴族になれ」
「貴族?」
「貴族になれば出来る事の幅が大きく広がる。強い人脈もできるし、並大抵の奴では迂闊におまえに手を出せない」
「貴族なんてそう簡単になれるものなのか?こんなでかい屋敷持ってる奴らなんだろ?」
「方法はある。貴族の女と結婚しろ。貴族の家柄に入れ。地位を高めろ」
「えええええ!?ま、待てよ……。そもそも相手なんていないだろ」
「僕は貴族だ。親友を貴族の女に紹介するなんて簡単な話だ」
「俺、彼女なんてできた事がないぞ。無理だって。顔だって悪いし、モテないって」
「マリオ達の身に危険が迫った時、自分は無力で何もできない。それでいいのか?」
「それは……嫌だ。俺にとっての恩人で、ここでできた初めての大切な人たちだ」
「じゃあ決まりだ。後日また呼び出す」
「うーん……」
彼女とかできた事がないし。もう諦めてるからな。
俺は普通の人間で、何も魅力がない。
相手にしてくれる人なんていないって。
数日が経った日、ケインの使いの人が来て再びケインの屋敷に呼び出された。
「ヒカル、よく来たな。紹介する。僕の妹のベルナデッタだ」
「ヒカル様、初めまして。ベルナデッタ・グレンヴィルです」
ケインと同じ金髪の奇麗でふわりとした柔らかそう長い髪。かわいらしさがあり、品のある奇麗な服の効果もあるのだろうか、かわいらしさの中に美しさのようなものも感じる女の子が、丁寧なお辞儀をする姿がそこにあった。
貴族らしい上品な振る舞いだ。
しかもめちゃくちゃかわいい……。
「えっ……あ……」
俺は緊張して何も言えなかった。
いやいやいや、おかしいだろ。
無理だろ……。完璧なお嬢様だし……。
適当に終わらせて、恥をかく前にさっさと帰ろう。
「ははははは。なっ?ベル。僕が言ったとおりだろ?ヒカルは、前におまえをどこかで見た事があって、その時からずっとおまえに一目惚れしてたんだ。一目惚れした相手をいざ目の前にしたら、緊張して何も喋れない。おまえが合わないと思ったらヒカルを振ってくれてもいい。後は二人で話してくれ。部屋は自由に使ってくれていいから。僕は今から出かける」
ケインは部屋の入り口のところで振り返り、俺の方を見て「が・ん・ば・れ・よ」と口パクで合図を送って、出て行ってしまった。
ベルナデッタと二人きりになった。