高尾明日香編①
「……ん……」
「あ、目覚めた?」
目を開けようとすると、眩しくて、開けられなかった。
代わりに、甲高い声が耳に入ってきた。
「明日香ちゃん!」
「え……だれ?」
知ってる人?
いや確かに、ゲーマーってこと隠すようになってから友達はたくさんできたけど、友達の顔を忘れるような薄情なことはしてないつもり。
「何言ってるの?リンだよ〜!」
「リン……?」
いや、そんな人知らないよ!
体を起こして、顔をじっと見ると、なんとなく、誰かに似てる気がした。
いや、たぶん他人の空似。
「……ここ、どこ?」
「え?イースト学園でしょ?」
イースト、学園……?
「まさか……、長谷川リン……?」
「うん!そうだよ!」
いやいや、ありえないでしょ!じゃあ、なに?ここは、ゲームの世界?
「……意味わかんない」
「え?どうしたの、明日香ちゃん?」
「どうしたのじゃないでしょ!いきなりゲームの中に連れてこられて!なんなの?!」
「ゲームの世界?何言ってるの?あ、さっきまで“飛んでた”から?」
「さっさと帰しなさいよ!」
屋上のドアが勢いよく開いた。
あれは……黒滝紅蓮?まさか、ほんとにあのゲームの世界?
「高尾明日香だな?」
「は?」
「来い。紗奈様がお呼びだ」
紗奈様?あぁ、東郷紗奈のこと?あれ?……東郷紗奈って……。
『これを、“東郷紗奈”という人に渡してほしい』
まさか、ほんとに……?
「紅蓮様、わたしは……」
「お前は呼ばれていない」
「わかりました」
長谷川リンが黙った。いや、助けなさいよ。意味わかんない……。
なんでこんな強引に連れていかれてるのに、助けもしないの?
「紗奈様」
「ご苦労さま、紅蓮。高尾明日香さんね?」
「……」
「おい」
「紅蓮、いいわ。高尾明日香さん、少し話しましょう?」
「……あなたが、東郷紗奈?」
「えぇ」
「これはどういうこと?」
「さっき、あなたが言っていたこと、ここはゲームの世界だって。間違いじゃないわ」
「でも、わたしはあのゲームなんてしてない!」
「今更隠さなくてもいいんじゃないの?ただね、あなたが言ったこと、訂正したいの」
「は?」
「ここは、確かにゲームの世界。でも、現実の世界でもあるわ」
「バーチャルリアリティってやつ?」
「そんなものよ。クリア条件は、ここで生活すること」
「あなた、東郷紗奈だって言ったよね?ゲームキャラでしょ。ゲームマスターもしてるの?」
「……違うわ」
「こういうのって、漫画とかではゲームマスターの仕事なんだけど、そうじゃないの?」
「ゲームマスターはいるわ。でも、1人だけに任せられないの」
「ふぅん……。まぁ、いいよ。ゲーム廃人としては、いい経験になるし、クリアするしかない。でも、さっきは取り乱しちゃって、いろいろ言ったけど?まだうまく生活できるの?」
「あなたは“英雄”よ。転生能力を持ってる。だから、あんなこと言っても、みんな信じないわ。異世界へ“飛んで”、記憶が混乱してるのねとしか思わないから。ここで生活できるのかどうかは、これからのあなた次第ってことね」
「なるほどね。転生能力の英雄、高尾明日香。おもしろそうじゃない。演技は得意なの」
いろいろ疑問はあるけどね。なんでわたしが選ばれたのか、とか?
そんなの、ここでは愚問にしかならない。そんなこと、わかってる。
なにがあっても、この人は言う気がなさそうだし。
「えぇっと……紗奈、様、だっけ?」
「なんでもいいわよ」
「ふぅん。ゲームではあんなに偉ぶってるくせに?」
「……」
「わたしの推しキャラ、澤山和馬なんだけど。いるの?」
「えぇ。でも、今はいない。仕事で、別の場所に行ってるわ」
「そう、残念。でも全キャラのストーリーは読んだし、このゲームの知識は多いよ」
「じゃあ、“パラレルワールドへようこそ”体験型プログラムをお楽しみください」
体験型プログラム、ね。
暇つぶしと思って、やってみよう。