高尾明日香編プロローグ
「明日香ー!」
「お、恵美!」
友達の声がして、その声の主に軽く手を振った。
「明日香、今日、部活は?」
「ごめん!今日用事あって……!」
「いいよいいよ。いつも真面目すぎるんだから、たまにはサボりな!先生には上手く言っておくからさ!」
「だから、サボりじゃないって!」
友達と別れ、学校を出た。
用事というのは、スマホゲームのイベントのこと。
サボリ?違う。ゲームのイベントも、立派な用事のひとつです!
特に今回のは、わたしの推しキャラである“澤山和馬”のイベだ。
学校から少し離れて、やっとスマホを取り出せた。
今の学校の知り合いに、ゲーム廃人だなんて、バレるわけにはいかない。
中学時代、趣味がゲームだと言っていたら、オタクだといじめが始まったくらいなんだから!それを忘れたくて、うちの中学から入る人がいない名門私立高校へ入ったわけ。
イベント5分前。スマホ前待機。足早に歩きながら、イベントが始まるのを待った。
そんな時だった。
ドンッ
「きゃっ!」
人にぶつかったみたい。スマホばっかり見てたから。
体のバランスが取れなくて、尻もちまでついてしまった……。
「ご、ごめんなさい!」
「すみません。大丈夫ですか?」
低い声とともに、手が伸びてきた。その顔を見て、固まってしまった。
似てる……。いや、気のせい?他人の空似?にしては、似すぎじゃない?
たしか、あのゲームの声優は明かされてなかったはずだけど、声も似てる。
え、ちょっと待ってよ……。
「君は……」
男性は、わたしを見て、なにかに気づいたみたい。
「どこに行った?!」
「まだ近くにいるはずだろう!探せ!」
「……っ!」
荒々しい声が聞こえて、男性はハッとしたように声の方を見た。
「怪我は?」
「あ、大丈夫です」
「よかった。ここで俺に会ったこと、誰にも言わないでほしい」
「え、わ、わかりました……?」
「それから……お願い、してもいいかな?」
「え?」
「これを“東郷紗奈”という人に渡してほしいんだ。君が、この先必ず出会う人だから」
「えっ、え?!」
「それじゃあ」
えっ、ちょっと待ってよ!まったく知らない人だけど?これから会う人?!
せめて、その人の特徴くらい教えてくれても……。
あの人は困っていた。だから引き受けるの。
推しキャラに似てるから、なんていう、不純な動機はまったくないから!
男性か消えた路地を見た。大丈夫、かな……?好奇心に抗えなくて、大きな封筒を渡す人の特徴を聞きに行くために、その路地に入った。
パンッ
鋭い銃声が響いた。わたしは、今、人生初の修羅場に直面してる。
まだあの人を見つけれたわけじゃないけど、これ以上は進んじゃいけない気がする。
慌てて来た道を引き返した。とにかく、ここから離れなきゃ。
路地から出ると、足音を気にする余裕もなくて、走った。
「……っ!」
横断歩道を渡る手前で、誰かとぶつかった。
「あ、すいません」
男の人の声!生きてた?!ハッとして見上げると、近くの公立高校の制服が見えた。
そんなわけないか……。とりあえず、逃げなきゃ……!
あと1歩で横断歩道が終わるというところで、足が黒い地面を踏んだ。
その瞬間。
「きゃあぁ!!」
空と地面がひっくり返ったような感覚に陥った。