横田タクミ編③
うんざりしていた。
まさか、いや、自慢でもなんでもないが。モテる男がこんなに大変だったとは……。
「キャアアアァァァァァッ!」
「タクミさんよッ!」
「ちょっと、見えないじゃないっ。そこどきなさいよっ!」
いや、ここ、イースト学園だよな?ここに通う女子は、お嬢様だよな?
いやいや……怖すぎるだろ!
どこにでも付きまとわれるのがめんどうで、女子の大群から逃げて、屋上に来た。
「楽しそうね」
「……っ!」
そこには、東郷紗奈がいた。
「な、なに、してる……んですか?」
一応、彼女はこの世界じゃ実力者だ。
俺がなんでこの学園の生徒になってるのかは知らないけど、彼女が貴族であることは確か。
だから、リンちゃんやユイちゃんと違って、敬語で話すことにする。
「あなたがここに来ると思って。ねぇ、そろそろ女の子たちに追いかけられるのは、飽きてきたんじゃない?」
「……」
「フフッ。記憶を失っても、嘘をつけない性格は健在のようね」
東郷紗奈はゆっくりと、俺に近づいてきた。
「あの子達に追いかけられない方法、わたしは知っているわ」
「お、教えて、ください」
「簡単よ」
彼女は意地悪い笑みを浮かべ、俺の腕に彼女のそれを絡めてきた。
「なっ……!」
「わたしの婚約者になればいいの」
「は?!」
「それを公表すれば、誰もあなたには近づけないわ。リンやユイでさえもね」
確かに、2人がそばにいる時は、他の女の子たちは物陰から遠目に見ている。
彼女達も実力者なんだろう。ただし、その2人をも黙らせる彼女は、桁違いだ。
というか、彼女は理事長の娘だぞ?恋愛が出来るものなのか?
……あぁ、ゲームの選択肢にもあったな……。
「紗奈」
低い男の声が聞こえた。
「……残念ね、邪魔が入ったみたい」
「紗奈、なにをしている?」
「なにもしてないわ、和馬。行きましょう」
あの男……誰だ?
当たり前だが、ゲームを男でプレイしたことはない。
プレイヤーが男なら、相手キャラが女になることは当たり前だから。
「フハハッ!!おもしろいことなってんな!」
また男の声が聞こえて、上を見上げた。
屋上のさらに高くなっている場所から、男が顔を覗かせていた。
「悪いけど、全部聞かせてもらったよ。まさか紗奈様のタイプが、お前だったとは……。ちょ、腹痛てぇ」
笑いをこらえきれない様子で、ずっと笑っている。そんなにおかしかったか?
「あなた、誰ですか?」
「……よっと!」
男が飛び降りてきた。
「俺は北仲亮平。よろしくな!」
「……よろしく」
「お前、嫌な奴に目つけられたな」
「は?」
「……英雄様が記憶喪失という噂は、マジらしいな」
記憶喪失、じゃないんだけどな。
「いいか?希少能力を使えるお前は英雄。この学園には、お前の他にあと2人、英雄がいる」
2人も?いや、1人はわかる。
あそこまで周りから畏れられるくらいだ。東郷紗奈もそうだろう。
あと1人?誰だ?
「まぁ、1人はご存知、紗奈様な。あの方だけは別格だ。複数の希少能力を扱える。唯一扱えない希少能力が、“転生能力”。お前が使えるヤツな。紗奈様が使えないから、お前はこの学校で祭り上げられてるってことだ」
そういうことか……。
「で、あと1人の英雄が、さっき紗奈様のそばにいた男、澤山和馬様。紗奈様の婚約者だ」
「……っ?!」
「いくら温和な和馬様も、婚約者のああいう姿を見せられれば、黙ってないだろうな」
マ、マジかよ……。この状況で笑えるはずがない。
「え、本気にしたのか?!ちょ、嘘だから!」
「うそ……?」
「あぁ!和馬様は紗奈様の婚約者と言っても、澤山家と東郷家は、東郷家の方が格段に上だ。和馬様も、紗奈様の指示なしで動くことは滅多にねぇよ!それに……」
「それに?」
「……これは、オレの推測だが、いくら和馬様でも、お前に手出しはできねぇと思う」
「?」
「お前は、今までずっと放任されていた。紗奈様が使えないものを持っているから、幹部に接触されても、幹部たちが困るからな」
「幹部?」
「いいから聞け。お前の記憶喪失の噂が流れ始めた頃から、幹部たちはお前につきまとうようになった。長谷川リンや星川ユイがその例だ」
「その2人が幹部だったのか?!」
「あぁ……長谷川リン、星川ユイの2人と、紗奈様の秘書と紗奈様と和馬様が、この学園の幹部だ。なぜ幹部の2人がお前のそばにいるのか……推測は難しくない。おそらく……」
この学園のトップの指示……?
そのトップというのが、紗奈様なのか、もっと上……理事長なのかは知らない。
どちらにしても、なにかしらの力が働いている。
「まぁ、今はここまでだな。あまり余計なことを話すと、オレが殺されそうだ」
「まさか」
「いや、お前は記憶がなくて忘れてるのかもしれないけど、意外とそういうことがあるんだよな。……お前、なぜ東郷家がそこまで権力を握っているか、わかるか?」
「超能力が強いから?あと、英雄がいるから、じゃないのか?」
「まぁ、それもハズレじゃない。英雄はどんな確率で生まれるかとかはまだ定かじゃないが、今まで1滴も非超能力者の血が入っていない家系には、ものすごい確率で生まれるらしい。現代まで残っているのは、2つ。黒滝家と、東郷家だ」
黒滝家?また新しい名前が……。
「東郷家は、今じゃ英雄ばかりを世の中に出している名門。純血を守るために、この2つは割と近い親戚関係にある。それに加えて、この2つの家系で政府を作ることも多い。今は、紗奈様の秘書が黒滝家の三男坊だったはずだ」
黒滝家と東郷家には主従関係がない。
こんな複雑な設定、あのゲームにはなかったぞ。
いや、東郷紗奈でプレイすれば、こういうこともあったのか?
あのタイプは苦手で、選んだことがなかった。
「北仲亮平、くん、だったよな?」
「そうだけど?」
「頼む!もっと教えてくれ!」
「……は?」
「実は、俺は記憶がないわけじゃないんだ!もともと別の世界にいた。なぜか、突然つれてこられて、記憶喪失ということになった。俺が知っていることはなんでも……北仲くんの喜ぶようなものはないだろうけど、なんでも教える!だから、頼む!」
勢いよく頭を下げた。なにかが、わかるかもしれない。突然ここに来た理由も……。
「いや、別にいいけどさ。でも、オレ、幹部でもなんでもねぇから、あんま知らねぇよ」
「それでもいいんだ。この世界のことを教えてほしい」
「じゃ、場所変えようか」
誰にも聞かれない方がいいからと彼につれてこられたのは、マンションの一室だった。
「北仲くん、ここで一人暮らしなのか?」
「まぁ、そうだな」
イースト学園はセレブ校だ。こういう家があっても、おかしくはないんだろう。
けど……高校生の一人暮らしだろ?広すぎねぇか……?
「あ、亮平でいいから」
「あ、うん、わかった」
「で、えっと……どこまで話したっけ?」
「黒滝家と東郷家のとこまで」
「あ、そうそう。この国さ、王様がいねぇんだよな。治めているのは、政府。政府も、奉り上げる存在がいないから、独裁主義に近い政治をしてる。東郷家に英雄が多いっていう話はしたよな?それもあって、あまり差があるわけじゃないけど、権力が強いのは東郷家。東郷家の英雄には、黒滝家のできるだけ年齢が近い人間が側近として付いてる。東郷家はこの学園とかもそうだけど、あんまり表舞台に立つことはないんだ。やってることは、財閥と一緒。それに対して、黒滝家は政治関連が多い。そういう関係なんだ」
「じゃあ、黒滝家と東郷家の関係は、純血同士ってことと、婚姻関係があるってことだけか?」
「まぁ、そうなるな。オレが気になるのは、……お前が言っていたことが本当なら、なんか、すごいことが起きている気がする」
「俺が言っていたこと?」
「本当は記憶喪失じゃなくて、ここに連れてこられたってやつだよ!」
「あぁ……そのことだけど、よく考えたら、おかしいんだよな……」
「は?」
「いや、もし俺が、もともとここに存在していなくて、別の世界から来た人間だったら、この世界の人たちにとって、俺は知らない人間のはず。なのに、なぜか俺は女の子たちに知られてるし、英雄とまで言われている。知らない人間を、ここまで知ってる風に接することは不可能なんじゃないか?」
「……それが、不可能じゃねぇんだよな」
「は?」
「“記憶操作”は希少能力じゃない。意外とできるやつが多いのは確かだ。東郷家直属の部下である澤山家と星川家も、代々得意とする超能力。超能力に逆らうことができるのは、同じ超能力を得意とする人間だけど、星川家と澤山家の“記憶操作”に逆らえるやつはこの世にはいないと言われている。“記憶操作”を得意とするやつらでも、もれなくな。まぁ、東郷家は別だろうけど」
「つまり、その関係者なら、この学園の生徒の記憶を、俺がいたように操作することができる、ということか?」
「関係者というか……言わなかったか?星川家長女の唯衣と、澤山家次男の和馬様なら、学園の生徒だ」
「あぁ……じゃあ……俺が目を覚ました時に星川唯衣がそばにいたことも……」
「それならなおさらだな。星川家の記憶操作能力なら、かなり有名だ。すれ違った人間に『知らない人が幹部と一緒にいる』という疑問を持たせないために、すれ違う度に、記憶を塗り替えることも可能。他になにかないか?」
「なにか?……俺がこの世界で関わった人間が、ゲームの登場人物と同じだってことは、関係ないだろうし……」
「なんだそれ。つまり、お前が元いた世界から見ると、ここはゲームの中ってか?」
「まぁ、そうなるな」
「どんなゲームなんだ?」
「恋愛シミュレーションゲーム。ターゲットを男性だけとか女性だけとかに絞らないで、男性女性どちらでもでき、相手キャラの性別が選べる。そこが魅力的だな」
「うわ、ゲーオタかよ。おもしれぇ」
ケラケラと笑う彼に、少しだけムッとする。そんな言葉、もう聞き飽きてるからな。
「ゲーオタはキモいか?」
「いやいや、キモいわけねぇじゃねぇか。仮にも英雄様だぞ」
外見も性格も女性にモテるとはお世辞にも言えない俺が、この世界でここまでモテてたのは、英雄だからか。
「まぁ、ゲームの世界に潜り込むことも、お前にとっては不可能じゃないはずなんだけどな」
「“転生能力”?」
「そう。異次元、異世界、未来過去、どこにでも転生することができるだろ?その時の記憶があってもおかしくはない。様々な世界に転生しすぎて、記憶が混乱し、自分はあっちの世界の人間だと思い込んでも、まあおかしくはないってこと。記憶喪失だという診断も、納得できる」
「保健室の先生はわからなかったみたいだけどな」
「じゃあ、誰が、記憶喪失だって言ったんだ?」
「紗奈様だ。星川唯衣に保健室に連れていかれて、静先生ってやつは『頭に異常はない』と言った。けど、すぐあとに紗奈様が来て、『記憶喪失だ』って。理由は、さっき亮平が言ったようなことと同じだ」
「ますます怪しいな。政府は、国民に内緒で、なにかやってるのか……。他に思い出せることは?」
「……ごめん、これ以上は、もうない」
「そうか」
もう外は暗くなっていた。
亮平は、「またなにかわかったら教えてくれ」といって、別れた。