横田タクミ編①
「……くん、横田くん!」
「……んぁ……?」
気がついたら、体が横になっていた。そして、頭の下に柔らかい何かがある。
誰かに呼ばれ、目を開けると、目の前に茶色が広がった。茶色?いや、茶髪だ。
そして、それを辿っていくと、この世の人間とは思えないほどの美少女の姿。
「うわぁぁっ!」
慌てて体を起こし、後ずさる。
「もうっ、横田くんは恥ずかしがりやさんね!」
そして、ハッとした。
ここが、学校の屋上だろうということはわかる。
ただ、その先に見える景色が、いつもの学校から見える景色ではない。
そもそも、現実で見える景色でもない。
ありえない高さのビルが建ち、それに加え、なにか……薄い色がついた半透明のものが建物を覆っている気がする。
「また飛んでたでしょう?」
「飛んでた?!てか、ここどこ?!」
「……混乱してるの?」
混乱、というか……。
「とりあえず、立てる?」
情けないが、美少女に支えられて、立った。
「保健室行こ」
「あら、珍しい患者さんね」
「静先生、ちょっと彼見てくれる?」
「えぇ、喜んで。座ってちょうだい」
戸惑いながら、差し出された椅子に座る。
「どこか痛いの?」
「違うよ。彼、ちょっと様子がおかしいの」
「えっと……ちょっと待ってね」
静先生と呼ばれた先生は、俺の頭に両手を添えた。
「頭に異常はなさそうだけど?」
「えぇ……じゃあ何?」
「記憶喪失」
鈴のような声が響いた。
静先生と後ろにいた美少女が立ち上がり、入口の人影に向かって、深く頭を下げる。
何が起こってる?
「いつものように“飛んだ”あと、現実と非現実の世界が混乱して、記憶を失った。“彼ら”にはよくあることだわ」
人影は少しずつ中に入ってきて、やっと顔が見えた。
こちらも、この世の人間とは思えないほどの美少女。
真っ直ぐに腰の下まで伸びた黒髪が印象的だ。
「紗奈様、それは……」
「そうね。あなた、彼に説明をしてあげなさい」
「待ってください」
すると、入口からもう1人入ってきた。そちらを見て、ハッとした。
彼女を知っている。いや、知っているどころか……彼女は……。
「その役目、わたしにください」
「珍しいわね、ユイ。あなたが任務を引き受けたがるなんて」
ユイ?本物の?いやいや、ありえない。
「ユイ!横取りはずるいよ!紗奈様は今、わたしにその役目をくださったんだから!」
「うるさい、リン」
「リン、はしたないわ」
「……申し訳ありません、紗奈様」
「仕方が無いわ。2人で、彼の記憶が戻るまで、彼を守護することを命じます。彼は“英雄”よ。わかっているわよね?」
「「はい、紗奈様」」
英雄?!誰が!
いや、今の話で“彼”が俺だとすると“英雄”も俺だということになる。それはおかしい。
「じゃあ、横田くん、移動しようか」
「ユイ!横田くんはわたしの彼氏よ!」
「彼がいつそういうことを言ったの?」
「今日、彼が飛ぶ前に」
「それはありえない」
「あなたになにがわかるのよ!」
……なぜ、俺がモテてるんだ。