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小倉と津田の付き合いは、小倉が衆議院議員として立候補するより前、彼らが大学生として勉学に励んでいた頃に遡る。津田の方が一年先輩で、何かと出来の悪かった小倉の面倒を見ていたのだが、その頃から小倉の「何となく人をまとめ上げる才能」に気づき、卒業するときに「お前が国会議員になるときは俺を呼べ。秘書としてお前を支えてやる」などという、どこの青春ドラマだよと言わんばかりの言葉を交わしていたのだが、それから十年ほどでそれが実現し、それ以来ずっと小倉の秘書として勤め上げてきた。初当選した頃は、党内でそこそこのポジションになれればいいだろうと言っていた小倉を叱咤激励し、発破をかけ続けた結果、総理大臣にまで上り詰めた。しかも、世界レベル、人類存亡すらかかっているようなこのタイミングで。
そして、意外にも何となく人をまとめ上げる才能と言う奴が発揮された結果、どうにか事態を収拾し、これからに道筋を付けつつある。ある程度入ってきている他国の状況と比較してもわかるが、かなり良い状況と言っていいだろう。
だが、あの『声』によってどんどん事態が変わっていく。悪い方向へ。
あれやこれやに振り回され続けた結果、津田自身がモンスターと戦ういうタイミングを逸し、結果としてランキング表示は赤。そして、赤の者に示された運命。それならばと、自らこうしてくれと小倉に告げた。そして暫しの沈黙の後、小倉は「わかった」と答えた。
長年の付き合いがこれで終わる。だが、これでいい。この先のことはまだわからないことだらけだし、知ることも叶わないが、多分乗り越えてくれるはずだ。
パイプ椅子に深く腰掛け、両手足を鎖で縛られた津田は、こちらへ銃口を向ける小倉のことを、頼もしく思いながらこれまでのことを、それこそ走馬灯のように思い出し……ゆっくりと瞬きをしてからしっかりと見つめた。
あと十秒……五……四……
(小倉!日本を頼んだぞ!)
◇ ◇ ◇
『協定世界時で七月一日の0時となりました。皆さん、頑張って生き延びて下さい』
◇ ◇ ◇
『声』の直後、堀の中にいる者全員の体がいびつにゆがみ始める。
全身の筋肉が盛り上がり、鋭い爪と牙が伸び、昨日映像で見た姿に次々と変わっていく。
「全員構え!」
小倉がひときわ大きく吠え、津田だったそれを照準に捉え、引き金を引いた。
◇ ◇ ◇
「グ……ガ……」
全員の見ている前で、村松の姿が異形と化していく。
「お、おい!斉藤!これは!」
「フン……」
回避する方法が有ったんじゃ無いのか?と言う声を飲み込むしか無いのだが、さすがにコレはどうするのか……
「これなら……行けるな……フッ!」
斉藤が手をかざすと同時に、村松だったそれが踏み込んできたが、あと一歩のところで体からシューシューと煙を上げて倒れた。
『最初の殺害を確認しました。称号『同族殺し』を獲得しました』
「何とかなる、な」
「斉藤……まさか?!」
「ん?何のことだ?」
「て、てめぇ……」
斉藤が一番懸念していたのは、人間が変化したモンスターに、これまでモンスター相手に無敵を誇ってきたスキルが有効かどうかと言うただ一点。
念のために、反社な方々のオフィスから武器を調達して用意していたが、どうやら杞憂だったようだ。斉藤はもちろん、他の者たちも、ちょっと見た目が悪っぽいだけで、刀剣はもちろん銃火器を扱った経験は皆無。スキルによる攻撃が有効だというのなら、今後も生き延びることは出来るということだ。
村松とか言うちょっと頭の足りない女のことは残念だが、避けられない犠牲と言うことで斉藤自身の中では解決とした。
「お前……」
「あ?文句あんのか?」
「あ……あるに決まってるだろ!」
「何だ、言えよ」
「智美のこと、何だと思ってたのよ!」
「そうだ!お前……彼女のこと「大事に思ってたぜ」
「え?」
「俺がこれから生き延びていけるかどうかを見極めるために必要な……」
「くっ……」
斉藤がパンパンと手を叩く。
「さて、ここから先……俺と来るか、別れるか……選べ」
◇ ◇ ◇
撃ち出された弾丸は僅かにそれ、異形と化した津田の右肩を貫通した。
「グアアアアアッ!」
近くの建物の窓がビリビリと震えるほどの声に一瞬怯むが、すぐに我に返り次弾を装填。狙いを付けて引き金を引くと、今度は眉間に命中し、ゆっくりと倒れていった。
「撃て!撃て!」
小倉の声と同時に並んだ自衛隊員たちが一斉に自動小銃を全開にする。
銃声と雄叫び、そして血しぶきが上がること十数秒。
「撃ち方止め!」の声のあと、そこに動いている者はいなかった。
そして、その様子は全国のそのための場所に中継され……同じような光景が繰り広げられていった。
◇ ◇ ◇
「見えた!」
「うん!」
双眼鏡で覗いたタワーの展望デッキにその姿が見えた。
「でかくて……ちょっと豪華な物を身につけてる……ゴブリン?」
「ゴブリンキングとかそういう系かしら?」
「どうする?」
「当初の作戦通りに」
「了解!」
一応、今ここから逃げるという選択肢もあるのだが、成海もやる、というので攻撃開始だ。
「火の魔法レベル四!火の槍四連発!」
ボッという音と共に二メートル近い長さの火の槍が生み出され、ゴオッと展望デッキへ向けて発射される。火の矢に比べると熱量も与えるダメージも大きそうだが、速度が少し遅いのが難点か。
火の槍はそのまま飛んでいき、展望デッキのガラスを簡単に溶かし破り、中にいるゴブリンキングっぽいモンスターに迫るが、
「ガアアアアアッ!」
かなり離れたこちらにも届くほどの咆吼と同時に、槍の真正面になにかが現れ、あっという間に炎に包まれ落下する。
遠目にはよくわからないが、ゴブリンを召喚して盾にしたようだ。
「くっ……」
「まだまだぁっ!」
バチンッと司が鉄球を撃ち出す。鉄球は割れたガラスを抜けて正確に頭を狙う。だが、ゴブリンキングはその弾道を見てにやりと笑い、クイッと頭を少し傾けただけで回避する。
が、直後、ガガガガガッと衝撃音が響き渡り、「ギャアッ」と悲鳴を上げた。
鉄球が内部の柱などに当たって複雑に跳ね返り、右膝を撃ち抜いたのだ。
その様子を見た成海が、今までに見たこともないほどのジト目で司を見る。
「色々言いたいことがあるんですけど……」
「後でいい?」
「まあ……うん」




