(1)
この日、日本は梅雨の時期にしては珍しく、全国的によく晴れた日となった。
「総理、あと十分です」
「ああ、ありがとう」
補佐官たちと廊下を歩きながらも、手元の書類確認に余念が無い。
「準備状況は?」
「あと数カ所、完了の連絡が入っていませんが、特に問題は無いと」
「ふむ?」
「その……人数の多いところで、移動に少し時間がかかっているだけとのことで、トラブルなどは起こっていません」
「そうか。よくやってくれた。と言ってもこれからが本番だが」
「そうですね。こちら、最終チェックを終えた原稿です」
書類の束を受け取り、今回のためにセッティングされた会議室に入るとすぐに壇上へ上がる。周囲では器材の最終チェックをする者達が忙しく動いている。全員疲労の色が濃く、徹夜したのは明らかだ。本当ならしっかり休息を取って欲しいのだが、おそらく眠れなかったのだろう。顔を見せる以上、やつれた顔は見せられないと無理して眠ったが、それでも今朝鏡で見た顔は酷い物だったと思い出す。
「準備整いました」
「定刻まであと一分です」
マイクを前に原稿を広げ、目の前からの時間指示を待つ……五、四、三、二、一……
「全国各地で待機している自衛隊員の皆さん。おはようございます。内閣総理大臣小倉健次です」
目の前の数人が指で通信OKを示す丸を作っているのを確認し、続ける。
「皆さんにはこれから、国民から非難され、叱責される、厳しい任務にかかっていただく事になります。決して感謝されたり歓迎されたりすることの無い、厳しい任務です」
「六月一日から始まったこの異常事態に対し、日本政府の責任者として皆さんの多大な協力の下、どうにか立て直しを図りつつある中、このような事態に至ったことは誠に遺憾であり、わたくしの不徳のいたすところと痛感しております」
「出来ればこのような作戦は避けたかった。出来れば皆さんは縁の下の力持ちとして、国民を支え、これからも平和のために尽力するも、その姿が表立って目立つことが無い、そんな世界であるように願い続けていましたが、かないませんでした」
「この先のことはどうか、自分で背負うこと無く、すべてこの不肖、小倉健次の責任として重荷とせず……復興のために今一度その力を発揮していただくことを願います」
そして深々と頭を下げて告げる。
「どうか、この日本の、日本国民の将来を、頼みます」
◇ ◇ ◇
「全くどうなってるんだ!」
ダン!と机を叩くが、誰も答える者はいない。そう、大統領執務室には大統領しかいない。
「なんで誰もいないんだ!」
ワシントンの時刻は一八時を過ぎたところ。少しずつ窓の外は暗くなってきており、電気の煌々とついた室内に大統領の大声だけが響く。
しばらくウロウロしてから執務室を出る。電気の消えた廊下はほぼ真っ暗だが、どこに電気のスイッチがあるかわからない。そんな細かいことを知っている大統領などいないだろうから仕方ないのだが、こんな暗い所を歩いて転んでもつまらないので大声を上げるだけにする。
「誰かいないのか!」
バタンと強めにドアを閉めると椅子にふんぞり返り、足を机の上に投げ出す。
「全くどうなってるんだ!……ん?」
そう言えば昼過ぎくらいに何人かが慌てて持ってきた報告書類があったなと思い出す。色々と騒ぎながら「内容の確認をお願いします」と渡してきて、すぐに出て行ってしまったのだが……
封筒の中から数枚の紙を引っ張り出して読み始める。
「えーと……第七艦隊からの連絡。ミサイル発射準備良し、現地時間七月一日二時三十五分に発射予定……ワシントンだと十二時半頃?もうとっくに過ぎているじゃ無いか!」
そもそも自分が指定した時間なのだが、それを棚に上げて怒鳴りながら椅子に座ると、机の上の情報端末を操作しながら、誰か呼びつけようとしたところでメールが一通届いているのに気付いた。第七艦隊から海軍司令部を経由して届いた報告、と書かれている。
「予定通りミサイルを二発発射。命中及び目標の大破を確認……何でこれを直接俺に報告しないんだ!」
こんな大事なことを、軍司令部からのメールで伝えてくるのか、あの無能補佐官共は!
とりあえず、これで日本政府も少しは懲りただろうと、次に何をどう要求するかを考え始めた。
なお、彼は気付くべきだった。
メールの送信日時が六月三十日十二時というミサイル発射予定時刻前だと言うことと、送信者アドレスがフリーメールアドレスだと言うことに。
◇ ◇ ◇
「いよいよね」
「うん……」
時刻は八時三十分を回ったところ。
ノリと玉子で有名なふりかけご飯に、豆腐とワカメの味噌汁という実にシンプルな朝食を終え、ステータス画面を操作するが、どうやら今日はガチャが出来ないらしい。
「性別転換っと」
「司ちゃん」
「何でしょうか」
「できればこっちの格好で」
「あのな……」
今までは袖をまくって調整していたが、さすがに今日はヤバいだろうと言うことで上着とズボンはサイズダウンする……成海が取り出した服はそのまま押し戻した。何が悲しくてミニスカートを穿かなければならないのかと。
着替えるときにわずかに貞操の危機を感じたが、さすがに少しはわきまえたらしい……スマホを取り出したのでそのまま取り上げてアイテムボックスに放り込んでおいたが。
「司ちゃん」
「何でしょうか」
「せめて下着は変えようよ」
「お断りします」
時折交わすやりとりだが、このただ待っているだけの緊張感を和らげるのに一役買っているので、適当に応じておく……姉が来たらどうするかをそろそろ考えた方がいいのだが、今はやめよう。先送りだ。あとですごく後悔しそうだけど。
「さてと、あと十五分ってところかな」
「どうなるかしら」
運を天に任せるとしか。
◇ ◇ ◇
「各地の準備状況は?」
「滞りなく」
「そうか」
その場所へ到着し、準備を終えたところで長年秘書を務めた津田と言葉を交わす。おそらくこれが最期になる。
「ではよろしくお願いします」
「っ!」
「総理……いや、小倉……小倉健次」
「……何だ?」
「日本を頼むぞ」
「わかった」
「では先に。待っているぞ」
そう言って津田が出て行った。
「クソッ!」
津田のランキング表示は赤いまま。この決断をした時点で、こうなることはわかっていた。わかっていたが、どうにも出来なかった。
「うおおおお……」
控え室として用意された中で一人、男泣きに泣いた。これから自分が為すべき事がどれだけ残酷なことなのかを改めて思い、そしてそれを「はい」と静かに受け入れた者のために。
コンコンとノックされると同時にドアを開く。
「総理、お時間「行こう」
「は、はい!」
時間を告げに来たのはこの駐屯地の自衛隊員たち。彼らもまた、これからのことを知っているだけにその表情は固い。イヤ、あえて表情を殺すことで耐えようとしているのだろう。
小倉は案内されるのではなく、先頭に立って歩き始める。迷いを見せないように。そして、自分が全ての責任を負う決意を固めたと知らしめるために。
そして、そこに着いた。
広いグラウンドに競技用プールの如く、深さ五メートル程の巨大な穴が掘られ、そこに大勢の人間が集められていた。その周囲は自動小銃を携えた自衛隊員たちが囲み、物々しい雰囲気である。
ここにいるのは主に防衛省に詰めていたためにランキングが赤いままとなってしまった者たちだけ。だが、全国各地で……老人を始めとした無辜の国民たちが同じように集められているはずだ。
その中央に、ここだけの特別な場所が用意されている。少し高い段になっており、パイプ椅子が置かれ、津田が静かに座っていた。
その顔から目線をそらすことなく、用意された場所に立つと、台の上に置かれた物に視線を移す。詳しい名前などは覚えていないが、ボルトアクション式のライフルと箱に入ったままの弾薬が一式置かれている。それらを手にすると、前日に受けたレクチャーに従い、弾を込めていく。当初、「あらかじめ弾を込めておきましょうか」という話もあったのだが、自ら込めることに意義があるとして、やり方を一から教わったのだ。
ディザスタームービーの災害発生直前のちょっとだけ緩やかなシーンが結構好きです




