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◇ ◇ ◇
「それで、日本からの返事は?」
「相変わらずです。該当者が複数名いるが、連絡の取れない者が多く、特定出来ていないと」
「全く……なんで特定出来ていないんだ?名前がバッチリわかってるじゃないか!」
「それが……日本人の名前は、カンジとかヒラガナとかそういう文字を組み合わせているそうですから」
「アルファベットを使ってない国はこれだから困るんだ!なんで同じ読み方に色んな文字を当てるんだ?意味がわからん!非効率だろうに!」
イヤ、長い歴史で育まれた他国の言語にイチャモンつけるなよ、と補佐官を始めとするスタッフたちは内心突っ込みを入れながら、いらだってドスドスと大きな音をさせてウロウロする大統領を見ていた。
「ヨコスカからは?まだ連絡は無いのか!」
「東京へ部隊を潜入させ、四回目の調査を行った結果の報告が上がってきていますが、どうやら本当に日本政府も所在を掴んでいない様子だと」
「そいつら全員減給だ」
「は?」
「聞こえなかったか?!」
「は……ハイ、すぐにそのように!」
この状況下で減給って意味があるのだろうかとは口にしない。と言うか、完全にとばっちりだ。手続きした振りだけにしておこう。
「それと!」
「何でしょうか」
「第七艦隊は?」
「東京湾まであと十時間ほどだと」
「よし、日本政府に最後通告だ。六時間以内にフジサキツカサの身柄を引き渡さない場合」
「引き渡さない場合?」
「手始めに国会議事堂が吹き飛ぶと」
「……」
「どうした?」
「え……と……」
「さっさと連絡をしろ!」
「は、はいっ!」
仕方なく数人がホワイトハウス内の通信室へ向かう。
「なあ……」
「ん?」
「日本政府の返答、どう思う?」
「どうって……多分特定出来てるだろ。だが、こちらに引き渡すつもりは無い、と」
「特定出来ていると思った理由は?」
「あの『なんでも記録して保管していつでもどこでも調べられるようにすることに生き甲斐を感じる民族』だぞ。出来てるに決まってる」
「だよな……例のフジサキツカサを捕まえて諸々全部解決すると思うか?」
「全然。それどころか、ここ、一番ヤバいんじゃないか?」
「だよな。間違いなく拠点になるよな」
逃げる用意をしておくかと話しながら、通信したフリをするために通信室へ入っていった。三十分ほど時間を潰せばいいだろう。
◇ ◇ ◇
「陛下、残り時間も十二時間を切りましたが……」
「……まさかあなたもあのような世迷い言を信じるというのですか?」
「い、いえ……しかし……その……」
ヨーロッパ、アフリカあたりの地域は声のした時間が深夜帯だったため、あの映像を見た者が少なく、信憑性の低いデマ、社会を不安に陥れようとしている過激派組織による情報操作等として扱われていた。
だが、日本を始めとするアジア地域やアメリカなどでは大勢が見ており、信憑性が高いと判断して各国の政府が独自に動き始めている……と言う情報はどうにか連絡を取り合っている担当レベルでは把握しており、詳細な報告もされている。だが、報告が上に上がれば上がるほど嘘っぽくなっていくと言う、実に残念な伝言ゲームが行われ、大臣クラス以上でまともに取り合おうとするものは一人でもいれば御の字。そしてそれは……王室レベルでも同等だった。
「神が我々人間に乗り越えられないような試練を与えるはずがないでしょう?」
「は、はあ……しかし」
「下位一万人の犠牲は避けられません。ですが、犠牲がそれ以上増えるなんて馬鹿げてます。あとはこの説明にある『領地/領主システム』。これが神の与えたもうた人類の希望でしょう」
そう、彼らの信じる神が犠牲者をひとりでも多くするような試練を与えるはずがない。そう信じているからこそ、人間が化け物になるなんて荒唐無稽。長く緊張状態が続いたために幻覚を見たのだろう、という意見が主流であった。確実性の高い情報と、勝手な幻想。両方に板挟みにされた者達は、明日の指定の時刻までに胃に穴が開いて、それが原因で死んだ方がマシかもなと考える者すらいる状況。そして、当然ながら逃げようと考える者も多い。
「ここ、宮殿ってくらいだからな」
「拠点になるよなあ」
逃げる用意でもするかと小声で話しながら、各地への指示連絡のために歩いて行った。
◇ ◇ ◇
「日本政府の動きは?」
「大きな動きはないようです」
「そうか」
視線だけで人を射殺せるという噂すらある大統領の表情を見ながら、意を決して口を開く。
「ただ……」
「ん?」
「いくつかの避難所で動きがあったと」
「どんな動きだ?」
「老人を中心に他の場所へ移動していったようです。この状況故に追跡が難しく、行き先は不明ですが」
「おおかた、例の……何だ、人間が化け物になるってのを信じてるんだろう。馬鹿馬鹿しい」
「全くです」
「我が国にはそんな馬鹿げた話を鵜呑みにするような者はいないだろうな?」
「勿論です」
もしいたら適切に処理するように、と視線が語っているが、どうやってごまかそうか。
「それで、例の『領地/領主システム』だが、我が国で拠点になりそうなところは?」
「そうですね、首都中心部の広場に大統領府、古くからの宗教関連建造物、いくつかの湖に山など……いわゆる世界遺産となっている場所は全て該当すると予想されます」
「他は……数え上げたらキリがないか」
「ハイ」
「軍を出動させるにしても数が多いな」
「監視体制を強化しているところですが、そちらもギリギリで間に合うかどうかと言ったところです」
「二十四時間しか無いから仕方ないが、それでも監視体制確立を急がせろ。それと各地で軍を準備させておけ。特に航空宇宙軍は国内全域をすぐに確認出来るようにと」
「わかりました」
「それと」
これが本題か?と身構える。
「例のフジサキツカサは?」
「そちらは……日本政府も所在を確認していないというのが公式の発表です」
「表向きはそうだと聞いているが、実際には?」
「おそらく……身元の特定までは出来ているのではないかと」
「ほう?」
「ただ、この状況ですから」
「どこにいるかわからない、と?」
「そのようです。仮に所在がわかっても移動に苦労するでしょう」
「アメリカが動き出しそうだ。その前に我がロシアが確保出来るよう、日本に潜入中の者達に」
「大至急、指示を出します」
「よし」
大統領執務室をあとにした補佐官たちはいずれも劣らぬ精鋭揃いだが……
「帰りたい」
「抜け駆けするなよ?」
「わかってるさ。だが、ここにモンスターが溢れる前にはずらかろう」
「そうだな。ところで、同志デルニコフ。ちなみに俺はあと二時間で休憩の予定なんだが」
「奇遇だな同志レンスキー。俺もそろそろ休憩にしようと思っていたところだ」




