(6)
日も沈み始めて暗くなってきたのでビルに戻り、明日のことを話し合う。
「とりあえず時間になったら、屋上に上がってタワーの展望デッキの様子を確認する」
「ボスモンスターがいなかったら、とりあえずスキルとか色々確認ね」
「うん。そしてボスモンスターがいた場合……とても対処出来そうにない奴だったら全力で逃げる」
「対処出来そうだった場合は、屋上から狙撃ね」
司はさっき試したスリングショット、成海は魔法を撃てばいい。
「それで倒せたならそれで良し。倒せなかった場合は……」
「接近戦ね」
信頼と実績の金属バット六代目の出番……何故かコイツ、頑丈で歪み一つ無いんだよな。
「ここはそれでいいか」
「そうね」
出来ればボスモンスターの出現する拠点は少ない方がいいのだが、多分、そこら中に拠点が出来るんだろうな。それはまあ仕方ないのだが、
「下位一万人か……」
「ネットにもほとんど情報が載ってないんですよね」
「昨日までは『俺、該当してるんだけどどうしたらいい?』なんて書き込みがあったのに、今日になってピタリと止まったんだよな」
「もしかして:情報操作」
「この状況下でそんな面倒くさいことするかな?」
政府機関などによる情報操作というのはよく聞く話だ。だが、それは政府側に余裕があるときならともかく、この状況下で情報操作をしている余裕はあるのだろうか?マスコミが機能していないので政府の動きは全くと言っていいほど見えてこないが、各地で避難所が運営され、自衛隊、警察、消防等が連携しているようなので、数少ない、限られたリソースをフル回転させて国民のために活動しているだろう。となると、あんな『トイレの落書き』と揶揄されるような掲示板への書き込みなど監視している暇はないはず……多分。
「可能性その一、当人たちが悲観して自ら……」
「多少はあり得そうね。でも、全員が全員ってちょっと考えにくいかな」
「可能性その二、該当者が集められていて、ネットに書き込める環境にない」
「あるかも知れないけど……集められてる理由は?」
「……時間になって、化け物になったところを……始末する」
「普通ならあり得ないでしょって言いたいんだけど、あり得そうなのよね」
「小を殺して大を生かす。通常なら絶対に許されないけど……今はなあ」
「全ては明日ね。あと……十三時間くらい?」
「うん」
そしてもう一つ。
「日本は午前九時という時間帯だったから、ほとんどの人にあの情報が流れたけど、他の国だとどうなってるんだろう?」
「ああ……あの映像の国とか?」
「うん。あの様子だと、声で目を覚ました人がいただろうけど」
目を覚ましても、すぐに……だろう。
「場所によっては真夜中もいいとこよねぇ」
「さすがに誰も起きてないって事は無いだろうけど、起きていた人が『こう言うことがあった!』って説明しても……信じてもらえないだろ、アレは」
「ホラー映画の見過ぎ、って一蹴されそうよね」
「頼みの綱になりそうな『説明』でも一切触れられてないあたり、性格悪いよな」
◇ ◇ ◇
「今日はこの辺かな」
モンスターこそ出なかったが、道路事情は厳しく全然進めなかったせいで、未だに日本一の湖のそばにいる。
さっさと抜けても良かったのだが、やはり明日のことは気になるので、とある場所で原付を止めて、寝泊まり用の車を出す。近くにある全国的に有名なゆるいキャラクターが城主のその城は、すっかり暗くなった中でもなかなかの存在感がある。
「多分、ここ……拠点になるよね」
この地域に親戚知人はいないが、拠点、そしてボスモンスターがどんな物なのか見ておこう。そして、勝てそうなら戦う事に決めた。勝てそうにない相手ならさっさと逃げる。戦うのが目的じゃないから。
そう、周囲に住んでいたり避難所にいたりする人のためではないのだ。
おそらくこの先、ボスモンスターとの戦闘は避けて通れない。そこで今のうちにどんな物か知っておき、対策を考えるのだ。思い返せば、今までに戦ってきたモンスターは基本的に寿と相性が良い相手ばかりだった。トロールやスライムはちょっと手こずったが倒し方さえわかれば、と言うレベル。だが、これがこの先も続くとは限らない。戦いに於いて情報は武器だ。敵を知り己を知ればと言うじゃないか。
それに、ボスモンスターを倒せたらそれはそれですごいことのはず。
ふんすと鼻息荒く、両手を腰に当てて胸を張り、右手を高々と掲げる。誰も見ていないが。
「司ちゃんに、お姉ちゃんはすごいんだって自慢してやるんだから」
動機は割と不純であった。
本人が純粋に考えているというのが少し問題か。
◇ ◇ ◇
ガチャリとドアが開かれ、中からトレーニングウェア姿の総理が出てくると、すぐに待っていた補佐官のひとりが駆け寄る。
「状況は?」
「ハイ。設備状況、周囲の状況などから全国に百十二箇所、場所を用意。各所で準備を進めています。併せて各避難所の状況を確認。一部で不満も出ているとのことですが、どうにか説得し、移動を開始。現時点で三割程度まで移動を完了しています」
「人数はどうなりそうだ?」
「七割程度まで確認が完了したとのことですが……現時点で三十万人程。推測ですが、五十万人程度になると見込まれています」
「やはり多いな……一万人ってのは何だったんだと言いたいが」
「聞く相手がいませんね」
「話の腰を折って悪かった。続きを」
「ハイ。今のところ進捗は問題なく。予定の時刻までには完了出来る見込みです」
「了解」
「それと、監視カメラですが」
「うむ」
「関東近郊で拠点と予想されそうな場所は六割ほどが、既設のカメラで確認出来そうです」
「ほう」
「全国ではまだ何とも。その……数が多すぎて」
「ま、仕方ないだろうな。他は?」
「重要事項としては以上です」
「わかった。少し休むが、何かあったらすぐに」
「はい……その」
「ん?ああ……大丈夫……と思うよ。手順だけはしっかり覚えた」
「はい……」
「君たちも交代で休むんだぞ。明日は……多分酷い一日になる」
「わかりました」
そこへ一人が駆け込んできた。
「どうでもいい話ですが一応報告を」
「何だ?」
まだ他にあるのかと聞く姿勢になる。
「国会議事堂前なんですが」
「どうした?」
「デモをやってる連中がいます」
「馬鹿なのか?」
即答である。
「一応……警察に届け出ているそうでして」
「受理せざるを得ないのが何ともな……」
この状況下でも日本は法治国家の体を為していた。
「で、主張は?」
「この状況を招いた日本政府は責任を取れと」
「は?」
「小倉総理は即時辞任せよとも」
「集まっているのは五十人程度だそうですが、全員どこから持ってきたのか、拡声器を持っていて相当うるさいようです。ま、近隣に住んでいる人はいませんから苦情はありませんが」
「二つ聞いていいか?」
「はい」
「警察は?」
「車なんて通ってませんが、一応数人が周囲に立っています。様式美みたいなもんですね」
「そうか……特別手当出してやれ。で、こっちが重要な質問だが……議事堂、誰かいたか?」
「無人です」
「電気も消えてるよなあ……」
「はい」
通常なら警備の者もいるのだが、この状況下では不要と判断して完全に無人になっている。
「連中は誰と戦ってるんだ?」
「質問、三つ目ですが」
「……馬鹿馬鹿しい」
「全くです」
「ふう……ま、いい。放っておけ。私は少し休むが、何かあったら呼んでくれ……イヤ、重要そうな奴だけだぞ?」
「はい」
呵々と笑いながら総理が去るのを見送ると、補佐官たちはすぐに歩き出す。自分たちに出来ることをするために。
ひとりでも多く生き延びるために。
次回、外国の動向を少し……と、珍しく予告してみたり




