(3)
少し走ったところで原付を止める。
「ここ……」
「うん……多分ね」
総合病院の前、玄関付近に大量の血痕が見える。
「昨日、二人が来たのはここなのかな」
「んー、中の電気、生きてるみたいね」
「発電設備があるのかもな」
「つまり、どういうこと……?」
「多分二人が低レベルながらもアイテムボックス持ちで、ここの冷蔵庫に食料をしまっておいたとか?」
「どうしてここにいなかったのかしら?わざわざあんな……ねえ?」
「中が酷いんじゃないか?」
「ああ……うん、それは……ねえ」
「酷くなくても、無人の総合病院って夜になったら怖くないか?」
「う……そうね」
好き好んでそんなところにいるようには見えなかったから、少し離れたあのビルで過ごしていたんだろう。そして、彼らにとってここが生命線になるというのなら、そのままにしておこう。
「とりあえず、こんな場所だけど……性別転換」
「くぅ……」
「うずうずしないで下さい。で、ついでにガチャを実行っと」
「★四……」
「このタイミングでHP五十%回復薬とか、嫌がらせか?」
「気を遣ってるんじゃない?」
「ガチャに気を遣われるとか、切なすぎるんだけど」
大都市のせいなのか、偶然か、幹線道路にはほとんど車が残っておらず、夕方頃には県庁所在地に入ることが出来た。
日本で三番目に大きな都市だけあって、それなりにモンスターが出現しているだろうと思っていたが、そんな様子がない。避難所へみんな逃げ込んで「狭い」ところに集めるというような対策をして、うまく行っているとかそういう感じなのだろうか?
そんな話をしながら中古車屋の敷地に入り、キャンピングカーを出す。木を隠すなら森の中、車を隠すなら車の店の中だ。
「司ちゃん!ここ、まだ水も電気も通ってる!」
「おお!」
事務所に入ってみると……さっそく成海が炊飯器をコンセントに繋いでいるところだった。
「久々のご飯だよ!」
「気持ちはわかるけど泣くなよ」
「泣きたくもなるよ~、だって熱々のご飯が食べられるんだよ!」
「あ、はい。そうですね」
目がヤバかったのでこれ以上は何も言うまい。レンチンと炊飯器ではやはり違うからな。
この店の事務所にはガスが通っておらず、電気で調理するような設備もないのでカセット式のコンロを出し、おかずの用意にかかる。
「お豆腐の味噌汁に!」
「いや、油揚げ……むむ、ジャガイモも捨てがたい」
「くっ……だ、大根とか!」
「タマネギもいいな」
味噌汁の具材を考える横では網の上に乗せた塩鮭がいい感じに焼け、ご飯の炊き上がりと共に二人は一心不乱にかき込んだ。
「……このタイミングで卵かけご飯は邪道か?」
「私、卵かけご飯は朝食が至高だと思うの」
「そうだな……明日はそうしよう」
水道が使えるので炊飯器の片付けも簡単。ついでに少し水も回収しておくか。
ここに誰かが来たら、何を言われるかわからないような会話と食事の後、キャンピングカーに引きこもる。
「予想だけど……」
「うん?」
「明日、きっと何かあると思う」
「うん、私もそう思う……いよいよ明日は~とか、残り二十四時間です~とか、きっとあるよね」
「下位一万人の死。それだけで済まないだろうな……きっと色々ある」
「ソシャゲのアプデみたいに?」
「気軽にやって欲しくないというか」
「誰も望まないアップデートね」
ありそうなのは、ランキング上位に何らかのメリットの提供に、モンスターの追加。さらに他の要素もついてきそうだ。
「ま、考えても仕方ないか」
「そうだね……『こんなアプデ、やってられるか!』って声を送る方法が無い」
「ソシャゲならゲームを削除すれば終わるんだけど、そういうことも出来ないし」
意表を突いて何も無し……無いな。絶対に何かぶっ込んでくるはず。それも想像を超えた何かを。
◇ ◇ ◇
「例の藤咲司ですが」
「聞こう」
「はい。避難所に家族が到着したと連絡が」
おお、と室内にいた者達がざわめく。
「実際に到着したのは数日前ですが、モンスター出現のゴタゴタがあったとかで」
「前置きはいい」
「ハイ。えーと、避難所の状況も慌ただしい状況ですが、明日、両親との会話が出来そうです」
「わかった。時間の調整諸々は任せる」
「わかりました」
「質問内容は……ある程度は考えておくが、向こうの状況次第だな」
本人ではなく家族だが、少し伝わってきている情報では本人のこともある程度把握しているような事も聞いている。もうすぐ一ヶ月になろうかというこの状況を打開する何かが得られればいいのだがと期待が高まる中、総理は期待しすぎても、とやや達観している。
「さて、どうなるか……」
「それと、アメリカの状況です」
「ほう」
通信施設や送配電設備が破壊されまともな通信が途絶えていたが、ようやく復旧したか。
「現在、相互に情報交換を行っているところですが」
「……何だ、はっきり言え」
「藤咲司です。情報提供……いえ、身柄の拘束と引き渡しを要求してきています」
「日本人としか見えない名前だから、我々に言うのはまあ……筋が通っていると言えば通っているのか?」
「どうなんでしょうね」
日本政府としては、藤咲司の独走状態の理由、コツを知りたいだけだが、どうもあちらさんはこの事態を引き起こした関係者と見ているようだ。
「それと、EU各国に中東諸国、アジア諸国にロシアからも同様の連絡が」
「このタイミングで一斉に、か?」
「七月一日が近づいて、ケツに火が点いた感じでしょうか」
「まったく……」
仕方ない、と前置きして告げた。
「日本政府としての公式見解を出しておこう。HUZISAKI TUKASAは日本人に見られる名前のようだが、政府としては詳細確認中。本人の特定に至っていないため、身柄の引き渡し等は応じたくとも応じられない。それにそもそも何のための身柄引き渡しだ?引き渡したあとにどうするつもりだ?論理的に誰もが納得出来る理由を用意して出直せ。そんなところだな」
数名が内容をメモして外へ出て行った。
「オブラートに包んで伝えてくれるといいんですが」
「要らんだろ」
この国の外交のありようが変わりそうな瞬間であった。




