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妙に甲高く響くエンジン音から必死に逃げる。水を細かい霧状にしたわけでもなく、一瞬で蒸発させたわけでもなく、かといってアイテムボックスのような能力で吸い込んだわけでもなく。
「くっそ!」
とりあえず奴の能力は物を消す能力と仮定しよう。ではあれが人間に使われたらどうなるか?考えるまでもない。手足の欠損ですめばいい方。普通に考えて即死か失血死待ちだ。今のところはスキルの到達距離範囲外だから助かっているのだろうが、いつこちらに届いてもおかしくない。イヤもしかしたら範囲内だけどあえて外しているという可能性だってある。
「こうなったら」
少し先に大きな吹き抜けが見えた。使うならここだ。
「一か八か!」
力を振り絞り、さらに加速して、箱を抱えて時間を確認し、ダンッと吹き抜けの中に飛び込み、
「アイテムボックス!時間停止ボックスを取り出す!」
そのまま二階の床に放り投げる。逆さまの視界の中、向こうから恐ろしいほどの形相でバイクを走らせる男が見えた。
「見つけたぞ!」
だが、同時に時間停止ボックスが消滅し、中に詰め込んだ火の点いた花火が一斉に弾けた。まあ、そこらで袋詰めされて売られている花火だから火力はお察し。それに、なかなか頑丈そうな男だったから死にはしないだろう。
それでも音と光りと煙による目くらましには充分なはず。
パパパパパン!
パパン!
パーン!
パパパパ……
色んな花火の音が響く中、一階の床が迫る。必死に手足をバタつかせて姿勢を変え、足を目一杯伸ばして着地。すぐに膝を曲げて衝撃を吸収しつつゴロリと転がる。格闘漫画で見よう見まねの五点着地。強化されている体は怪我一つ無く着地出来た。
ガシャン、と言う音に思わず見上げると、横転したままのバイクが手すりに貼られたアクリル板に激突して止まっていた。男の姿はここからは煙で見えない。煙は消せないのだろうか?
「こっちだ!」
「いたぞ!」
「げっ!」
二人の男が少し先の花壇っぽい棚を飛び越えてきた。少し横からは男女ひと組も。
「こっちは一人だぞ、卑怯だろ!」
こいつらの相手をしていたら、あの男が下りてきちまう!
「うっせえぞこの女!」
「そうよ!ちょっと見た目がいいからって!」
げ……この姿を見られたのは……マズいか……色々と。
「だああっ!クソッ!面倒ばっか増えていく!」
そう叫んだ瞬間、目の前の空間がぐにゃりと歪む。
「え……?」
「「「「マズい!」」」」
五人の前にオーク二匹、オーガ二匹、トロール一匹が現れた。これの相手をしている余裕はないが、
「チャーンス!」
すぐさま金属バットを取りだし、目の前のオークの腹にフルスイング。オークは左腕を砕かれながらトロールの方へ吹っ飛んでいく。そして、さすがの怪力トロールも背後からいきなり百キロ以上の重量物が飛んでくればそのまま前に倒れる。哀れな男を下敷きにして。
「ぐあっ」
トロールに押しつぶされた男の悲鳴が聞こえるが当然無視して飛び越えると、そのままモールの出口までダッシュ。他の連中は目の前のモンスターにかかりっきりだ。
「あ、クソ!」
「待ちやがれ!」
待てと言われて待つ奴はいない。背後で始まった戦闘音に振り向くことなく外へ飛び出すと原付に飛び乗る。
「あばよー!」
某怪盗の孫っぽい台詞を残して逃走。モンスターを瞬殺出来るスキル持ちがいるなら全滅はしないだろうが、立て直して追いかけるには少し時間もかかるはず。その間に逃げ切ってやればいい。
「なんとか逃げ切れたが……この姿を見られたのは色々マズいな」
早めに寿姉と合流して、事情を説明して……うん、事態がもっとややこしくなる未来しか見えない。
「なるようになれ、だ!」
今までもそうしてきた。これからもそうするだけだ!
◇ ◇ ◇
「ごちそうさまでした」
ワンボックスカーの中で昼食を終えて一息。天気予報が出ていないのでよくわからないが、時期的に梅雨の時期で、車の外はかなりの大雨。飛ぶことは出来ないが、車での移動も、そこら中が塞がっているので今ひとつ。傘をさして歩くしかないか。
「よし、探知……藤咲司……あれ?」
探知で司が見つからない。
「まさか!」
慌ててランキングを確認するが、一位の表示は司のまま。
「探知で司ちゃんが見つからない……どういうこと?」
探知がおかしいのか、司に何かがあったのか。
「んー、なんだろう」
一時的に探知が不具合を起こしているのだろうと考えて何となくの方角へ向けて歩き出す。
「大丈夫!私が司ちゃんを探せないなんてことはないんだから!」
根拠のない自信だが、説得力のある台詞が口をついてでる。
「コレも試練ね。愛の」
自分で自分にそう言い聞かせて歩き出す。
空を見る限り、しばらく雨が続きそうだ。
◇ ◇ ◇
「司ちゃん、大丈夫かな……」
分かれる直前に決めた集合場所は最寄りの駅。バレたら一発アウトな場所だが、土地勘のない二人にはわかりやすい場所だし、身を隠す場所もそれなりにある。
「はあ……」
二手に分かれるというのは作戦としてはわかるが、司の方にだけ追っ手が向かったのを見てしまうと胸中は複雑だ。
「私、役に立ってる……よね?」
司と合流してからのことを思い返す。
うん、大丈夫だ。役に立っているはず。色々やらかしていることも多いけど。イヤイヤ大丈夫、やらかし<役立ち、のハズ。多分。
多分こちらから来るだろうと見当を付けた方角が見えるよう、連絡通路の隅に身を潜めていると、原付の音が聞こえてきた。そっと覗くと……多分司だ。だが、安心は出来ないので追跡者スキルでロックオンしてみる。
「猫?」
最近の猫は原付を運転するのか。それとも猫という名前の人物がいると言うことなのか。名前の表記的には日本人か中国人?だけど、『猫』一文字って、どこからどこまでが姓でどこから名前なんだろう?
様子を見ていると原付が止まり、手元で何か……スマホを操作している。すると成海のスマホにメッセージが入った。
司:今駅に着いたけど、どこにいるの?
成海:『猫』って人に知り合いはいないんですけど
司:げ
すぐに追跡者の表示が『藤咲司』に変わった。多分、追っ手をまくために偽装スキルを使ったんだろうけど、戻していないあたり、慌てていたのか警戒していたのか。
成海:今行くよ。待ってて
そう返すと、どこか抜けていて、でも頼りになる旅のパートナーの元へ向かう。まずは無事を喜び合おう。




