(2)
「よし、あの交差点で二手に分かれよう」
「うん」
大雑把に落ち合う場所だけ決めて司は右へ、成海は左へ。
そして、狙い通りというか何というか……五台の車は司を追ってきた。こっちが二手に分かれたら普通は追う側も二手に分かれるだろうに、考えが浅いのかそれとも司を徹底的にマークしているのか。
「さて、どうやって逃げようか」
頭をフル回転させながら原付を走らせていく。出来るだけ障害物が多く、車が走りづらそうな所を選びながら、何度も交差点を曲がり、見えない位置でさらに曲がりとやったのだが、五台の車は正確にこちらを追ってきている。追跡系スキル、成海と同じ追跡者スキルだろうか。
それなりに距離を開けてもついてきていると言うことは、レベルを上げて有効距離を伸ばしていると考えていい。
となると、有効距離がどのくらいあるのだろうか。
成海の追跡者スキルはレベル1で百メートルだった。
単純にレベル×百メートルなら、一キロ以上引き離せば追跡から逃れられると言うことになるが……
「判断材料が少なすぎる」
だが、少しだけ距離が開いたので、次の交差点で勝負をかけることにする。
角を曲がるとすぐにアイテムボックスからエンジンオイルを大量投下しつつ、発煙筒による煙幕展開。反対車線までいっぱいに広がったオイルと煙でどうにかできると期待しながら、再び走り出す。
◇ ◇ ◇
「細かくジグザグに走っちゃいるが、追いつくのも時間の問題だぜ」
運転している中井が呟くのに車内の全員が頷く。後ろについてきている四台も同じ考えらしく、トランシーバー越しに「そろそろ三方向から挟み撃ちにするか?」という声も聞こえてきている。
「この先、一キロも行かないうちにいい感じの道路になる。そこで追い込むぞ」
「おお!」
「やってやるぜ」
斉藤の言葉に全員が沸き立つ。
「ククク……藤咲司……逃がさねえぜ」
だがその直後、ハンドルが左に切られると同時に視界が真っ白になり、さらに車が横滑りしていく。中井が慌ててブレーキを踏み、ハンドルを戻したが、逆におかしな方向に向いてしまい、そのままガードレールに乗り上げて停止。そこに後続が次々と追突してきた。
「クソがっ!」
悪態をつきながら飛び出して数秒、漏れたガソリンに引火し、一気に車が炎に包まれた。
「おい、やべえぞ!」
「まだ中に!」
必死に助けようと試みるも、火の勢いが強過ぎるため、手が出せない。
「見捨てろ」
「え?」
「ここにいると俺たちもヤバい、離れるぞ」
そう言って、ずいぶん小さくなった原付の後ろ姿を睨み付ける。
「あの野郎……絶対に逃がさん」
「お、おい、斉藤……ちょっと待て、おい」
「うるせえ!さっさと追うぞ!」
「で、でもよ」
「俺の言うことが聞こえなかったか?」
胸ぐらを掴み上げ、ギロリと睨み付ける。
「ここで死ぬか?」
「い、いや……その……あ、あれだ……うん、わかった」
人数も減ったことだし、車も一台減らそう。
◇ ◇ ◇
なんか、派手にクラッシュして火の手も上がったようだ……助けに行くつもりは無い。
連中が車を調達する方法を持っていると仮定しても、追いかける体制になるまでには少し時間がかかるはず。今のうちに距離を稼ぐべきだとアクセルを吹かす。
しばらく走ったところにショッピングモールを見つけたのでそのまま入っていく。
物資の回収をするつもりは無いが、隠れる場所の確保がしやすいし、追ってきている様子を見るのに良さそうな屋上駐車場もある。
「ここで様子を見るか」
停電した暗い店内を屋上駐車場まで登り、柵ギリギリのところから道路を見る。少し見づらいのでヘルメットは脱いだ。変に光が反射してもマズいし。
「ここなら向こうから見にくいからちょうどいいかな」
あとは……
「偽装スキルでステータスを改ざん……名前を……『猫』にしておくか」
仮に向こうから「屋上に誰かいるぞ」となって、追跡者スキルを使われても「猫」と表示されたら、「なんだ猫か」となってくれる……といいんだが。
うん、追跡者スキルをもっと確認しておけば良かった。特に偽装スキルによる名前変更が追跡者スキルにも有効なのかどうか。
「後悔先に立たずってこのことだよな……」
姿勢を低くして道路を見ていると……さっきまで追いかけてきていたのとは違う車が四台近づいてくるのが見えた。
◇ ◇ ◇
「イ○ンか……」
「どうする?」
「これは俺のカンだが……奴はここにいる」
松下の問いに斉藤が即答する。
「ほう?」
「見たところ、中の物は残っていそうだろ?」
「そう……だな」
「身を隠す場所がある、そう考えている可能性が高いというわけか?」
「そういうことだ」
斉藤がトランシーバーをオンにする。
「中に入る。おそらく藤咲司がいる」
鬼ごっこの次は隠れんぼか?
だが、鬼が多いのはなかなか大変だぞ?
◇ ◇ ◇
「四台とも入ってきた……俺を探している可能性が高いけど……あと一台はどこだ?」
一台減らしたのか、それともどこか他に向かっているのか。
だが、考えている余裕はない。四台のうち二台はそのまま地上の入り口前に止まったが、残り二台が今いる位置から見えなくなった。屋上駐車場を目指しているとしたらここにいるのは絶対マズい。
開いたままの自動ドアから中に入り、止まったままのエスカレーターに向かい、そっと下へ下りていくと、家具やら子供服の売り場になっていた。そこら中にカートや商品が散乱し、相当な混乱があったことを物語っているが、死体が転がっているわけでもないので動き回るのに抵抗は無い。所々に血痕があるようだが、電気が消えて暗いせいで気にならないのはありがたいと思いながら奥へ進む。電気の消えた店内と言っても、フロアの真ん中にあるエスカレーターをこれ以上下りていくのは目立ちすぎるので、階段で行くべきか。こういう所はだいたい隅の方、エレベーターの近くに階段があることが多い。理由は知らないけど……あった。
見つけた、と気持ちが急いたせいで思わず走ってしまった。
足音をさせて。
ダン!と思ったより大きな音がフロアに響き、
「誰かいるぞ?」
「何階だ?」
という声と走る足音が聞こえる。
今更足音を忍ばせたり隠れたりしても無駄だろうが、階段はもっとダメだと判断し、すぐ近くのおもちゃ売り場の棚の間に転がり込む。
「どうする……どうする……」
考えろ、考えろ!
相手の人数は不明だが、少なくとも七~八人。多分十人前後。そしてその中にモンスター、トロールを瞬殺出来るような奴が混じっている。
戦うのはもちろん無理。勝ち目ゼロ。そして、逃げるのもあの人数相手では難しいか。隠れる場所のつもりが追い詰められてしまった。




