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◇ ◇ ◇
「この状況に対して、納得のいく説明が欲しい!」
「ですから、その……つまり……」
避難所の被害状況は甚大で死者が五千人弱。重傷者が四千人強。しかも重傷者の大半がおそらく助からない。そうなってくるとかろうじて軽傷、あるいは運良く無傷の者の中には、妙なことを主張する者が現れる。そして彼らはこの避難所の運営方針に色々とケチを付けるのだ。
曰く、「スライムのような厄介なモンスターが現れることは予見出来たはず」
曰く、「狭い場所に大勢を詰め込んでいたから逃げ場がなかったのが被害を拡大させた原因ではないか」
曰く、「スライムどころかもっと強そうなモンスターも倒せる者がいると聞いたが、きちんと指示を出していたのか」
こう言う話に強い者がこの避難所にはおらず、対応の苦手な佐々木はどう返事をすればよいかと頭を悩ませているとさらに追い打ちがかかる。
「何とか言ったらどうなんだ?」
「貴様ら、税金を何だと思ってるんだ?」
「血税だぞ、血税!」
論点がずれている。
だが、それを指摘してはいけない。なぜなら指摘すると「話を逸らすな!」と言われるだけ。こういうときは「ハイ」「そうですね」「お気持ち察します」こう言った返事だけをするのが最も簡単な対応だ。何しろ相手は言いたいことだけ言えば気が済んで去って行くことが多いのだから。そうした処世術を身につけている者は、この騒がしいのが過ぎ去るのをじっと耐えればいいと理解しているのだが、まだ社会経験の無い寿にそれを求めるのは酷だった。
「私……ダメだったのかな」
「寿?!」
「私、頑張ったよね?出来ること精一杯やったよね?」
「そうだぞ、寿は出来ることをやったんだ」
「それならどうして。どうしてあんな……声……」
隣の部屋にも聞こえるほどの怒号。わかっていれば部屋を離れていたのだが、まさかあんな大声で怒鳴り散らすとは思ってもいなかった。
「寿……」
膝を抱えてうずくまってしまった寿に、なんと声をかければいいのかわからない。こういうときに頼りになりそうな碧は痛み止めの薬で眠っているため、典明はそっと肩を抱き、頭をなでてやるのが精一杯。
おそらく現時点で世界最強の娘。だが、まだ十八の少女だ。とっさの判断を誤るのは当然で、それを指摘し教え導いていくのが大人の役目。だが、その大人が一方的にまくし立て、罵倒するだけでは、何も学べず、成長も出来ない。
「寿……お前は、自分のしたことが間違っていると思うか?」
「え?」
「お前は、自分で正しいと思ったことをしたか?」
「うん……」
「どうして正しいと思うんだ?」
「一人でも助けたいって思ったから」
「そうか」
「結局大勢が……でも、私に出来ることだけでもって……」
寿は墜落間違い無しの飛行機をどうにか着陸させ、どうにか生き残っていた人の命を繋いだ。だが、あのときだって、大勢が死んだ。おそらく寿がもっと早く自身の能力を確認して、その力を発揮していればもっと大勢助かっただろうが、誰もそのことは言わず、ただただ感謝された。
それと今の状況は何が違う?
あのときも今も、寿は自分に出来ると思ったことを精一杯やっただけだ。
「お父さんは、私がしたことを……」
「正しいぞ。寿がやったことは正しい」
「うん」
「だけどな。世の中には色んな人がいて、それぞれ色んな考え方をしている。あの人たちも、寿が出来ることを精一杯やったってのはわかっているんだ」
「でも……」
「だけど、寿があの人たちの立場だったとして、もしも家族が、今回のスライムで殺されてしまっていたら、どうする?」
「わかんないよ」
「そうだな。俺もわからん。だけど、家族を失って悲しいって気持ちは多分誰でも同じように感じる。そして、その悲しみをどうしていいかわからなくなると、ああしてぶつけてしまうことがあるんだ」
「……」
「あの人たちだって、本当は寿に感謝している気持ちもあると思う。だけど、それ以上に辛く苦しい気持ちでいるんだ」
「そう……」
「だから、真面目に受け取らなくていい。この人も悲しい気持ちで一杯なんだと、そう思って聞き流せば言いさ」
「でも、聞き流すなんて……」
「きちんと話を聞いて受け止めるのは、偉い人の仕事だ。寿は自分に出来ることだけでいい」
「うん」
ようやく落ち着いたようなので、「少し寝なさい」と横にさせようとするが、寿がスッと姿勢を正す。
「お父さん」
「ん?」
「大人になるって……大変なんだね」
「そうだな」
「私、ちゃんと大人になれるのかな?」
「なれるわよ」
「碧?」
「お母さん?」
ちょうど目を覚ましたのか、ずっと話を聞いていたのか。やや辛そうだがゆっくりと体を起こし、寿を見上げて断言する。
「あなたは私たちの娘だもの。ちゃんと大人になれるわよ」
「そ、そう……えへへ」
「司を迎えに行くのね?」
「うん」
本当はここにいて両親のために力を振るいたい。だけど今は気持ちがぐちゃぐちゃで、ちょっと一人で落ち着きたい。それに司のことも心配だ。直接的な戦闘スキルの無い司は、この状況できっと苦労しているハズだから。
カラカラ、と窓を開ける。隣の部屋ではまだ怒鳴り散らしている声が聞こえるので、廊下に出たりするのはマズい。
トン、と外に降り立つと振り返って笑顔を見せる。
「行ってきます」
「おう、行ってこい」
「車に気をつけるのよ」
「お母さん、車なんてほとんど走ってないわよ」
「あら、そう言えばそうね」
探知スキルを使う。
「探知、藤咲司」
ピッと音がして方角と距離が視界に表示される。やはり地上の移動は道路事情の厳しさもあってなかなか進めていないようだ。
「今行くよ!」
ゴウッとジェットを吹かして一気に上昇し、司のいる方角へ。
「やれやれ……いつになったら弟離れするのかね」
「姉弟の仲がいいのはいいことじゃない」
「父親としては、『何だその男は?!そんな奴との結婚なんか認めん!』をそろそろやりたいんだよ」
「はあ……」
この親にしてこの子あり。だが、それは父親にも母親にも言えることであった。
「さてと。碧はまだ休んでろ」
「あら、あなたは?」
「自衛隊員より、消防士の方があの手合いには慣れてるし、寿がここを出たって事も報告しておかないとな」
大人ってのは面倒な仕事が多いもんだと、愚痴りながら怒号のする方へ歩いて行った。




