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◇ ◇ ◇
「マズい!この流れはモンスターが人数分出るぞ!」
誰かが叫んだ声に、戦える者が一斉に棒や刺股、あるいは銃を手にし、新たなモンスターの出現に備える。現在避難所にいるのは全部で一万三千ほど。そこに一斉にモンスターが現れたら大変なことになると、慌てて住民たちが暮らしている建物へ駆けて行く者もいる。
「お父さん、私はどうすればいいの?」
「寿はここに。何があるかわからん!」
「わかった」
ここでは必ず誰かの指示に従うこと。昨日それを言われてからは、何かあったときは必ず誰かに確認するように心がけており、今はすぐそばにいた父の指示に従う。
『……頑張って生き延びてください』
声が止むと同時に寿の探知で上に反応が出て、慌てて飛び退くと、ベチャリと粘液状の物が落下。
「スライム?!」
周囲を見ると、全員の頭上から降ってきたが、わずかに気配を感じて頭上からの襲撃を避けていた。
「コレ、どうやって倒すんだ?」
「火?電気?」
避難所全体が大変なことになっている中、呑気そうに聞こえるが、実際には早急な対応のために必要なこと。だが、有名国産RPGタイプでないスライムについて詳しい者はここにはおらず、寿も目の前の床を這いずるそれをどうしようかと考えていたが、ガタン、と言う音にハッと気付く。
「お、お母さん!」
「碧!」
広い部屋の隅、狭くなるようにと仕切りを立てた、藤咲家用のスペースで物音がして、寿と典明が慌てて駆け込む。そこにはスライムに覆われた碧の姿があった。
「碧!」
「お父さんダメ!それ、体を溶かしてる!」
手を伸ばした典明を必死に止める。気持ちはわかるがスライムに触れたら典明の腕も溶けてしまう。
「なら……コレでどうだ!氷の矢!」
藤咲典明 レベル5 (3156/5000)
HP 24/26
MP 21/26
力: 13
魔力: 12
素早さ: 13
頑丈: 14
運: 15
スキルポイント:4
スキル
強靱 レベル1
水魔法 レベル1
スライムに氷で出来た矢が突き刺さり、パキッと言う音をさせながら凍り付いていく。だが、全部を凍らせるには足りず、さらに数発撃ち込み、ようやくスライムがシャーベットのように凍り付いた。しかし、シャーベット状になっていてもまだがっちりと覆ったまま。おまけにわずかだが動いているということは死んでいないと言うことだ。
「えーと……」
寿が探知の精度を上げる。必死にスライムを剥がそうとしている典明の姿の上に同じ形で緑色の影絵が重なって表示される。そして……
「スライムは赤い点が一つ……ここ!」
シャコン!と右手を刃に変えると赤い点に突き立てる。コリッとした感触の後、ジュッと言う音がしてシャーベット状のスライムがずるりと崩れる。どうやらスライムの急所を突いたので死んだようだが、相手を溶かす粘液はいまだ健在。
「碧!」
典明がスライムを剥がそうとするが、焦りで手が震え、ズルリと崩れるせいでうまく行かない。
「お母さん!……そうだ!アイテムボックス!スライムを回収!」
死んだスライムは物扱い。すぐに収納され、どうにかスライムを引き剥がせたが、その全身は溶解液によってひどい姿になっていた。
「碧!聞こえるか!碧!」
「お母さん!お母さん!」
声に反応してわずかに身じろぎするが鼻から喉も焼けただれたようになっており、声が出せないようだ。
「碧!治すんだ!自分に治癒魔法だ!」
藤咲碧 レベル1 (235/1000)
HP 4/17
MP 25/25
力: 7
魔力: 11
素早さ: 6
頑丈: 7
運: 10
スキルポイント:0
スキル
治癒魔法 レベル1
アイテムボックス レベル1
どうにか聞こえたらしく、かすかな白い光で碧の体が包まれ、じわじわと溶解液で溶かされた皮膚が元通りになっていく。
藤咲碧 レベル1 (235/1000)
HP 15/17
MP 14/25
「ゲホッゲホッ……」
「碧、大丈夫か?」
「な、何とか……」
「よかった!」
「うわーん!」
「ちょ……ちょっと……」
「何だ?まだどこか」
「ちょっとどいて……二人同時だと……重いわ」
「スマン」
治癒魔法がなかったらどうなっていたかと、ホッと胸をなで下ろす。消費MP分、HPを回復させる程度の魔法で、あまりにもひどい状態だと治しきれない可能性もあった。
船の中でも典明がこの能力には限界があると周知した上で、強引に軽傷者と重傷者をわけ、重傷者を少しだけ回復させてあとは船内の医務室の物で対応していた。だが、この避難所では、下手をするとアイテムボックス並みに便利に使えると誤解されかねないので、ほとんど知らせていない。
「藤咲!藤咲はいるか?!」
「は、ハイ!こっちです!」
藤咲の上司、消防署の署長の貝塚だ。
「それと奥さん!」
「は……はい……」
「申し訳ないが、一人……助けてくれ」
慌てて典明が飛び出し、碧もひどい状態で一人しか助けられないと告げておく。
「わかった。だが、彼がいないと、今後困るんだ」
担架を下ろし、「頼む」と貝塚が出て行くのを見送る。人員が限られてしまっている中、どうしても「コイツにしか出来ない仕事」というものが出来てしまっていて、こうした特定の技能を持つ者の生存を優先するのは当然の話だ。
「碧、すまないが……」
「ええ」
服がドロドロになってしまっているが、着替えている時間は無いので毛布を被って担架の元へ。かろうじて息をしているのがわかるその姿に目を背けたくなりながら治癒魔法をかける。
「はあっ……はあっ」
「無理するな」
「え、ええ……」
見た目はまだひどい状態のままだが、とりあえず呼吸も安定し、呼びかけに応える程度には回復したのであとは通常の医療処置とする。
「お父さん、私も行った方がいいよね?」
「……」
判断が難しい。スライムが一斉に現れてからまだ五分程。あちこちに飛び出していった者達からの連絡は無いが、相当ひどい状況であることは想像に難くない。そして、さっきの寿の様子から判断すると、寿ならスライム相手にも全く問題なく戦える事がわかった。
だが、数が多すぎる。
一万を超えるスライムの発生。おそらく数千人がスライムに覆われているだろう事は容易に推測出来る。一個人として、助けられる者は助けたいと思うし、消防士の端くれとしては一人も死者を出さずに助けたいと思う。
だが、親としては……
ダメだと言いかけたとき、どこからか悲鳴が聞こえてきた。
「やっぱり私、行ってくる!」
「待て!行くな!」
止めようとした腕はわずかに届かず、寿はそのまま部屋を飛び出していった。「指示があるまで動くな」と指示されたが、「目の前に出た場合は別」とも言われている以上、悲鳴が聞こえたら寿が動くのもわかる。それでも、典明が止めようとした理由はただ一つ。この状況では、助けられない命の方が多い。消防士として助けたくとも助けられず、眠れない夜を過ごしてきたからわかる。
この現場は寿には重すぎる。
寿が飛び出していったことは、もちろん多くの者が気付いていたが、誰もがそれどころではない状況だったため、止めることが出来なかったのが不幸の始まりだったとも言える。
寿の目の前には百を超える避難住民とその上を分厚く覆うスライムの層。核を破壊すればスライムは死ぬ。そして、その核の位置は探知スキルが正確に教えてくれているので倒すのは容易い。
だが、数が多すぎる。核を潰してスライムをアイテムボックスに収納して引き剥がしても、空いたところにすぐ他のスライムが流れ込んできてしまう。だが、諦めることなど出来ず、必死に核を潰し、スライムを引き剥がし続けた。
寿の刃も溶かされ、何度も交換しながら、ようやくスライムを片付けたが、たっぷり二十分かかってしまい、生き残っていたのはわずかに数名、そしてそれもひどい状態だった。
「寿、戻るぞ」
呆然としたままの寿の肩を抱き、典明が引きずりながら戻る。
死傷者多数という状況もマズいが、もっとマズいことになった。




