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二人ともあまり眠れないまま朝を迎え、どうにかパンとインスタントスープの朝食を終えたところで、見ないようにしていた惨劇の現場を恐る恐る見る。
昨日、最後に見たときのまま、トラックが横転しその周囲は赤黒く染まっていて、その周りにモンスターがほぼ原形をとどめた状態で倒れていた。
そしてその周囲を警戒している武装した自衛隊員たち。予定の時間になっても到着しないのを不審に思って捜索に出たのだろうが、最悪の結果になっているというわけだ。
モンスターが全滅している分、多少はマシかも知れないけど。
しばらく様子を見ていると、突然隊員たちの動きが慌ただしくなった。
距離があるので良く聞こえないが「急げ」と言っているようで、隊員たちが全員車に乗り込んだ。
「司くん、これ」
「ん?」
「モンスターの出現条件、時間にズレがあるって」
「ズレ?」
成海の差し出してきたスマホには「出現時間がおかしい」という話題の掲示板が表示されていた。
「0分の前後五分くらいは出てくるらしい……って」
「昨日まではそれがわからなかった。だから三時を過ぎたから大丈夫だろうと思って、広いところにいた結果、三時五分までの間にモンスター出現……」
「みたいねえ」
そもそも『この条件が正しい』という正解を誰も知らないのだから、そういうズレがあるのは仕方ない。
九時五分を過ぎ、恐る恐る一人が車を降り、モンスターが出てこないことを確認すると全員が降りて作業を再開している。
「俺たちも動きましょうか」
「そうね」
地図を確認しながらビルを出て、移動を再開。さて、今日中に県庁所在地に……は無理だろう。このペースだとあと五日はかかりそうだ。
◇ ◇ ◇
「あそこね」
碧が指さす先にあったのは陸上自衛隊の駐屯地。探知でも典明がいることがわかっている。
門は閉じられていたが、近づいていくとすぐ脇の警備室のような建物から二名出てきた。警戒というか、戸惑っているというか、そんな風に見える。当然だろう。この状況下で女性が二名、自転車で呑気にやって来るなんてどうかしてるとしか思えない。
「止まって下さい」
銃口こそ向けないものの、いつでも撃てると言わんばかりに構えた状態で言われた。
「念のため確認させて下さい。貴方たちは一体何者ですか?ここへはどのような用件で?」
自衛隊内部、というよりも政府からの通達として、一つの懸念が示されていたための確認だった。
◇ ◇ ◇
「もしかしたら人間に化けるモンスターがいるかも知れない」
「は?」
この会議に参加した者達は、会議の主旨は理解していたが、開始早々に参加したことを後悔し始め、半数以上が「さっさと終わって欲しい」と思っていた。
参考の参考の参考程度にはなるだろうとネットの小説投稿サイトの作者とのWeb会議を実施したのだが、開始一分で「聞くだけ無駄」と判断出来るレベルだった。
「これは異世界との接続が……」
「チートスキルで……」
「ハーレム展開……」
「もふもふは正義……」
「ダンジョンがそろそろ解放されて……」
「次に出てくるモンスターは……」
現代地球にモンスターが出てきて、魔法のような能力を駆使して生き延びるというのが一つのジャンルとして確立しているというのは、事前にわかっていた。しかしそもそも、現実に目の前で起こっている出来事とフィクションを同列に語って良いのだろうか?
もふもふが正義と言うことに異論は無いが。
「……そろそろ時間になりましたので」
有意義な意見ありがとうございましたと締めくくり、どうにか終了。
「こんな会議、やらなきゃ良かった」
全員が同じ感想を抱いているが、それなら最初からやるなよ、とセルフ突っ込みもしているようで。
「ま、予想通りというか何というか」
ようやく総理が口を開く。
「この手のファンタジーのモンスターとでも言えばいいのか?定番の奴が現れているというのはよーくわかった。そして、今後の予想も……この手の本を数冊斜め読みでよかったな……」
ぼそっと最後に言ったぼやきに全員が頷いている。
「今のところ、物理的に殴る、切るなどで対応出来るモンスターしか出ていません。トロールのように火で焼かないととどめが刺せないというのは例外と言えますが……」
「だが、今後は殴れない切れないモンスターが出てくる、と」
「そのための対抗手段が、魔法か」
「あとは状態異常でしたっけ?毒とか相手を石にするとか」
「さらに特殊能力系か」
「人間に擬態して避難所に紛れ込んだりしたら大惨事ですね」
「一応警戒情報として流しておくか」
「どういった対策が、と聞かれそうですけど」
「検討中と答えておけ」
情報の量も質も不十分な所に、新しい未確認情報をぶっ込んでいくというのは政府としてもなかなか厳しいところと承知しつつも、何かしていないと落ち着かないのだ。
為政者としてどうかと言う意見には耳を塞ぐとして。
◇ ◇ ◇
「まさか来るとは思わなかったぞ」
「電話じゃ話しづらいことなのよ」
藤咲典明の家族ですと告げ、本人確認が出来たらすんなり中に入れてもらえた。そして、避難所全体を統括する事務室の隣に用意された、消防士用の部屋の隅に衝立を立てて藤咲家専用にしてもらい、家族の秘密の会話スタートだ。
「そうか、わかった」
「ゴメンね、あんまり持って無くて」
「いいさ。それに最初から……あまり当てにしていなかったしな」
この駐屯地には現在一万人ほどが避難しており、避難所の運営を警察・消防・自衛隊の人員合わせて千人ほどで回している。そして、数日中に二千人ほどの住民を受け入れる見込みとなっていた。日本のあちこちにこの規模の避難所が開設されており、特別ここが大きいわけではない。
一方、寿の持っている食料は重量換算で約十トン。多いように見えて実はかなり少ない。日本人の平均的な食事量が一日約二キロだという。避難所生活と言うことで切り詰めて一キロ未満にしたとしてもこの人数では二日保てばいい方というレベルだった。
また、寿が持っている燃料も車や発電機に使うのは微妙。船での戦闘を見る限り、この駐屯地にいる自衛隊員よりも寿の方が戦闘力は高い。だが、それを支えているのは飛行能力兼火炎放射器としての両脚からのジェット噴射あってのもの。その戦闘力を維持するためには燃料が欠かせない。
両親とも寿を主戦力にするのはもちろん抵抗があるし、一人に頼り切った体制は問題があるが、緊急時の戦力として寿が協力することになった。
「うーん、それが一番小さいサイズなんですけどね」
「袖を折るしかないかな」
避難している住民と区別するため、寿は自衛隊員の格好に着替えた。女性自衛官が一番小さいサイズを持ってきたのだが、それでもブカブカ。なんだか微笑ましいものが出来てしまい、少しだけ和やかな空気が流れていた。
「頑張ります!」
「イヤ、寿が頑張らずにすむ方がいいんだが」
「そっか」
「まあ、いざというときは頼りにしてますよ!」
「「「はははは」」」
非常時に動く組織や人は動かないですむのがベストだが、それでも万一に備えられるのは心強いと、久々に事務室内に笑い声が響いた。
この駐屯地で一番階級の高い佐々木が「よろしく頼む」とにこやかに寿の肩をポンポンと叩き、寿も調子に乗って「任せて!」と返す、実に久々ののどかな時間だった。
『東棟二階!モンスター複数!トロール二、オーガ三!』
『南棟一階!モンスター複数!ゴブリン多数!』
モンスター出現を知らせる放送に、緊張が走る。モンスターの出現する、しないの条件がまだ曖昧なために、どうしてもこのように出現してしまう。
「藤咲!娘さんの協力を!」
「了解!」
「わ、わかりまちた!どこふぇ?!」
噛んだ。
「近いのは南棟!そのあとすぐに東棟へ!」
「はいっ!」
答えるなり飛び出していくのを、典明も追いかけていく。さすがに何もしないでいるわけにも行くまいと。
「おかしいなぁ、これ、身長百五十センチ用なんだけど」
「お姉さん、世の中には知らないでいた方がいいことも多いのよ?」
「あ、あははは……」




