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成海がアクセル全開で飛ばしていく一方、司は速度を維持しつつ、アイテムボックスを探る。
「よし、これだ」
取り出したのは、ホームセンターで売られている赤い水性塗料。パカッと蓋を開けてアイテムボックスに放り込んでから、狙いをつけてフロントガラスへ投下。
いきなり目の前が煙で真っ赤になったら運転どころではなくなり、あっという間にハンドル操作を誤って、近くの電柱に突っ込んでいった。
「まずは一台」
だが、もう一台が警戒して距離を詰めてこない。アイテムボックスで物を出せる距離を正確に把握しているようで、司が推測したように支配階級にアイテムボックス持ちがいるのは間違いなさそうだ。
「あと少し……いた」
司の視線の先にはそこそこ急なカーブ。そして、そこで何かを道にまいている成海の姿。どうやら間に合ったようだ。
「行くぜ!」
アイテムボックスで原付を回収し、そのままの速度で走る。
レベルアップによりもたらされたステータスはほんの僅かの間なら時速四十キロ以上での走行を可能にしており、そのままガードレールを跳び越えてカーブの内側へ入り、成海の待つカーブの出口へちょっとだけショートカットしていく。
そして追ってくる車はそのままカーブに入り、道路にまかれた各種潤滑油によりコントロールを失い、そのままガードレールを突き破って民家に突っ込んでいった。
「「そこの家の人、ごめんなさい!」」
律儀にヘルメットを脱いで二人で大きな声で謝るとすぐに原付で逃げ出す。
「な、なんとかなった」
「うんうん、作戦バッチリね」
「でも、安心は出来ない。とにかく逃げよう」
あの車に高レベルのアイテムボックス持ちが乗っている可能性は低い。レベル6以上のアイテムボックスはいわば支配階級にとって生命線のハズで、サービスエリアの外に出るのはリスクが高い。
だが、低レベルのアイテムボックスでも自動車数台は運べそうだし、鍵のかかった自動車も簡単に動かせるとかいう能力はあり得る。例えば、司が入手してから放置している解錠なんかは、ある程度レベルを上げれば自動車の鍵くらいは開けられるはずだ。
今の車はキーレスが普通で、エンジンもキーを回さなくてもかかるが、鍵であることに違いは無い。レベルを上げないとどの程度の鍵が開けられるかがわからないが、レベル10まで上げたら指紋や虹彩認証すら開けられそうだ。
そして、そうした能力が有効だと判断して追っ手にいる可能性は高い。何しろ、その気になれば人数分の車で追跡できるようになる。実際、回収している余裕はないが、このあたりにも無傷の車はたくさん止まっているのだから。
ビーッ
いきなり司がクラクションを鳴らしたので何かと思ったら、ヘルメットのシールドを上げて成海に向かって叫んだ。
「インカム落としたっぽい!」
「ぶっ」
別のインカムを出して接続しよう、成海がシールドを上げてそう応えたが、司の表情にはそんな余裕がなさそうだ。
「さすがにあのスピードでぶつかってるから怪我人も出てるんじゃない?」
「成海さん、甘い」
「え?」
エアバッグだの衝突安全ボディだので、今の車はかなり安全だ。シートベルトをしていなかったかもしれないが、それでも時速四十~五十キロ程度だとエアバッグだけでなんとかなってる可能性もある。
「それに、怪我を治せる能力やアイテムを持ってるかも」
「そっかあ」
とにかく今は距離を稼ぐ。相手の追跡能力の詳細がわからないが、何キロも離れれば……ああ、寿の探知なら可能なのか?
すぐに道路は海沿いを走るようになり、予想通りに……
「台数、増えましたねぇ」
「畜生!」
四台に増えた車はなおもしつこく追ってきた。だいぶ距離を稼いだと思ったがあっという間だった。
次はどうする……と思ったとき、司はイヤな空気を感じた。
「マズい!」
「え?」
感じたことをそのまま言う。そう、数十メートル先のなんだかぐにゃりと歪んで見えるそれを見ながら。
「モンスターが出そう!」
「えええええっ!」
成海が悲鳴を上げた次の瞬間、二人の目の前に大きな影が二つ現れた。
「よりによってトロール!」
「しかも二匹って!」
だが、
「すぐ目の前すぎて、横を通り抜けられるとは思わなかった」
「うん……」
二人の後方からはトロール二匹と車四台が追ってきている。
だが、いくらトロールの体が大きいと言っても、原付の速度に追いつけるほど俊敏ではなく、すぐ後ろを走る車に気づき足を止めて振り返った。
ガシャン!と大きな音をさせてトロールに先頭の二台がぶつかり、そこに後続二台が突っ込んでいく。
「いい感じ!」
「今のうちに逃げよう!」
アレなら逃げ切れるだろうとヘルメットのシールドを下ろし、アクセルを握り込む。
追ってきている連中がどの程度の戦闘能力を持っているかはわからないが、トロールを瞬殺できるほどの者がいるとは考えづらい。
トロールが車を殴りはじめるガシャンガシャンと言う音を聞きながら、二人はできるだけ早くこの場から離れることだけを考え、原付を走らせた。
◇ ◇ ◇
「お父さん!大丈夫だった?!」
「おう、来たか」
ちょうど典明が救命ボートへ乗り込むフォローをしていたところに駆け寄るが、幸い怪我などはしていないようだった。
すぐ近くに動かなくなったゴブリンと壊れた骨格標本に折れたモップ。一人で頑張ってボートを守っていて、少し怪我もしている。オークやトロールが出なかったのは運がよかった。
「ゴメンね、遅くなっちゃって」
「気にするな。映画の主人公っぽくてちょっと楽しかったぞ」
「そう?それならいいんだけど」
お互いにちょっと人とズレてることに気付かないのは、親子だからだろう。
「これで全員かな?中でもう一度点呼を」
「わかりました」
中で乗客のフォローをしていた伊藤が数え、問題ないと告げてきた。
「よし、俺が乗り込めば完了だ。寿、コイツを降ろす作業を頼みたいんだが、いいか?」
「いいよ」
降ろした後、寿は飛べばいいのだから。
「では手順ですが……こことここが……」
谷川が手早く操作方法を伝える。ただ下ろすだけなので簡単だ。
2021/9/29 ちょこっと修正




