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新幹線で通るときに一番長く感じて苦痛と言われる県もあと僅か。今日中に県庁所在地が県名のように言われる県に入れそうだと思っていたのだが、この日のガチャに二人して悩んでいた。
通常、ガチャはカプセルが開くと内容の書かれた紙が出てくる。そして、何らかの効果を発揮する場合はその内容が紙に記載されているし、アイテムが出てくる場合はアイテムと同時にアイテムの説明が書かれた紙が出てくる。
だが、今回はどういうわけかそのどちらにも該当せず、いきなり白い封筒が現れた。
封筒そのものは珍しくもなんともない、ありふれた物だが、そこには『★5:この先の危険についてのお知らせ』と書かれていた。
「危険?」
「この先の危険って、何でしょう?」
いつどこでモンスターが出てくるかわからない状況に危険も何もあった物では無いと思うのだが、ガチャ、しかも★5で出てくるというのはモンスターを上回る危険が迫っていると言うことなのだろうか?
「とりあえず読みます」
司が封筒を開け中の紙を開いて読み上げる。
「えーと、この先のサービスエリアで敵意を持った人間が待ち構えています。迂回することをお薦めします……と」
「どういうこと?」
「さあ?続き……迂回しなかった場合、素通りは出来ません。そして非常に高い確率で、協力を要求されます。要求を拒否した場合、戦闘を回避することは困難と思われます。なお、サービスエリアにいる人数はおよそ二百。全員が敵対するとは限りませんが、武器の所有者や戦闘向きのスキル保有者が複数おり、十名以上が間違いなく敵対します。まともに戦った場合、勝ち目はありません……書かれていたのは以上」
「協力を要求って……」
「多分、俺らのアイテムボックスかな」
「ありったけ出せって事?」
「おそらく、こちらがアイテムボックス持ちだと見抜ける、鑑定スキル持ちがいるんじゃないかと」
「はあ……」
司はあえて口にしていないが、おそらくそれ以上を要求される可能性も高いと思っている。
一般的に見て成海は美人だし、今日の司も中身が男だと言うことを除けば、充分に需要がある姿だ。冗談ではない。いくらこの異常な状況にあるとしても、そんなのは断固拒否だ。
「とりあえずサービスエリアの見える位置まで行って確認。ここに書かれていることが本当っぽいなら迂回。そんな感じですかね」
「そうね。司ちゃんの意見に賛成よ」
「ちゃんはやめて欲しいんですが」
「その姿で言っても説得力ゼロね」
地図で確認すると、一時間も走ればサービスエリアが見える位置に着けそうだ。
◇ ◇ ◇
「船内にいる四十二名中、十七名が残るという決断をした」
「ふーん」
「ふーんって、ずいぶん雑な反応だな」
予想通りではあるが。
「んー、だって私、昨日来たばっかりでよく知らない人たちだし。私はお父さんとお母さん以外のことまで考えてる余裕なんてないもん」
「ま、そうだろうな」
大広間の隅で朝食を摂りながら、典明が寿に現状の説明をする。
寿の話では司もこちらに向かっているところだが、今の状態では道路による移動はかなり時間がかかる。そこで空を飛べる寿が先行して二人のところにやって来たのだから、次の行動は船を下りて自宅へ帰る、または行き違いになることを覚悟の上で司の元へ向かうのいずれか。寿は自分の探知とアイテムボックスがあれば自宅籠城も、司との合流も可能だと考えている。
昨夜、船内にいる者が集まって今後についての話し合いを実施したときに、典明は息子がこちらに向かっているので、家族三人で船を下りると宣言し、他にも共に下りる者がいないか確認をした。その時に、客船の乗員だからといって責任を感じて残る必要は無いと付け加えた。この状況で、乗客の安全に責任を感じる必要など無いと。その結果、二十五名が共に下りると決断した。
「なあ、寿」
「なあに?」
好物のチーズオムレツに取りかかろうとしたところで話しかけられて、ちょっと……いやかなりご機嫌斜めの顔になっている。この話をするタイミングじゃ無いよなと思いながらも典明は火中の栗を拾いに行く。
「二つ、頼みたいことがあるんだが」
「ふひゃひゅ?」
「まず一つ目、この船を出る方法としては、救命ボートを使うことになる。寿、船を引っ張ったり出来ないか?」
「んー」
ボートにロープでも付けて引っ張れば……
「出来るかなぁ……空を飛べるって言っても私一人が精一杯だから」
「そうか」
「やってみるけどね」
両親だけなら出来るかも知れないが、二十人を超えると厳しそう。ダメだったらオールを頑張って漕げばいいかな。オール……あったっけ?
「で、二つ目。寿が回収してきている食料、分けてやれないか?」
「イヤ」
「だよなぁ……」
船内にはまだ食料の備蓄はある。十七名が残り、毎日普通の食事を取るとして約二週間で尽きるだろうということでの相談だったのだが。
昨夜の打ち合わせはひどいモンだった。
モンスターを倒すために寿が灯油を大量に使用したのだが、それがどこから出てきたのか、と言う話になり、誰かが「あれはアイテムボックスだ!」と叫び、それがどういうものか、ラノベ知識を得意げに語られた。ラノベという空想の産物と、実際の寿の能力が同じかどうかすら確認していないのに。そして、話し合いに寿が参加していない以上、典明か碧が本人に確認してその正否を答えるべきなのだが、その答えを待たずして、それが正解だという流れになってしまい、物資の放出をしてもらうことを前提として話が進められてしまった。典明も碧も寿を参加させなくてよかったと思いつつ、その場では「寿に確認してみます」と言葉を濁したが、これで物資の放出無しとなったらなんと言われるか。
「だって、お父さん、考えてみてよ」
「ん?」
「ここである程度食料を置いていっても、どうせここにこのままいるんだったら結果は同じだよ?」
「まあ……な」
生産せずに消費だけを続けていくのだから、いくら置いていってもいずれは尽きる。
「それに、それ以前の問題があると思うよ?」
「まだ何かあるのか?」
「電気」
「そうだよな」
こうした大型客船ではエンジンを回して発電機を動かして船内の電気を賄っている。ではそのエンジンはどうやって回っているのか?言うまでも無く燃料を燃やしている。そしてこの船は重油でディーゼルエンジンを回している。寿はガソリンスタンド巡りをしながらここまで来たが、重油はさすがに回収していない。ガソリンスタンドでは普通、重油を扱っていないから当然だ。つまり、今は何の疑問も持たず使っている電気もいずれは止まる。そうなったら、食料を保管しておく冷蔵庫も止まるし、電気調理器の多い船の厨房での調理は不可能になる。この状況下で船に残るという選択は明らかに悪手。衝突事故を覚悟の上で港に向けたほうがはるかにマシだ。
もちろん、この船に残ってもこの先生きのこる事が出来るというならある程度の物資も提供していいと思うが、何の考えも無くここに残ろうという連中には何をやっても無駄。 つまり、昨日の話し合いで決めることなんて、この船を脱出するのが今日なのか明日なのかという程度。この船から両親を連れて行くついでに他の人も連れて行くと言うだけなのだから、寿にとって意味のある話し合いではない。参加するだけ無駄。ならば社会人経験もあり、こうした状況下での話の仕方にも慣れている父に任せてしまうのが一番いい。
寿はそんな考えを父に伝えながら、チーズオムレツを口に運ぶ。
「んー、イマイチ」
「あら、そう?」
「これならお母さんが作った方が美味しい」
「あらま」
作ってくれたのは客船の調理師たちだが、チーズオムレツを美味しく作れるほどの腕の持ち主は亡くなってしまっていたようだ。
「さてと……」
急いでかきこんだ典明がトレイを手に立つ。
「食料の提供は出来ないと伝えてくる。提供出来るほどの量は無いと言うことにしておくよ」
「わかったわ。私は寿と一緒に準備をするわね」
「頼む」
そう言って去って行く典明を見送ると、碧は寿に向き直る。
「急いで食べちゃいましょ。多分色々揉めるから」
「うん」
「封筒を裏返してみたら差出人欄に『豪運』って書いてあった」
「ちゃんと仕事してるんですね」
「これが仕事なのか?」




