(4)
「ふぃ~、さっぱりしたぁ」
終わってみると、寿は正視に耐えないひどい姿だったので、即座に碧が展望露天風呂へ連行した。ズタボロになった服も着替えてこざっぱりした格好になったところで、夫婦の客室のベッドに腰掛け、ドライヤーをかけてもらっている。
「んー、髪がちょっと焦げてるわね。切っとく?」
「うん、お願い」
機械の体だが、なぜか髪は普通のハサミで切れた。
全てのモンスターを何とか退治したあと、「さすがにこれ以上は寿もキツいだろう」という意見が自然に出たため、船内の片付けは他の乗員乗客が分担して行っている。碧も本来はそれに参加すべきなのだが、典明が「休んでろ」と部屋に押し込んだので、久々に寿の世話を焼いて親子の時間を過ごしていた。
一時間程で典明が作業に区切りを付けて戻ってきた。
「ふぅ、何とか片付いてきた」
「お疲れ様」
「寿はやっと見られる格好になったな」
「あはは」
軽口を叩きながら、三人がテーブルに着く。
「さて、寿がここに来たのは、いいことなんだが……ここ、船の上だぞ?」
「私はすごいんだから!」
ビシッと胸を張っているが、相変わらず話が通じない娘だと二人は苦笑する。まあ、いつもと変わらない寿の姿は安心感も与えてくれるからいいのだが。
詳しい事情を話す前に掃討作戦に入ってしまったからな、と前置きしながら典明が自分たちのことを話す。船で旅行に出た、モンスターが出た、必死に生き延びていた、と言う程度の内容で、大筋で寿の予想通りだった。
「で、今度は寿だな」
別に隠すほどのことでもないので、寿も何があったのかを話す。
「体が機械に……」
「空を飛べる……」
「そだよ」
ハア、と典明が天井を仰ぎ見る。
「いつの間にか俺の娘が、世界最強になっていたのか」
「さすが私たちの娘ね」
その認識でいいのかこの夫婦。
「でもね、司ちゃんも大概よ?」
「司が?」
「うん。ほら、ランキング」
「ランキング?ああ、アレか。あんまり見てる余裕がなかったけど……」
「見て。すぐわかるから」
「ふむ」
何のことやらという顔で二人がランキングを確認する。
「おい、まさか……」
「これって……」
「そだよ~、司ちゃんが堂々の一位!」
「何てこった」
珍しい名前かと聞かれたら、極端に珍しいとは言えない、という名前なので同姓同名という可能性も考えたのだが、寿が司本人のレベルを確認していたということで納得した。順位の入替が発生している可能性もゼロ。寿が確認したときの司のレベルは二十五。そして現在の二位のレベルは十三。司が二位以下になっていることは無い。
「さて、これからどうするかを話そうか」
寿が目の前におり、司もランキング一位を独走して無事であることがわかったので、典明が話題を変える。
現状、船内にいるのは乗員が十二名、乗客が三十名。もちろん本来はもっと多いのだが、ずいぶんと亡くなったものである。そして、生きている乗員でこの船の操縦が出来る者はおらず、どうにかスクリューを止めたものの、錨を降ろすスイッチがモンスターとの戦闘で壊されてしまって船を止められず、潮の流れのままに漂流している。
もちろん、どこかにある部品や工具で修理すれば錨を降ろせるのだろうが、何しろモンスターがうろうろしている状況であったため、それどころではなかったのだ。
コンコン、とドアをノックする音に典明が応対する。
「わかりました。ありがとう」
「いえ。それでは」
職業柄、こういう非常事態でもどうにか平静を保つ事が出来、それが正解かどうかは別として、その場その場での判断を迷うことなく下す典明は何となく船内でリーダー的に扱われており、操舵室の清掃が終わったという連絡が届いたのだった。
「操舵室……行ってみるか?」
「んー、でもねぇ」
船をどこかの港に着けて下船、というのが全員の願いなのだが、寿は渋い顔をする。
「何か……あるんだな?」
「うん」
寿の懸念、それは飛行機の操縦中に地上の管制官たちと交わしていた雑談だった。
船は急に止まれない。
「そうか。ヤバいぶつかる、と思って舵を切ってもすぐには曲がらず、止めようとしても止まらず、か」
つまり、船を動かすのはいいのだが、素人が動かしたらどう考えてもその末路は港に突っ込んで大惨事。某速度映画二作目のラストシーン再現になってしまう。この状況で船を壊して文句を言われるとは思えないが、余計な怪我人が出るのは避けたい。
「となると……どうすりゃいいんだ」
「そう言われても」
「そうだな。ま、それを考えるのは俺たち大人の役目だ」
そう言って、寿の頭をくしゃっとなでると「行ってくる」と出ていった。
「私もちょっと行ってくるわ。寿はどうする?」
「んー、どうしよっかな」
「疲れてるなら休んでてもいいわよ?」
「じゃ、そうする」
船の平穏に一番貢献したのだ。寝ていても文句を言われる筋合いはない。




