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  作者: ひじきとコロッケ
六月十六日
51/176

(2)

  ◇  ◇  ◇




「クソッ!そこの椅子、早く!」

「は、はひ……」


 中年の男性が息を切らして持ってきた椅子をひったくると、目の前にガン!と積み上げる。


「次、早く!」

「こ、ここに……」


 受け取った椅子を積み上げた山に噛ませて固定させる。

 乗客がくつろぎ、食事を楽しめる大広間。その一つのドアの前にテーブルと椅子を積み上げてバリケードを築いているが、ガン!ガン!とその向こうにあるドアを叩く音は、そのバリケードでは不十分だと感じさせる音を響かせている。幸いなことにモンスターの知能が低く、他の入り口へ回り込むと言う発想をしないらしく、このドアだけに集中しているのが唯一の救いだが、逆に言うとこのドアに全戦力が集まっている状態。破られたら一気にモンスターがなだれ込んでしまう。そうなればこの広間にいる者も、その先の客室で休んでいる者もおしまいだ。


「押さえろ!もっと押すんだ!」

「は……は……いっ!」


 典明の号令でバリケードを押さえる役の男たちが必死に足を踏ん張るが、ドアを叩く音がする度に少しずつ押されており、破られるのも時間の問題のように見える。


「くっそっ!気合い入れろ!」

「お……おう!」

「ぐあああ!」


 そこにどこで拾ってきたのかモップを持った碧がやって来て典明の正面に立つ。


「お前……どっか隠れてろって言っただろ!」

「いいえ。あなたが倒れたら、どこにいても同じよ。それなら、せめて最後に一度くらい叩いておくのもいいかなって」


 えいっと叩き付ける素振りをして微笑む。

 全く、勇ましいことこの上ないな、俺が惚れたこの女は。母は強しと言うが、実際子供を産んでからは口では一切勝てなくなってたし……もっと前から勝てなかったような気もするが、それはどうでもいいか。


 ガン!


 ひときわ大きな音が響き、ドアが大きく揺れる。


「マズいな」


 ゴブリンとか言う小型のモンスターは適当に棒を振り回すだけでも倒せた。ゾンビは匂いさえ我慢すれば、なんとかなった。だが、あの巨大なバケモノは何だ?重量物を満載させたワゴンをぶつけても全く通用せず、手当たり次第に包丁刃物を投げつけてみたが、全く意に介さず。

 この異常事態が始まって二週間。何とか生き延びてきたがここまでか。まあ、船内の食料品もそろそろ厳しい状況になっているから、そろそろ覚悟を決める必要はあったのだが、思いのほかそれが早い。


「うおおおお!」


 押されていたのを何とか押し返し、正面に立つ碧に告げる。


「碧、聞いてくれ」

「何かしら?」

「俺はまだお前とイチャコラし足りないんだよ!」

「ぷっ……」


 こう言うのは時と場所を選んで欲しいが、言われて悪い気はしない。


「それじゃ、これを切り抜けたら、たくさんイチャコラしましょうね」

「おう!覚悟しとけよ!」


 周囲にしてみれば、何の覚悟だと言いたいし、死亡フラグいくつ立てるんだとも言いたいが、この状況ではどうでもいいかとも思っているらしく、あきれた顔がチラホラ。


「クソがっ!!」


 ギリッと歯を食いしばったその時、妙な音が聞こえた。


「ん?何の……音だ?」


 ドアを殴りつけるのではない打撃音に続き、小型ジェット機のような噴射音。そして……


「えーい」


 何とも締まりの無い声。


「「は?」」


 この場にいる三十人弱の中で、典明と碧だけはその声に聞き覚えがあった。


「碧……これ……」

「聞き間違いよ……だってあの子」

「そうだよな」


 大学に通うために仙台で一人暮らしをしている娘が、よりにもよって瀬戸内海を漂流中の船の上に突然現れるなんてあり得ない。きっとよく似た声の持ち主か、いよいよ死を目前にして幻聴が聞こえ始めたか。おそらく後者だろう。夫婦揃って同じ幻聴。仲がいいのもいい加減にしろと、息子がいたら言うだろう。


「おい!しっかり押さえろ!」

「は……はい……って、ドアを押してこなくなってません?」

「そう言えば……」


 一人また一人と、バリケードを押さえていた手を離し、ドアの様子を(うかが)うが、先ほどまでと打って変わって静かになっている。


 ドン!


「え?」

「何?!」


 ドン!ドン!


 衝撃音が響くが、ドアを叩く音では無く、何かを床に叩き付けるような音だ。


「い、一体何が起こってるんですかね……」

「知るか」

「どうしましょう」

「様子見だな」


 そんなやりとりが周囲で始まる中、典明がそっと碧に訊ねる。


「あれ、やっぱり……か?」

「うーん、よく似た声の可能性もあるけどねぇ」


 船の外のことはイマイチよくわからないが、船という限られた空間でさえこの状況。外はもっとひどい事になっているだろうから公共交通機関なんて全滅してると考えるのが自然。つまり、東北から瀬戸内海まで二週間、モンスターと遭遇する危険を冒してどうやって来るのだろうか?

 どうしたものかと考えること十分。外の音が静かになった。

 そして、ドアをドンドンと叩く音がする。殴るのでは無く、ノックのような感じで。


「開けてくださーい。あのー、開けてくれませんかぁ?」


 何とも間延びしたような女性の声に一同が目を丸くする中、夫婦は確信し、答えた。


「もしかして、寿か?」

「あ、お父さん?無事だったのね!」

「私もいるわ、二人とも無事よ」

「お母さん!良かった!」


 突然始まったやりとりに周囲が戸惑う中、「バリケード、どかしましょう」と典明が解体を始めると、一人二人と手を貸し始める。すぐにバリケードは解体され、ドアが開くと同時に、服が焦げたり破けたりと、なかなかひどい格好をした寿が入ってくる。


「お父さんお願い!火を消して」

「はあ?!」


 寿の背後、甲板からここまでの通路は数匹のトロールを燃やしたため、火の海になっていた。

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