(3)
◇ ◇ ◇
「でぇぇぇいっ!」
もう一度、右腕の刃を構えて迎え撃つ。
振り下ろされる拳をギリギリでかわして飛び上がり首筋に斬りかかる。ズバッと切り裂き、イヤな色の血が噴き出したところで頭を蹴り、さらに傷口を広げる。
「ギャアッ」
身をのけぞらせたところを袈裟懸けに切り裂き、一度距離をとる。
「かったいなぁ」
体を変化させた刃は寿のステータスを反映しているため、かなりの強度がある。しかし、
トロールの硬さと寿の力がぶつかり合った結果、この数回の攻撃だけで曲がってしまった。
ガシャン、と刃をしまい、新しい刃を出す。一度しまえば、あとは勝手に修復されるという謎仕様なのでいくらでも刃は作り出せるが……
「もう傷が塞がってる」
ホンの僅かな時間だと言うのに、出血が止まり、傷が塞がり、グググッと姿勢を立て直している。
「どうしよう……」
いまだ降り続いている雨のせいで、飛行能力がかなり低下しており、仮に飛んだとしても高度が上がる前に捕まりそうだ。
そして、うまく逃げることが出来たとしても、このモンスターが淡路島にまだ生き残っているであろう人を襲うだろうと考えてしまうと、放置して逃げるほど非道になれない。
モンスターの出現なんてランダムで、寿に何の責任も無いのだが、見捨てていけない辺り、損な性格である。
「ウガッ!ガッ!ガッ!ガッ!」
「わ!とっ!はっ!よっと!」
振りかぶって放たれる拳を必死に避けながら、何か他に攻撃手段が無いか考える。
マシンガン……ダメだ。ここまでの間に回収した物資で弾丸を作ることは出来た。だが、弾丸を一発作るのに一時間弱かかるので、現在までに五十発くらいしか用意できていない。こんな数では一瞬で撃ち尽くしてしまう上に、これで効果が無かったらかなり切ない。
どうしようかと考えながら戦う、とくに接近戦では素人の寿が一番やってはいけないことだった。相手の動きに集中し、周囲の状況に合わせて動くようにしなければいけなかったのに、色々と考えを巡らせてしまっていたために、すぐ背後にあったベンチに気づかず、ガンッとぶつかり、ベンチを破壊しながら転倒した。
「うわっ」
そんな隙をトロールが見逃すはずも無く、ガシッと右足を掴まれた。
「うわわっ!」
ブンッと振り上げられ、そのまま地面に叩きつけられる。ダメージらしいダメージは感じないが、痛いことは痛いし、ブンブン振り回されると三半規管――機械の体にもあるのだろうか?――が揺さぶられる感じがして目が回る。
「このっ!このっ!」
必死に自由に動く左足で右足を掴んでいる腕をさっきのように折ってやろうと蹴るのだが、角度が悪く、イマイチ威力が出ず、折れない。
格闘技の経験者ならここからどうするか、勝手に体が動きそうだが、寿のような素人に達人の動きを求めるのは酷だろう。
「わっ」
ぺちぺちと当たる足がイヤだったらしく、もう片方の腕で左足も掴まれる。
両腕で両足を掴まれ、ブンブンと振り回されるのは……
「パンツ見えちゃう!」
今更そんなことを気にしてどうするんだと言う言葉が思わず口を突いて出て、反射的にスカートを手で押さえる。
機械の体になり、世界でも類を見ないほどの力を持っても、その中身は司一筋の乙女なのだ。
司にとってはいい迷惑だが。
「うう……そうだ!」
両足を掴んだ手の中で、ガシャンと音が鳴る。
「えいっ」
ゴォッ!と音を立てながら今できる目一杯の出力でジェット噴射をする。
「グギャッ!」
いきなり手の中で噴き出した炎に、さすがのトロールも動きが止まる。
「えええええい!」
機械の体でなかったら、飛行能力はただ宙に浮くだけの能力だったかも知れないが、機械の体になったことでジェット噴射になり、いわば火炎放射器として使える。雨のせいで飛行能力が落ちるという欠点と相殺できるかも知れない。
「ギャッ!」
「うわっ」
高温で噴射されるジェットで両手首が炭化し、トロールが悲鳴を上げると同時に手首ごと地面に落ちた。
「いてて……」
真っ黒に炭化して落ちた両手を振り払い、トロールを見ると……
「回復してない?」
炭化した両手首は炭化したままで、今までのように肉が盛り上がってきて再生したりする様子が無い。
「もしかして、火が弱点?」
わずかな手がかりに賭けよう。
「なら……こうね!」
少し距離をとり、
「アイテムボックスオープン!灯油をアイツにばらまく!」
トロールの真上にアイテムボックスの口が開き、ガソリンスタンドで回収してきた灯油が降り注ぐ。
「そして……火を点ける!」
右足だけジェットを噴射して、灯油のかかったトロールにジェット噴射付きヤクザキック。途端に炎に包まれるトロール。雨が降っていると言っても、灯油をかぶっているのでは簡単には火が消えない。
「トドメよ!」
両手に刃を出して、一気に切り裂く。普通なら致命傷になる攻撃を与えて、その傷口が再生する前に炎で焼かれていけば……
「ガ……グェ……」
やがて動かなくなり、その体が燃え尽きた。
「やっと勝てた」
攻略法がわかれば次からはもう少しうまく戦えるだろう。
アイテムボックスに燃料を飲み込ませておいたのが功を奏したのは言うまでも無い。
「このやり方を教えてくれた司ちゃんに感謝ね。あとでいっぱい褒めてあげよっと」
なお、この直後、乙女はヤクザキックなんてしないよねと、しばらく自己嫌悪に陥った。




