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十一時五十分の時点で、司が原付を止めた。
「ん?何もないけど……」
「何もないけどな。多分……」
訝しむ成海に軽く予想を告げてから、念のために少し距離を置いて待つ。
『正午をもちまして、いよいよ十日目に入ります。皆様のますますの頑張りに期待して、出現するモンスターの種類を増やします。今後は一定のタイミングでモンスターが出続けるようになります。頑張って生き抜いて下さい』
声と同時に目の前にバットを思い切り振り下ろすと、豚のような顔をした二本足のモンスターがぐしゃりと潰れた。
『最初のモンスター討伐を確認しました。称号『先駆者』を獲得しました』
そして、成海も目の前に現れたトカゲに火の矢を撃ち込んで倒していた。
「何て言うか、問答無用で金属バットなんですね」
「信頼性は高いぜ?」
「故障もしませんしね」
一方ロシアは鉛筆を、と言う奴だ。
スポーツ用品店で大量に仕入れてきているから、少しでもゆがみ始めたら交換することに決めているのでこれが二本目だ。
◇ ◇ ◇
「んー?」
またあの声が聞こえた後、何かが出てきたような気もするが……そのまま落ちていったので何が現れたのかわからなかった。
現在高度千メートル。山を越える関係で少し高い。
「ま、いっか」
◇ ◇ ◇
「ああ、クソ!色々続くな!」
典明が何とか目に付いたモンスターを片付けたところで碧の待つ客室へ戻る。船内に出たのはオークと大トカゲに大コウモリだった。オークに手こずったがあまり被害は出なかったのは幸い。大コウモリはすぐにどこかへ飛び去ってしまった。何だったのだろうか。
「お疲れ様」
「ああ、本当に疲れた」
船内が落ち着くまで五時間ほどかかり、その間中駆けずり回っていたのでさすがに体力が限界だ。
「ちょっと休む。何かあったら叩き起こしてくれ」
「わかったわ」
だがすぐにトントンと肩を叩かれた。
「な、何だ?!」
「あなたと一緒にいられて幸せだなって思って、それを伝えたくて」
「ありがとう」
それくらい後でもいいじゃないかと言いかけてやめた。藤咲家は代々女性に頭が上がらない家系だろうと思っているので。
◇ ◇ ◇
「藤咲司の足取りは?」
「不明です」
「防犯カメラとかこう……あるだろう?」
「一応見つかっていると言えば見つかっているんですが……」
「どこだ?!」
「高速道路です」
「は?」
「こちらを」
スクリーンに投影されているのは高速道路の料金所。しばらくすると一台の原付が走り去っていった。
「今のが、藤咲司です」
「今のって……原付で高速に?」
「まあ、この状況でそれをとやかく言う必要はあまりありませんね」
「で、コレのどこが……って、原付のナンバーか」
「はい」
「で、どこに向かったんだ?」
「不明です」
「は?」
「原付ってNシステムにも引っかかりませんからね」
「ですが、行き先の予想はついています」
「実家か」
「おそらく」
「両親には連絡はつかないのか?」
「携帯番号を確認出来ましたので、かけてみましたが繋がりません。自宅の固定電話は留守電でした」
「……そうか」
何の進展も無いと言うことがわかった。
「では、次。避難所の件だが……」
◇ ◇ ◇
「……」
「……」
全員が無言。
この駐屯地では地域の住民を中心に五千人ほどが避難していて、百名ほどの隊員でどうにか対応していたのだが、連続したモンスターの出現により、避難民は千人を割り、隊員も半分以下となっていた。幸い、物資にはまだ余裕があるが、隊員の心が完全にへし折られてしまっていた。
自然災害のあとの派遣は、ある程度覚悟の上で臨むためどうにか耐え、気力を奮い立たせることも出来る。そして将来の復興を心の支えにして、無理にでも笑顔を作れる。だが、今回は目の前で助けることが出来なかった上に、こんなことがこれからも続くことが宣告されたのだ。
避難民を怖がらせないために、武器は一切携行せず、ゴツい靴やヘルメットでさえも脱いで、出来るだけ安心させられるように努めたのが、裏目に出た。責任を重く感じてしまい、完全に自分の殻に閉じこもってしまった隊員も出ている。
だが、言わねばならないことを言っておく。
「明朝、十時にここを出る」
数名が「え?」という顔をこちらに向けてくる。
「目的地は……」
近くの、ここよりもやや大きな駐屯地の名を上げる。
「大変だが……できるだけ集まろうと言うことになった」
集まることでまた同じことが繰り返されるリスクはある。だが、隊員の数を集め、対応出来る状況を作り出すというメリットを上層部が採ったと全員に告げた。




