表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
  作者: ひじきとコロッケ
六月九日
40/176

(2)

  ◇  ◇  ◇




「なんとか片付いたよ」

「そう、お疲れ様」


 戻ってきて無事を伝える藤咲典明と、それをを(ねぎら)う妻、(みどり)という構図はどこにでもありそうな夫婦の日常のようだが、何を片付けてきたのかというと……結構物騒である。

 職業柄、典明は体力に自信のある方だが、さすがにここ数日の異常事態は心身共に疲れるし、この状況ではゆっくり休むというのも難しい。


「ほら、ここ」


 ベッドに腰掛け、ポンポンと叩いているそこを枕にゴロンと横になる。この歳で膝枕とは……


「子供にはちょっと見せられんな」

「あら、いいじゃない。あなたたちの両親はこんなに仲がいいのよって見せつければ」

「うん、まあ……それはそうなんだが」


 照れ臭いんだよ、と口には出さない。


「ふふ」

「あら、どうしたの?」

「碧が無事で嬉しいんだよ」

「あら、本当に?」

「本当だよ」

「……それだけ?」

「んー、そうだな。あとは」

「あとは?」

「一緒にいることが嬉しい」

「うふふ」

「はは……」


 子供たちが大きくなり、大学に通うに当たって一人暮らしを開始したところで、ちょっと無理を言って長期休暇を取った。そして豪華客船で日本一周のツアーに申し込み、一ヶ月ほどかけて日本をぐるりと巡ってきた。

 仕事が忙しく、新婚旅行も行っていなかった二人にとって、初めての二人きりでの長旅は何だかすごく新鮮で、ついつい船内を歩くときにも手を繋ぎっぱなしになってしまう程だった。

 それが色々あって台無しになってしまったのだが。




 あの日、のんびり昼食に行こうとしたところで化け物騒ぎ。幸い二人とも無事だったが、船内はパニック状態。自分たちの安全を最優先に行動したのだが、かなりの死傷者が出ていた。数は勿論数えていない。

 どうにか落ち着いたところで、船は無事に港に入れるのだろうかとスタッフを捕まえて確認しようとしたが、当然状況を把握している者は誰もおらず、仕方ないので無事な者同士で協力し合い、操舵室へ向かった結果……船の操縦が出来る人間が全滅していたことが判明した。

 当たり前だが、操舵室内には武器になりそうなものは無い。海の男と言っても、荒くれ者の集団では無いので、素手で殴り合うのも限度が有ったようだ。

 そして、困ったことに船はそのまま真っ直ぐ進み続け、本来立ち寄る予定だった港を通過。どうにか協力し合い、スクリューは止まったが、錨を下ろす装置を操作するスイッチが壊されていて、瀬戸内海を漂流しているだけの状態となった。

 また、必死の戦闘の際に何かをぶつけてしまったようで、いくつかの機器が壊れていた。例えば無線機が。




 多くの者が絶望に打ちひしがれる中、なんとしても生き残るつもりのある者が集まって善後策を相談していたところに新たなモンスターの登場。

 当然だが、大パニック。先ほどようやく片付いたというわけだ。


「さすがに今回はキツかったな」

「あら、弱音を吐くなんてあなたらしくないわね」

「弱音じゃなくてな……ゾンビってすっげー臭いんだよ」


 消防士として、いろいろな現場を経験してきた。ひどい状態の死体も何度も見てきたが、その比ではなかった。


「あいつら、大丈夫かな」

「大丈夫でしょ?私たちの子よ?」

「そうだな」


 あの二人のことだ、妙にたくましく生きているに違いない。


「ひょっとしたら」

「ん?」

「あれだけ離れていても、実はとっくに再会して、こっちに向かっているかも」

「言えてる」


 ありそうだなと二人で大笑い。


「だが失敗したな」

「え?」

「旅行に行くこと、伝えてなかっただろ」

「あ!」




  ◇  ◇  ◇




「んー、おかしいなぁ」


 寿は方角を確認しようと、比較的高い山頂へ降りてから、探知で確認したのだが、


「家の方向はこっちなのに、どうしてこっちにいるのかしら?」


 反応は二人分、距離も近いので、二人が一緒に生きているのは間違いないが、方角がおかしい。探知の距離と方角を地図に合わせてみたのだが……どうして海の上に反応があるのだろうか。


「んー、香川県まで、おうどんを食べに行っていた、とか?」


 言ってて「それは無いな」と思った。


「ま、行けばわかるわね」


 ガソリンを補給すると、空へ。

 とにかく今は無事をしっかり確認したい。そして司も無事だと伝えたい。それだけだ。



  ◇  ◇  ◇




「昨日の藤咲司ですが」

「うむ」


 三度発生したモンスター出現でとうとう死者が出てしまった。だが、どうにか退治し、怪我人の手当をしているところで報告が入った。


「両親と姉の四人家族で姉共々大学生。一人暮らしをしていることが判明しました」

「住民票は移さずに、か」

「ええ。で、在籍している大学に住所の記録がありまして」

「すぐに連絡!」

「しましたが、電話は不通でした」

「そうか」

「下宿先のアパートが判明しましたので、確認に向かいました」

「それで?」

「留守でした」

「……」

「アパートの不動産業者になんとか連絡がつきまして、緊急事態と言うことで鍵を開けたのですが」

「ですが……?」

「空っぽでした」

「は?」

「部屋には何も残っていなかったと」

「どういうことだ?」

「わかりません。ただ」

「ただ?」

「不動産屋が言うには、床の状態から、荷物を全部持ち出した直後の状態ではないかと」

「持ち出したって、何もかも?机とか、冷蔵庫とか重い物が色々あるだろうに」

「ええ」

「まさか……」

「はい」

「あの……誰だっけ、名前が出てこんが……あの議員が言ってた……なんとかぼっくすとかいう」

「その可能性が。それともう一つ」

「何だ」

「そのアパートすぐ近くの避難所に『藤咲司』が訪れています。人員オーバーのため、生存確認記録だけですが」

「ほう」

「そして気になる報告が」

「何だ?」

「その……名前を記載後、知人がいないことを確認して避難所を去っているのですが……その避難所で、物資が増えていたと」

「は?」

「現場も……その……この状況でして、正確な情報とは言い(がた)いのですが……」


 トントンとこめかみのあたりを指で叩きながら総理大臣が立ち上がり、全員を見回す。


「ここにいる全員に一応確認なんだが……今って、緊急事態、非常事態だよな?」


 一同が頷く。


「あらゆる方法を使って探し出せ!個人情報だの人権侵害だの言ってられん!問題になったらあとでいくらでも賠償してやる!とにかくこの状況を打開する方法の手がかりになるはずだ!」


 興奮した総理大臣を(なだ)めるのに三十分ほどかかったという。

家族が仲良く過ごしている様子は書いてて楽しいシーンの一つです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 当たり前っちゃ当たり前なんだけどやっぱり読者目線だと何か起きそうで怖いな。家族とか友達利用して脅してきたりしたら全面戦争してほしい
[気になる点] 主人公の司が「スマホ」を落としたのが原因で司・死亡説が政府関係者に流れそうな気がします。
[一言] 日本政府と戦争して欲しい
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ