(3)
「でもさ、俺、男なんだけど」
「知ってます」
「なら」
「平気です」
「は?」
赤畑が続けて語った内容は、異変以来ほとんど他人と接触していない司にとって衝撃的だった。
赤畑の自宅アパート周辺は人間の方が多く生き残り、互いに疑心暗鬼に駆られながらもなんとか協力して生き延びようとしていたのだが、どんなところにもゲスな考えの男はいる。大して強くもないのに「俺が守ってやる、代わりに……」という男の多いことと言ったら。魔法スキル二つに瞬間移動という緊急回避も出来る彼女はそうやって言い寄ってくる男たちに辟易していた。しかし、どこかへ移動するにしても一人で動くのは何かと難しい。移動するだけなら良いが、寝泊まりをどうするかと言う問題もある。さらに、食料もほとんど取り尽くされた後で回収し始めていたため、心許ない。どうにかしようと考えていたところ、普通に原付で高速を走り、アイテムボックスを使って給油している姿を見て、「互いに協力できるのでは」と考えた。
「そう思った根拠は?」
「乙女のカンです」
聞いた俺が馬鹿だった。
「ま、それは冗談です」
司がアイテムボックス持ちだと見抜いた時点で赤畑はこう考えた。この状況、一方が一方に依存する関係は些細なことで破たんする。だが、スキルによる戦闘を赤畑が担当し、その他のフォローを司がするという体制はどうだろうか。これなら長続きするのでは無いだろうかと。
「も……勿論!その……私の体を求めるというのならそれもやぶさかではありません!それで協力体制が築けるなら!」
「そう言うのって、協力体制って言うのか?」
「私の中では」
「そう……なのか」
「ただ、一つだけお願いが」
「これ以上何があるんだよ」
「恥ずかしながら、男性と付き合うとかそう言う経験がありませんので、出来れば最初は優しくお願いしますね」
俺のユニークスキル『豪運』は女運には効果が無いのだろうか?
だが、彼女のスキル、火魔法に水魔法は戦闘系のスキルの無い司にとっては魅力的である。体の関係は……それはそれで何か違うのでやめておく。もったいないが、そこは紳士で行こう。変態という名の紳士ではないぞ?
「ドアから離れてくれ」
「え……」
「このドア、外にスライドするから。ドアにひっついてると危ない」
「あ、ども」
鍵を開けてプシュッと音をさせながらドアを開けると、紺のパーカーにジーンズ、青い帽子を被った女が立っていて、帽子を取って深々とお辞儀をする。
「ありがとうございます!」
「うん、まあ……上がって」
「お邪魔しまーす」
上がらせたところですぐにドアを閉めて鍵をかける。何があるかわからないからな。
「うわぁ、広いですねぇ」
「そうだな」
普通なら絶対に乗る事なんて出来ない高級車。この状況とアイテムボックスのおかげで乗れるというのはラッキーと言えばラッキーなのか?こういう所は、『豪運』が仕事している気がする。
赤畑がそのまま奥のベッドまで歩いて行く。えーと、刀はさっき収納したから大丈夫だよな。
さて、何から話そうかと思っていたら、赤畑がいきなりパーカーを脱ぎ始めた。下は薄手のシャツ一枚。そしてそれも脱ごうとする。
「待って待って、何をしようと」
「何って……するん……でしょ?」
「しないって」
「え?」
「しない、しません」
つか、震えてんじゃねーか……
「そうなの?」
「はい、しません」
何かホッとしたような表情になった……俺の選択、間違ってないよな?
「藤咲さんって……まさか、その若さで」
「やめてくれ」
そう言うやりとりは姉だけでお腹いっぱいです。
「あと、さん付けしなくていいから」
「え?」
「俺の方が年下。今十八だから」
「そ、そう?」
「うん。だからその……敬語とかも良いよ。俺もそうするし」
「わかった。でも……十八なら性欲モンスターなんじゃ」
「そう言う偏見やめてくれる?!」
とりあえず目のやり場に困るので――シャツの下は何も着けていないので、結構スタイルが良いということもわかった――パーカーを着てもらい、キッチンスペースの前にあるソファで対面に座る。
改めて対面で赤畑を見る。ショートの茶髪に、化粧っ気のない――これはこの状況下で化粧なんてする意味あるの?ということだった――顔は、なかなかの美人で、身長も百六十後半でスタイルも良い。これで今まで誰とも付き合ったことがないとか、まわりの男は何をしていたのだろうか。イヤ、逆に高嶺の花に見えて手を出しづらかったのだろうか。
「具体的に確認なんだけど、協力体制ってのは?」
「うーん、この状況がいつまで続くのかわからないけど、生きるためにお互いに助け合う、みたいな感じ?これはカンだけど、藤咲くん……えーと、司くんの方が戦闘以外では良い感じのスキルを持ってるような気がするんだよね。私は戦闘向きなスキルばっかりだから、互いに補い合えるんじゃないかって」
なかなか良いカンをしていらっしゃる。
「でも俺、これから遠くへ行くんだぜ?」
目的地を伝えるが、反応は薄い。
「別に良いかなって」
「は?」
「だから、どこに行くのも構わないって話」
「イヤイヤ、赤畑さん」
「さん付け禁止」
「え?」
「成海って呼んで」
「えーと……」
「成海」
「成海さ……「むー!」
「成海」
「よろしい」
「その、両親とか家族とか、会いに行かなくていいの?」
「うん、いいの」
「えっと……」
両親と仲が悪いとかだったらちょっとな……
「あの日、すぐ電話したらさ、通じたんだけど」
「うん」
「ゴブリンの声しか聞こえなかった」
「あ……」
「だからね、そう言うことなんだと思う」
「ゴメン、イヤなこと聞いて」
「気にしないで。世界中、そんなのばっかだろうから」
「そ、それなら良いんだけど……その……」
「何?」
「やっぱり、成海さんで」
「えー」
「呼び捨てはやっぱり厳しいです」
「ちぇ……」
ちょっと不満げだが、さすがに呼び捨ては色々抵抗があるので勘弁して欲しい。
「えーと、じゃ、俺の番」
「番?」
「俺のスキルとか、教えておこう」
「いいの?ランキング一位の秘密みたいなものじゃないの?」
「そうだけど、協力体制ってことなら知っておいてもらおうと思って」




