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キャンピングカーも意外に快適だったなと、これを集めてきた自分を褒めながら車を降りる。幸い、外から攻撃された様子も無いので、このまま順調に……
「無理だろう」
今日の正午は、この異常事態が始まって一週間になる。あの声の主が誰かわからないが、「一週間経ちましたので~」と何かをやりそうだ。出来るだけ距離を稼ぎつつ、開けた場所を探して万全の体制で臨みたい。
原付を走らせてインターチェンジを下り、公園とか運動場とかそう言った物が無いか探し……インター下りてすぐにあった。
ベンチに腰掛けて時計を確認。現在時刻は十一時五十分。のんびり待つとしよう。
『正午をもちまして、ちょうど一週間経ちました。皆様のますますの頑張りに期待して、出現するモンスターの種類を増やします。頑張って生き抜いて下さい』
声と同時に目の前に現れたそれを振り下ろした金属バットで叩き潰す。
『最初のモンスター討伐を確認しました。称号『先駆者』を獲得しました』
どうやらまた増えたらしいが、この場をすぐに離れよう。
臭い。
目の前に出てきたのはゾンビだった。映画やゲームではおなじみのモンスターだが、腐ってるだけあって本当に臭い。ヘルメット越しに臭うとかマジでヤバい。
「さて、高速に戻るか」
◇ ◇ ◇
「んー?」
またあの声が聞こえた後、何かが出てきたような気もするが……そのまま落ちていったので何が現れたのかわからなかった。
現在高度五百メートル。
空を飛べる魔物でも無い限り、いきなり目の前に現れても墜落死するだけである。
「ま、いっか」
おっと、ショッピングセンターを発見。様子を見ていこうと降下する。ガソリンスタンドも近くにあるのでそちらも寄っていこう。
◇ ◇ ◇
「新しいモンスターか」
「まったく悩みの種が尽きないな」
「怪我人は?」
「SPが四名、軽傷です」
「どうにか対処出来たからいいようなものの、なかなか深刻な問題だな」
現状把握とこれからについての打ち合わせを中断し、昼休憩にしようかと言うその時に新しいモンスター。どうにか撃退できたが……
「あの会議室はしばらく使えんな」
「ひどい臭いです」
「若い頃はゾンビ映画が好きで、安っぽいB級映画をよく観ていたが……家に帰ったらビデオもDVDも全部捨てるぞ」
「現実は厳しいな」
普段なら言葉尻を取られて謝罪会見必至のぼやきだが、現実逃避したくなるのも仕方ない。
「各地の避難所が……この世の地獄です」
わずか一分前に入ってきた連絡は全員に絶望を与えた。
目の前に一体ずつモンスターが出ると言うことは、避難所という密集状態の所にモンスターが大量に現れると言うこと。
ある程度状況が落ち着いてきたので、復旧に向けて……と言う打ち合わせをしようとしていたらコレである。自分たちの所を片付けた直後に届いた連絡に、とにかくすぐに出来ることは何かを検討し、各方面へ連絡したが、繋がらないところが多数。全員が疲れ切った顔をしていた。
「まだ続くのか……」
「多分続くでしょうね」
「誰か、代わりに総理大臣やってくれないか?今なら支持率を気にしなくてもいいんだぞ」
「残念ながら国会の召集が出来ないので」
「いいだろ別に。俺がいいって言ってんだから」
「気持ちはわかりますがねぇ」
民主主義的な手続きは大事ですよ、と付け加えられた。
別の会議室で会議を再開したが、状況の厳しさ故になかなか意見がまとまらない。
現状の問題点は……
「被害状況が把握出来ていない。今後もモンスターが出てくる可能性が高い。大雑把に言ってこの二つだな」
「被害状況もそうですが、今後が困りものですね」
「情報が少なすぎると言うか……ゼロと言っていい」
「この状況ですからね」
「わかってる。だが、愚痴くらい言わせてくれ」
意見は噴出するが、「何もわからん」以外の結論が出そうに無い中、遅れて入ってきた男が報告のために手を上げる。
「例の『ふじさきつかさ』ですが」
「聞こう」
「数名の候補の確認が取れました」
「ほう?」
「一人目、鹿児島県在住。富士崎典紗、六十二歳の農業従事女性」
「おいおい、六十二歳って」
「二ヶ月前にイノシシを捕獲したとかで地元の新聞にも載ったそうで……」
「日本は広いな」
「市役所の職員が確認しましたが、レベルは一でした。続いて北海道在住藤崎つかさ、三十一歳牧場経営女性」
「ほう」
「三百六十五日休み無しで牛を相手に日々奮闘していて、かなり筋肉質な方、だそうです」
「肝っ玉母さん的な感じか」
「どこかからクレームきそうな言い方ですね、気をつけて下さい」
「はは……」
「こちらも確認出来ましたがレベル一でした。ランキングとテレビ報道について憤慨しており、政府の対応が悪いと、すごい剣幕だったと」
「確認に行った者にボーナスはずんでおけ」
追加で全マスコミに対して警告を出すように言っておく。この状況下で何の根拠も無い憶測で物を言うなと。言っても無駄だろうが、名誉毀損で訴えられた場合、何が何でもマスコミ側が敗訴するように裏で手を回すくらいはやってやろうと考えている。民主主義とか法治国家とか言う単語は地平線の彼方へ蹴り飛ばす。この状況でデマを流す方が悪い。単純な理屈であった。
「あとは、兵庫県。藤咲司、十八歳の男性」
「ほう……」
「所在不明です」
「は?」
「自宅には家族も含め不在でした。後日再訪問の予定です」
「他は?」
「実際に確認に行けたのは今のところ三名。残りは現地の自治体職員が向かい次第報告を」
「了解」
総理が立ち上がり、会議室内をぐるりと見渡す。
「結局、結論は……未だによくわからん、ということだな」
全員が頷く。
「では引き続き情報収集を」
動きたくても動かせるリソースが少なすぎる。補給が絶望的で、わずかな無駄も許されない状況では情報収集を優先するのも仕方ないのであった。
◇ ◇ ◇
「ああ、びっくりした」
いきなり目の前に現れた骨格標本……スケルトンをどうにか撃退し、家に入る。
帽子を被り、だぶだぶのパーカーのフードも被って顔を隠しているが、その背格好から若い女性であることは一目でわかる。比較的ゴブリンへの対処が出来て、生き残っている人が多いこの辺りでは、若い女性と言うだけで「守ってやろうか」と要らぬお節介(下心丸見え)をしてくる男ばかりで辟易していたのだが、ゴブリン以外のモンスターも出るようになったとなると、少しこれからのことを考えた方が良さそうだ。
カラカラと窓を開けてベランダへ出て、外の様子を確認。五階にある部屋からは周囲の様子がよく見える。そこかしこでスケルトンやゾンビに襲われている人も。
「狙いを付けて……火の矢!」
小さな子供を連れた女性に襲いかかろうとしていたゾンビへ火の魔法を撃つ。そこそこ距離はあったが、狙い通りに命中し、ゾンビの体が四散する。
「よし」
女性は自分たちを追いかけていたゾンビがいきなり破裂したのに驚いているようだったが、まだ周囲に危険があると感じたのか子供を抱きかかえて足早に去って行った。この先のことはわからないが、とりあえず人助けできたのでいいかな。
「さて、他には……」
その後も何体かのゾンビやスケルトンを退治した。遠距離から攻撃できる魔法便利、マジ便利。
そして何となく眺めていたら、すぐ近くの高速道路を原付が走っているのが見えた。
「高速道路を原付なんて……」
まあ、今は賢い選択なのかも知れないと思って見ていたら、突然原付を止めて降りた。何があったのだろうと思ったら、中央分離帯にぶつかったままの車のドアを開け、手にしていた金属バットを振り下ろし、ゴブリンを瞬殺していた。
「うわあ」
ま、安全確保のためにはそうするしかないんだろうけど、スゴいな。ゴブリン相手にためらうことなくバットを振り下ろす姿は、淡々と作業をこなしているだけのようにも見える。
やがて一通り片付いたのだろうか。原付の所に戻り、シートをガタンと持ち上げて燃料タンクの蓋を開けている。
「ん?蓋を開けてどうする……まさか火を点けるとか?!」
周囲を焼き尽くすのかと思ったら何か手をヒラヒラさせている。かすかに光がチラチラしている……液体?を燃料タンクに入れているようだ……
「あれってもしかして……」
俄然興味が湧いてきた。あの人はこの異常事態の中、ガチャで有利なスキルを手に入れてうまく活用し、生き延びようとしている。この近所にいるような、この事態を幸いに自分勝手に女性を食い物にしようとしている連中とは違い、真剣に生きるために何が出来るかを考えている。そう見えた。
「追いかけよう」
どこまで追えるかわからないし、追いついて何を話せばいいかも考えてないが、まずは行動だと、靴を取りに玄関へ向かった。
次回、土曜更新です。




