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翌朝、いつも通りの時間に起きるとまず性別転換を行い、洗面台の前へ。
「やっぱりな……」
この姿、寿と瓜二つだ。違いと言えば髪型くらいか?顔立ち、体格、体型……二人並んだら一卵性双生児と言って通じるレベル。この体になっても何とも思わなかったのはその辺が理由だ。何が悲しくて姉に欲情しなきゃならんのかと。
「昨日、この姿でなくて本当に良かった」
いずれは……その時はその時だな。問題は先送りしておこう。
朝食を済ませ、部屋の片付けを始める。片付けと言っても全部収納するだけなので一瞬だ。
「さて、行くか」
ガランとした部屋を一瞥する。二ヶ月と少し過ごしただけの部屋も、こうして見ると少し名残惜しい。
原付を走らせ、近くのインターへ向かい、全く機能していない料金所を通過……ETCゲートはけなげに反応したが。
「原付で高速とか、SNS炎上案件だな」
一人で突っ込みを入れながら原付を走らせる。
そこかしこに衝突してそのまま放置された車が止まっている。何台かはドアが開いており、ゴブリンがそこから抜け出したと思われるが、それでもゴブリンが残ったままの車も多い。いちいち相手をしていくのは面倒だが、何台もまとまって止まっているところは一台ずつ丁寧に処理していく。レベル上げをしておいて損はない。
だが、さすがに血やいろいろなものに塗れた車は収納しない。
乗っていた人の死体は……とてもじゃないが見られた物ではなかった。
そんな感じで進んでいくのでそれほど距離は稼げず、丸一日かけて移動できた距離は
「約三十キロ。まあまあかな」
大型連休の時に良く混むことで有名なサービスエリアに到着できたので今日はここで一泊しよう。
念のため、店内を確認してみたが誰もいない。棚に並んだ商品もほとんど持って行かれた後。かろうじて生き残った人が持って行ったのか、それともゴブリンなのか。
大型バスの間に車を止められそうな場所があったのでそこに
「キャンピングカー取り出し!」
ドス、と白いキャンピングカーを出す。
キャンピングカー専門店でカギごと回収した一台だ。本当はこれで走ってもいいのだが、悪目立ちしすぎるのと、車が通れる幅が確保できないだろうと言うことで断念したが、寝泊まりはこれで行こう。あらかじめ窓に遮光カーテンを貼り付けて準備しておいたので、中でゆっくりくつろげるだろうし。
「ふう……」
さすがに原付で一日中移動というのはなかなか疲れる。高速道路は意外に起伏に富んでいる。自動車で走っているぶんには気にならないレベルだが、原付だと一気に速度が落ちる。そしてアクセルをふかし続けるというのは案外疲れるのだ。
「おやすみなさい」
誰に言うとも無く呟くと目を閉じた。
◇ ◇ ◇
寿の移動はペットボトル補給方式が使えるようになったおかげでガソリンスタンド探しが減ったものの、そもそもの速度がそれほど出ないし、精神的に疲れるため、あまり距離を稼げていない。また、司からの「途中でスーパーやショッピングモールで物資を集めた方がいい」というアドバイスを受けたこともあってさらに距離が稼げなくなった。両親の所まで行って、食べ物飲み物何もありませんと言う事態を避けるために必要だからとやってみたのだが、集め始めてみたら……集めるのが楽しくなってしまった。
「今頃、手段が目的になってるだろうって、司ちゃんは呟いてそう……」
全く、あの弟は……そう言うところも可愛いのだが。
「おっと!」
物陰にゴブリンが潜んでいるのを探知。素早く回り込んで右手を変化させた刃で切り裂く。ステータスに不安はないが、レベルが上がるごとに入るスキルポイントは集めておいた方が良さそうだ。多分、飛行のレベルを上げれば人を抱えて飛ぶことも出来るようになるだろう。真剣に司と空のお散歩デートを夢見ていたりするのだ。
店を一つ片付けると、再び空へ。そろそろ暗くなってきたので、どこかで休もう。
「あのビルかな」
高いビルの屋上へ下り、周囲を確認。さすがにこの高さに登ってくるゴブリンはいないし、逃げ場が無くなるという意味で人間がやって来ることもない。念のために屋上に出入りするドアの前に港で拾ってきたコンテナを置いて塞ぎ、車を出して中で横になる。
「今頃、司ちゃんもこうして寝てるのかな……おやすみなさい」
司が寒気を感じたとかしなかったとか。
◇ ◇ ◇
「例の『ふじさきつかさ』は?」
「年齢的に高齢……六十歳以上を除外、十歳未満も除外して、対象が三十名ほど。各自治体に連絡して所在を確認しているのですが……」
「ですが?」
「住民票の通りに住んでいるとは限らないんですよね」
「はあ?どういうことだ?」
「簡単です。大学進学にあたり、実家を離れても住民票はそのまま。違法でも何でも無いし、良くある話ですから」
数名、心当たりがある者が頷いている。
「つまり、居住実態がつかめない者が」
「数名……あるいは十数名はいるかと」
それでも平時であればちゃんと行政が機能するあたり、日本は平和な国と言えるのだろう。
「除いた残りは?」
「何人かは亡くなっている事が判明していますが、直接連絡が取れたのは数名。あとはどこにいるか不明ですね」
「不明って……まあ、そうだよな」
「食事や買い物と言った外出、仕事に旅行に出張。普段ならともかくこの状況では少しの距離も簡単に移動出来ませんからね。生きていても自宅に戻れないなんて珍しくないでしょう」
「そうだな。他は?」
「先ほど、十歳未満を除外したのですが」
「ん?ああ、そうだな。まあ子供がモンスター退治なんてそうそう出来ないからそんなモンかと思っていたが」
「例の五月三十一日の声ですが、十歳未満には聞こえていなかったらしいんです」
「ほう」
「で、六月に入って誕生日を迎える前日に声が聞こえ、誕生日の一日の間、ガチャが引けると」
「新事実だな」
「避難所に逃げてきた複数の親子から確認しているそうなので確実かと」
「もしかして、十歳未満はモンスターに襲われないなんて」
「それは無いようです」
「そうか……」
室内がシンと静まりかえる。十歳未満はガチャ無し、その代わり襲われない、というのならまだしも……
「他には?」
「現時点では以上です」
前にも書きましたが、政府っぽい人たちとか自衛隊っぽい人たちのはただの閑話です。
主人公たちに直接絡むことはありません。
次回、木曜更新です。




