エピローグ
「ふぬぬぬぬ……」
ズズ……と少しずつ後ろへ下がっていく。両手で支える巨大な鉄球の重さは大したことはなく、持ち上げるのも出来る程度だが、自分の身長よりも大きな鉄球を持ち上げるには石で組まれたこの通路は狭い。
そして、勾配が急なせいもあって、どんなに頑張っても足下が滑り、少しずつ後退してしまう。一応、両脚からはジェット噴射をしているのだが、どうやら床を焼いてボロボロにしてしまう効果の方が大きく、気休め程度だ。
それでも何とか頑張って耐えていると、さらに向こう側でガンッという音がして、重量が増え、さらに後ろへズズッと下がる。
「司ちゃん……早く……早く……して!」
「もうちょい」
「早くぅ……そろそろっ……限界……はぅっ!」
絶対に違う意味を含んだ台詞だろうと思いながら、急勾配の通路脇の小さなスペースでスマホの画面を見つめる。
「来た」
スイスイと操作して内容を確認。
「えーと、朝は四本足、昼は二本足っていうあの有名なクイズがヒエログリフで書かれているのか。で、答えの文字をここにはめ込む……って、この字が読めないからなんとかしてくれって話なんだけどな」
すぐにスマホで「にんげんって、どの字を選べばいいんだ?」とメッセージを送る。と同時に、寿の方からさらにガンッと鉄球が追加された音がして「きゃああああ!」という悲鳴が聞こえるが、この場を離れるわけにはいかない。
「もうダメ!耐えられない!司ちゃん……お姉ちゃん、これ以上はもう……」
いよいよ本気の泣き言になってきたので、一つため息をついて応援の台詞を投げてやる。
「寿姉が頑張ってる姿、大好きだよ」
「あと二時間は平気よ!」
チョロい。
っと、メッセージが返ってきた。
「えーと、これと……これと」
添付されていた画像の通りに石版の上をなぞると、カチリ、という音がしてゴゴゴ、と壁の一部が開いていく。
「よし、行くぞ」
「あ、待ってよぉ」
寿が飛び込んでくるのと同時に通路を鉄球が数個転がり落ちていき、同時にさっきまで司のいたところに何本もの槍が下から生えてくる。鉄球がある一定のラインを越えるまでの間にここにある謎を解かないと死ぬ。シンプルすぎるが誰も攻略できなかった仕掛けを、文字通り力業で切り抜けてピラミッドの奥へ進んでいくとまた一枚の石版。そして、すぐ脇の壁がゴゴ……と開き、何かがやって来る足音がする。
「さて、次は……って、また読めない文字かよ!」
そして、ぬっと姿を現すモンスターの群れ。
「寿姉、まかせた」
「もう、いやあああ!司ちゃんが魔法少女に変身して戦ってよお!」
「いや、あれ……成海さんが持ってるし」
「なんでよ!」
なんでって……魔法スキル持ちが使った方が絵になるし、という地雷は踏まない。この場を解決する一言はこれだ。
「頼りにしてる」
「任せて!お姉ちゃんが護ってあげる!」
◇ ◇ ◇
「降下ポイント到着まで一分、各員、降下用意」
無機質なアナウンスに逃げ出したくなるが、成海の面倒を見るよう仰せつかった江塚にしっかり繋がれたハーネスは無情にも成海をハッチの前に引きずり出した。
「そろそろ覚悟決めてください」
「うう……怖いよお」
「大丈夫ですって。ちゃんと私がパラシュートを操作しますので」
「それでも」
「先月、百メートルの高さから飛び降りて平気だったと聞きましたけど?」
「高度二千メートルは無理よ!」
「はいはい。行きますよ」
「い……ぶひゅわあああああ!」
抗議の声は開いたハッチにより生じた気流と、飛び出した衝撃でかき消されていった。
「目標確認!攻撃用意!って、攻撃用意ですよ!攻撃です!」
「うひゃああああ……うわあああああ」
「この映像、藤咲姉弟にも見せるんですから。こんな姿見たら、お姉さんが「ふふ、やっぱり成海はその程度ね」ってほくそ笑「おっしゃああ!」
小さなペンダントヘッドを引っ張り出して開くと小さな棒が飛びだし、すぐに三十センチほどの長さになって右手に収まる。物理学者が気絶するような不思議現象だが、そのままその伝説のスティックが振り下ろされた。
「死ねおらあああ!」
気合いと共に放たれた各種魔法は下にズラリと並んで待ち構えていたモンスターの群れを吹き飛ばし、開いた場所へ自衛隊員たちと国軍兵士たちが降下していく。
「予定ポイント確保!」
「撃て撃て!」
「攻撃開始だ!」
「攻撃の手を緩めるな!」
宇宙からも見える程長いと言われる城壁の上に集まったモンスターへ容赦ない攻撃が開始される中、さらに成海がスティックのスイッチを押しながら振るうと、ハーネスで繋がった江塚が変身に巻き込まれる。そして、光る玉が着地して弾けると、変身を終えた成海がポーズを決め、巻き込まれた江塚が猫っぽいマスコットキャラになっていた。
「愛と希望の天使、マジカルなるみん、参上!」
「言ってて恥ずかしくないですか?」
「私、一言も発してないんだけど……」
「え?」
どうもこのひと月ほどで、スティックの機能がアップしたらしく、BGMと自動ポージングの他、決め台詞を勝手に発声するようになったらしい。
◇ ◇ ◇
司が両親の元に辿り着いてから約三ヶ月。日本各地をまわって、戦闘要員のレベルアップを兼ねながらボスモンスターを撃破。ほとんど人が住まないような僻地を除けば六、七割程度の広さを奪回できた頃から司たち抜きでも強いボスモンスターを倒せるようになり、日本国内はほぼ安全と言える状態にまで持ち直した。
そうなると今度は各国からの支援要請が集まってくる。
当初はボスモンスターとの共存も止む無しという方針を出していた場所も、モンスターの数が増えてきて手に負えなくなっていたり、そもそもモンスターが強すぎる、数が多すぎるなどにより二進も三進も行かなくなっていたりと事情はさまざま。
中には司たちが行ったところでどうにもならない、軍事兵器を投入するしかないところも多かったが、狭い建物内など、人が入り込まなければどうにもならない箇所に司たちは連れ回され、ボスモンスター攻略にいそしむ日々が始まった。
「クソッ、ミイラの化けモンが大量に!」
「司ちゃん!聖女よ!聖女になるのよ!」
「断る!」
「何でよ!」
「男であの格好は絶対にダメ!」
「いいじゃない!見てるのは私だけよ!」
「そのカメラを止めろ!」
「えー、しょうがな……だが断る!この藤咲寿が最も好きな「うわっと!来たぞ!油まいたから火!火を放て!」
「え?」
「ジェットで燃やせ!」
「あ、え?うわあああん!」
まどろっこしくなってきた司に放り投げられ、慌てて姿勢を変えて両脚を向ける。
バスッ
「あ……燃料切れ」
「ふざけんなああああ!」
「しょうがないじゃない!さっきの鉄球、滑り落ちないようにって頑張ったんだから!」
大騒ぎする様子は二人の服にくくりつけられているボディカメラを通じて、近くの作戦本部へ送られている。
「あの二人、本当に大丈夫なんですか?」
「ま、まあ……その……アレです。余裕があるってことですよ」
「はあ」
◇ ◇ ◇
「炎の大波!」
きっちり城壁の幅に調整された炎が、その名の通り波のように進み、モンスターを飲み込んで焼き尽くしていく。
「うえええええ……」
「さ、行きますよ」
「待って……結構気持ち悪い」
「大丈夫ですか?」
「ん、ちょっと悪阻が。司く「処女懐妊とか、聖書の中だけにしてくださいね」
何でバレてんのよと心の中で悪態をついてからどうにか立つと、マスコット姿の江塚に頭をてしてし叩かれながら進んでいく。
「赤畑さん」
「ふえ?」
「その衣装、先月見たときから変わってません?」
「なんか、今月からちょっと変わったのよね」
寿に言わせると、「アニメ中盤でパワーアップする系かしら?」だそうである。
「見えた!何かデカいのがいるぞ!」
「了解!」
「待ってろ!今、紅蓮の魔女様を連れて行くぞ」
「その呼び方、やめて欲しい」
「え?じゃあ何て呼べば?」
「普通に名前で」
「イマイチ迫力がないんですよね」
「迫力って」
「じゃあ、先月砂漠を一面凍らせたときの氷雪の魔女?」
「きゃ、却下!」
「じゃあ、先週の湖の水棲モンスターを「ダー○ンの馬鹿!」と叫びながら瞬殺した雷鳴の魔女か、渓谷で崖を崩してモンスターを叩き潰しながら高笑いしたと言われる断崖の魔女、次点で破滅の導き手、全てを統べる者、どれかに決めてください」
「どれもイヤよ!」
なんで称号が一部バレてんのよ!
◇ ◇ ◇
「はあ……はあ……何とか、倒したな」
「うん」
ピラミッド内部にいたのは身長五メートルはありそうな巨大なミイラの化け物。苦戦必至かと思ったが、その見た目通りに燃えやすく、灯油をまいて火を放ったら勝手に突っ込んできて全身が燃え上がり、のたうち回った結果さらに火が回って燃え尽きた。
「やったね!って、ぶべっ」
飛びついてきた寿をスルリとかわし、拠点コアを確認。続きのボスモンスターが出る気配は無し。一方、全力で飛びつこうとした寿は少し壁にめり込んでいた。
「拠点コア確保出来たみたいです」
「了解。そちらへ向かいます」
この国の偉い人――どういう役職なのか聞いたけど、すごく長かったので覚えるのをやめた――に引き継いで作戦本部に戻ると、今回は別行動になっていた成海の方も片付いたとの連絡が入っていた。
「お疲れさん」
「疲れたよ……癒やされたい」
「お、おう……」
「癒やされたいの!」
「どうしろって言うんだよ?!」
「聖女!聖女になってよ!」
「お断りします」
積み上げてきた実績が実績だけに、こうしたやりとりを止める者はおらず……どころか、勝手に寿と成海がエスカレートしていくのを数時間単位で放置されるレベル。
通信画面越しに「今日は一緒に寝るのよ!」「な!何てことを!」と勝手なやりとり――そもそも、一緒に寝たりしないんだが――をしているのを眺めていると、この場を指揮していた外務省の人――名前、何だっけ?――が苦笑しながらやって来た。
「次の場所ですが……例の吸血鬼伝説の城。明日の決戦に聖女投入でお願いします」
「少し休みたい」
「大丈夫ですよ。移動中の飛行機の中で休めます。それに作戦開始は二十七時間後ですからたっぷり休めますよ」
そもそも飛行機の移動って、休めるって言わないからな。
それ以前に、聖女降臨使う前提がイヤなんだけどな。
言っても無駄な抗議は言わず、準備の出来た車の方へ向かう。寿?そのうち気付いて追ってくるだろ?
空港へ向かうワンボックスに乗り込む前に一度、うーんと伸びをして天を仰ぐ。
「俺の……いや、俺たちの戦いはいつ終わるんだろうな?」
本作、これにて完結です。
作者としては初めての書籍化で色々と経験出来た作品となりました。
書きたいこと全部書いた一方で、当初予定していたのとは全く違う方向へ登場人物たちが突っ走っていくので、手綱を握るで精一杯という……まあ、いつも通りの感じでした。
しばらく、他作品の連載を続けて、少ししたら新作を開始しようかな、と思ってます。その節はまた楽しんでいただければ幸いです。
最後までお付き合いいただきありがとうございました。