(?)
「お、ここにいたか」
「ん?何ですか?」
「頼みたいことがあって、探していたんだ」
「はあ」
同僚たちにとって、ある意味憧れのような存在である先輩に声をかけられたのは、自分の優秀さを買ってくれたのだろうと思いながら、話を聞くことにする。
「急な話なんだが、明日から少し私の担当している部分、管理を代行して欲しい」
「え?」
管理を?代行?それって、つまり……?
「急遽、明日から出張になってしまってね。多分二、三ヶ月はかかると思うんだが、その間の管理を代行して欲しい。ああ、もちろん正式な業務だ。上にも許可は取ってある。この後すぐに書類が回ってくるはずだ」
この先輩の担当分の管理を代行……だと?
「ん?何かマズいか?一応確認してみたが、今のところ、大きな業務はないから大丈夫と聞いていたんだが」
「大丈夫です!」
「そ、そうか」
管理用のID、パスワードと管理の大まかな内容、注意点を聞いた後、自席に戻って端末を起動させる。これは……出世のチャンスだ!
今まで温めていた「もしもあの先輩の管理担当を触れたらこんなことをしてみよう」リストを開いて、内容をチェックすると、さっき聞いたばかりの内容をもとに必要なデータの調整にかかる。
現在の日付に合わせた調整はもちろんのこと、細かい数字がこれを考えたときとはズレているのでその辺りを調整。と言っても、いじれるパラメータはそれほど多くはない。
それでも、実際に触れるとなると「アレも試したい」「これを確認したい」が次々思い浮かぶ。期間は長くても三ヶ月程度。やり直しを考慮しても、せいぜい二ヶ月がいいところと考えると出来ることは……このくらいか。
それでもギリギリまで組み込めそうなものを考え、それが及ぼす影響を考え……とやっていたらあっという間に時間が過ぎていった。
「それじゃ、よろしく」
「わかりました」
操作用のIDカードを受け取り、大勢が作業をしている中を進み、その席に座るとさすがに周囲の視線が集まる。そりゃそうだ。ここはそう言う席なのだから。
ここは世界管理局の管理端末室。その中でも……地球を管理している端末だ。
世界の管理、と言えば随分と大層なことをしているように聞こえるが、実際には各種パラメータを設定して起動させたら放置が基本。時々端末から状態を確認したとしても、あまり色々な操作をすると世界に混乱を与えてしまう。だからこそ初期パラメータが重要なのだが、この地球という世界は他の世界と比べてもかなり異質な世界として成長していた。
何も設定しないで世界を構築すると、非常に高い確率で知的生命はおろか、生命が誕生することなく数十億年後に世界は消滅してしまう。
そこである程度、周辺の環境を整えて温度や気圧、重力などを調整してやると生命が誕生する。だが、その生命が知能を持ち、文明を持つレベルまで進化するのは非常に低い確率になる。
世界を造り、文明を発展させ、その文明がもたらすエネルギーを活用するという神の世界にとって、まともに文明の発展しない世界というのはゴミ同然。
そこで、半強制的に文明を発展させる方法としてよく使われるのが魔力を利用した魔法だ。
基本的に、どの世界にも魔力というものは存在しているのだが、これを活性化させて魔法という力として実装することで無機質を有機質、そして生物へと進化させやすくなり、さらにその生物がある程度の知能を獲得し、文明を発展させるのが容易になる。だからほとんどの世界で魔力は活性化されていて、魔法ありきの世界が構築されていくのも、まあ当然と言えば当然だ。神と言えど、分の悪い賭けはしないし、効率の悪い世界なんて望んではいないから。
だが、あの先輩が構築、管理している地球という世界はその「よくあるパターン」から逸脱し、大成功した有名な例だ。
確かに世界に魔力は満たされているが、活性化していないためにあらゆる変化が科学的に説明出来る範囲に収められていて、極端な振れ幅のある変化というのは起こらない。だが、実に絶妙なパラメータ設定によって、生命が誕生し、進化し、知性を獲得して文明を発展させてきている。数十億年という実に長い時間をかけて。
そして発展した文明は、魔力を消費しない文明。そして、魔力を消費しない分、発生させてくるエネルギーはかなり多い。
絶妙なバランスで管理、運営されている地球という世界は、神々の間でも理想的な世界。しかし、真似の出来ない絶妙さのために第二、第三の地球が産まれてこないと言う、ある種の残念さも兼ね備えている。
そんな地球を管理代行とは言え、操作出来るというのは千載一遇のチャンス。
いくつかのパラメータ変更と、シナリオプログラムを実行した結果をまとめれば、世界管理における革命的な何かが起こるのは間違いないだろう。
「えーと……うわ、本当にすごいな」
現在の各種数値を確認した感想は「すごい」のひと言。
世界の広さは特記するほどのものはない一方で、知的生命の数はこの広さの世界平均から見て突出して多い。
魔力に依存した世界は、供給される魔力量にあらゆるものが引っ張られるため、ある程度以上の発展をしづらい。一方、魔力に依存しない世界はある一定ラインを越えると一気に発展していく、という仮説を先輩が発表していたが、これを見たら誰でもそう思うだろう。
ではこの世界で魔力を活性化させたら?
「実に興味深いね」
管理代行用のID、パスワードで操作画面を呼び出していくつかの情報を確認。用意してきたデータの最終調整にかかる。
「よし……あとは作業前にデータをセーブして、と」
魔力を活性化させたらどうなるか、というのは確かに確認したいが、ある程度確認出来たら元に戻しておかないと色々マズいのでデータセーブは必須。
「よし……やるか」
調整を終えたデータを流し込み、いくつかのプログラムを実行。知的生命全体に浸透させるには……んー、結構時間がかかるな。ある程度の地域単位で導入するとして……時差というのがあるのか、ちょうどいいからこれを利用して、と。
知的生命体全てにステータス確認機能をインストールしつつ、魔力活性タイミングについての告知、あとは全くのゼロスタートになるのはさすがに忍びないので、ランダムで能力を付与するか。っと、まだ幼い子供には色々厳しいか?十歳未満には能力は与えない、十歳になったら与えるようにしよう。
だが、約七十億人全員が強力な能力を得てしまうとバランスも何もあった物では無くなるから、基本はハズレで日用品レベルのものが出るようにして、と。
ああ、でもそれだとスキルを獲得出来る者が少なくなりすぎる。確率を調整しよう……ダメだ、下手に調整すると当たりが多くなりすぎる。
そうだな、説明文章に罠を仕掛けよう。わざと長文にして、スクロールバーを意図的に操作しないと最後まで見えないように調整。あとは……よし、行けるな。プログラムスタートだ。
プログラムは順調な滑り出しだ。
ほぼ狙い通り、ほとんどの奴が説明を最後まで読むことなく、ガチャを実行した。最後まで読んだのは1%どころか0.01%位か?ま、いちいち細かい確認はあとでログを確認すればいいか。
さて、いよいよ本番。モンスター投入だ。
他の世界だと、それこそロクに戦闘訓練もしていないような村人でも倒せるゴブリンだが、人間と同じ数だけ出現したらどうなるかな?
「ふ……ふはははははっ」
思わず変な笑い声が出てしまった。
予想はしていたが、予想以上の被害状況だ。モンスターが出ることを予想していた者もある程度はいたが、大半が「何だか知らんがどうってことないだろ」と受け止めていたらしく、確認が面倒なほどの被害を出した。
状況は記録しておいたから、あとで色々分析してみるとして、先へ進めていこう。
おかしい。意外というか何というか……停滞してしまっている。
やはり最初にゴブリンを投入したあとが続いていないのが原因か?だが、まだ結構な数のゴブリンが生き残っているんだが……ええい、面倒だ。モンスターの追加をしよう。
あとは、ちょっと失敗があった。能力を与えていない十歳未満がモンスターに襲われてしまっている。プログラムのバグだが……ま、いいか。あとでデータを戻せばいいだけの話。反省点としてメモしておこう。
モンスターの追加と、ランキングで危機感を煽るという作戦は今のところ、色々な動きを生み出してくれている。魔法の存在しなかった世界だけに、人間たちは色々と手探り状態のようだが、これはこれで面白い反応だ。しっかり記録しておこう。
だが、ランキング上位がおかしなことになっているな。予想ではそれほど大きな差が出ないと思っていたのに、一位と二位の差が大きすぎる。ま、しばらくは様子見でいいだろう。
一位が突出しているのがやはり気になるのでログを確認。
うん、バグだった。コイツが手に入れたスキル、プログラムが起動する前に効果を発揮してしまったようで、最初のガチャの結果に影響を与えてしまっている。
本当ならバックアップから戻してやり直したいが、この程度のイレギュラーくらいは許容しておこう。
テコ入れである程度動いたかと思ったらまた停滞。なかなか難しい世界だな、というのが正直な感想だ。
仕方ない、プログラムを少し調整して……もう少し強引に変化を起こすように仕向けてみよう。少々死者数が積み上がりそうだが、気にしない。
何だよあの一位の奴は!とんでもないイレギュラーばっかりしやがって、想定外の事態を引き起こしやがった。
「クソ……コアに同時に触れたら、触れた人数分に増えるとかどこをどう修正すればいいのかわからん」
頭を抱えながら修正箇所を探している間にも次々とコアが分裂していく。分裂するだけならいいんだが、それをアイテムボックスに回収されると、データを調整するのが難しくなる。
仕方ない、強制的にイベントを発生させよう。
何をどうやったら、あのレベルの人間がドラゴンを討伐出来るんだよ!
「クソ……ならば……いや、待てよ?ここをこうして」
モンスターを倒してホッとしているところに新たなモンスターが登場。これで勝つる。
肝心の一位の奴がいないときにモンスターが出てもしょうがないだろうに……ったく、ちょいとログを確認して対策を考え……何だこれ、伝説のバット?
おいいいいいい!何だこれええええええ!
神が地上に降りると言うことは滅多にない。が、仮に俺が地球に降りたとして、一位の奴と出会ったとしよう。んで、このバットでフルスイングされたら、俺が死ぬ。少なくとも同じサイズだったら。
十倍くらいの体格差があれば瞬殺されることはないだろうが、それでダメージを受けそう。そしてオマケにもう二人のランキング上位者もヤバイ。
物理最強に魔法最強かよ。
何をどうしたらこうなった……そうか、コイツらも最初のガチャで色々あったのか。
「はあ……ダメだな。最初にセットしたデータに色々問題ありすぎ。これは……まとめて発表してもイマイチかな」
魔力活性化によって引き起こされた結果としては興味深いものも多いが、その一方で最初に実行したランダム付与のバランスが悪すぎる。
ここをもう少し見直すというか、確率変動要素を排除した状態でやるべきだったな。
「仕方ない、バックアップから戻して、もう一度やるか」
コンソールを操作し、バックアップデータの一覧を呼び出す。
「元のデータは……え?」
その瞬間、一気に顔から血の気が引いた。
「なんで……バックアップデータが……無いんだ?」
マズいマズいマズいマズい……
バックアップデータを確認すると、せいぜい巻き戻せるのは十日前程度。
自動バックアップ処理により、地球内時間の二十四時間ごとにバックアップが行われ、十日以上前のバックアップデータは削除するように設定されていた。
結果、俺が管理代行を始めたときに取ったバックアップは……消えていた。
「クソッ……どうする?」
やり方が無いことは無い、ハズ。
この十日前のデータを使い……よし、更新ジャーナルがある。このジャーナルを逆にあてこんでいけば、元のデータの復元は可能だ。
だが、更新ジャーナルから戻すには……一秒戻すのに三秒前後かかるんだったか?時間はかかるし、コマンド操作も面倒なものが多いが、とにかく戻すしかない。
「ええと、まずこれがこうで……それから」
「やあ、お疲れさん」
ポン、と肩を叩かれ、さらに血の気が引いていく。
恐る恐る振り返ったそこには、
「は……はは、先輩、おは……やい……お戻りで」
「うん。出来るだけ早く戻れるように急いで片付けてきたからね」
「そ、そうですか。お疲れ様です。でも、その……えと」
「ん?」
「そ、そうだ……戻ってきたばかりで疲れているでしょう?」
「問題ないよ?」
「今日いっぱいは私の方で見ていますので」
「問題ないよ?」
「どうぞ……」
「問題ないよ」
「……えーと」
「少し確認をしたいのだが」
「はい」
「見間違いかな?色々と見たことのない数値データが見えるんだけれど」
「き……気のせいですよ」
「人口、半分どころじゃないくらいに減って……十億を切りそうに見えるね」
「ひ……ひょ……表示を十六進数表示にしてみたんです」
「ランキング?」
「ああ……これは……そう、えっと、足の速い順に並べてみたものでして」
「モンスター?スキル?ガチャ?」
光の速さで繰り出した土下座は、今までで一番美しいフォームだったと自負している。




