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「それで、斉藤とか言う男の生死は確認できたのか?」
「完全には確認できていないのですが……」
「ガスか」
「はい。いくつかの有毒ガス検知器が反応しておりますので、積み上げたコンテナの中の調査は化学処理班の到着を待ってとなります」
「有毒ガスなのか?」
「フッ素系のガスがメインですが、硫黄、塩素由来のものも多く発生しているようです」
「あとは探知系のスキルで斉藤を検知できておりませんので、死亡は確定で良いかと」
「なるほど」
「とにかくガスの流出を防ぐ最低限の処置の後、移動を開始しております」
「なるほどな。他には?」
「斉藤と行動を共にしていた二人の事情聴取中ですが、最終判断はまだ。駐屯地に着き次第としています」
「それと、先ほどから開始した邦人帰国プロジェクトですが、さっそく面倒な連中が殺到していて」
「面倒な連中?」
「まあ、言わずもがな、と言う連中です」
「当然追い返しているんだろうな?」
「これを見てください」
スクリーンに投影されたのは、また面倒な映像だった。
「こいつら、この状況下で横断幕で抗議とか、馬鹿なのか?」
「しかも、日本語が少し間違ってますしね」
「はあ……」
「っと、そう言えば、いくつかの国の軍から連絡が」
「ほう?」
「数名ですが、精鋭部隊を日本に派遣したいと」
「派遣?」
特に必要性は感じていないのだが。
「何でも、ノウハウが欲しいとのことです」
「ノウハウ?」
「ここへ来て急に日本人の名前がランキング上位に現れていますので、何をやったのかと」
「適当にごまかし……は出来ないんだな?」
「はい。非公式ながらも、大半が自衛隊員だろう?と特定しておりました」
「非公式ねえ……」
この状況で公式も非公式もあったものでは無いのだが。
「ちょっと待て!」
「自衛隊員の名前を把握しているというのか?!」
「一部の隊員はともかくとして、基本的には機密事項だろう?」
「まったく好き放題されているな」
ギャアギャア騒いでいるのは、とりあえず何とか生き延びた上で「何でもやるから!」と協力を申し出ていた野党議員だが、彼らによって色々と他国の諜報活動を制限する法案が潰されていた件についてどう思っているのか小一時間問い詰めたいところである。
「とりあえず、藤咲司の同行者とかいうスキルだったか。それである程度鍛えられるというのは伝え……るのはさすがに確認してからか」
「ある程度は協力してもらえるかもしれんが、世界中からひっきりなしでは、な?」
最悪の場合、司を取り巻く環境が、労働者が過労死しても何とも思わないようなブラック企業が薄い灰色に見えるような環境になりかねないので、その辺は注意しなければなるまい。
◇ ◇ ◇
「さてと……どうしようか」
駐屯地に到着したものの、医務室を使うのはどうかと思われたので、空いている部屋にベッドを運び込み、寿を寝かせ、駐屯地の倉庫から色々な機器を持ち込んでもらった。
どうしても動かせない機器は持ってきていないが、どうせ重い物を吊り下げるクレーンのような物なのでここに運び込む意味は無い。
ちなみに、当初は医務室で、と思ったが、一般的な医務室は半田付けをするような場所ではないので、という常識的な配慮である。と言っても、これからやるのが医療行為と言うより機械修理だろうから、そもそも医務室というのもおかしな話か。
「うーん、半田付け初心者に空中半田付けは厳しいですね」
「ははは……」
どの隊員も忙しい中、何とか都合をつけて、医官の武井さんが協力してくれているが、そのコメントに苦笑するしかない。と言うか、そもそもこの治療と呼ぶより修理と呼ぶ方がよさそうな作業を医官が担当するのは適切なのか?と思う。
試しにやってみようと、適当なビニール皮膜のコードを半田付けしてみたが、ひどい出来になった。ぶっつけ本番をしなくて良かったという程度に。
「じゃ、これ使ってみましょうか」
「ん?チューブ?」
武井が見せたのはカラフルに色分けされた、直径五ミリほどのチューブだ。
「これをこうして適当に切って、コードを通してから……線を撚り合わせてからチューブで覆って、と」
きれいにまとめたところでチューブで中の線が露出している部分を全部隠し、手にしたのはドライヤーだ。
「こうして加熱すると」
「おおっ!」
みるみるチューブが縮んでいき、ぴったりと張り付いた。
「熱収縮チューブって言うんです」
「へえ」
余談だが、線と線を空中で半田付けするのはコツさえ掴めば誰でも出来る。が、そのコツを掴むのを待つよりも早い解決を見てみようと言う、動けないままの寿に対する配慮である。
もっとも正確には動けないのをいいことに「司ちゃんがあーん、してくれるとおいしく食べられると思うの」とかいう細かい要求が続くため、司とそれを見せられる周囲の精神安定のための配慮でもあるが。
「じゃ、線はそうやって繋ぐとして、内側の金属部品?はどうしましょうか?」
「うーん」
上腕のやや肘寄りの位置で千切れた部分を丁寧に開いて、骨に該当しそうな部分をつなげてみたが、ちぎれたようになっているせいか形が合わない。
「適当に削って、まっすぐ合うようにすればいいかな?」
「私もそれでいいと思う……多分」
「じゃあ……このくらいまで削る感じですかね」
ちゃちゃっとやっちゃいましょう、とグラインダを手にしてスイッチオン。
甲高い音と火花を散らしながら、軽く形を整えるといい感じに繋がりそうだ。
「あとはその周りの……何て言えばいいんでしょうね、これ」
「SFっぽい表現をしていいなら人工筋肉?」
「あーそれはね」
「ん?」
「適当に束ねてテープで止めればいいかも」
「マジか」
結構アバウトな処置っぽいけど、こんなんで治るのか?
「じゃ、この方法でやってみるけど、いいか?」
「多分、大丈夫だと思う!」
寿にも確証はない。何しろ今までにこれだけのダメージを受けたことがないからだ。だが、「何となく大丈夫そう」というのでそれでいいかな、と作業に取りかかる。
「これとこれ……だな。こうしてニッパで線を出して……繋いで」
「ひうっ!」
「うわっ!何だよ、変な声出すなよ」
「だって……その……」
どうやら感覚神経に該当する線だったらしく、繋いだ瞬間に感覚が戻ったらしく、その後も線を繋ぐたびに「あふっ」「いっ!」「はうっ!」と聞きたくもない声を聞かされるという謎の苦行を強いられる司だった。
「とりあえず左腕の線は全部繋いだけど、どんな感じだ?」
「んーと……」
左手の指が動き、グーパーをしている。
「おお、いい感じか?」
「みたい」
神経(?)がつながったので、筋肉(?)を適当に束ねてテープで止め、全体がまっすぐになるように揃えて添え木をして包帯を巻いていく。
「よし、出来たか?」
「多分大丈夫、かな?」
恐る恐る寿が左肘を曲げて持ち上げ、指を動かし、手首も少しだけ動かす。
「いいね」
「うん」
続いて右腕。こちらは肩の辺りから千切れているので、少々手間取りそうだ。
「じゃあ、私は右足を」
「頼みます」
作業の手伝いを買って出た成海が道具を並べていく。
ちょうど内線が鳴って、武井は少し席を外すと言って出て行った。
「さてと……まずはこれとこれ」
「司ちゃん」
「ん?今集中したいからあとにしてくれ」
「そうじゃ無くて」
「だからあとに」
「下!下見て!」
「下?」
床を見るが特にこれと言って何も無い。
「そっちじゃなくて!私の足!」
「え?」
そちらを見ると、どこからどう見てもダメだろうという表情と手つきで、スカートの裾をつまんで持ち上げようとしている成海の姿。
「くふふ」
「やめんか!」
「ふぎゃっ!」
瞬時に繰り出されたハリセンが顔面にたたき込まれ、成海は一回転半して床に突っ伏した。




