(9)
「まず、この世界の勇者は名前を公表しておりません」
「へ?」
「相当に親しい者にしか名前を伝えないという王国の方針です」
「まあ……わかりました」
細かくてややこしい事情もあるのだろうと、とりあえず納得する事にした。
「そして、もう間もなく、近くの街道を勇者とその仲間が近くの街道を馬車で通ります」
「おお!なら!」
「でも、どうやって近づくのですか?」
「あ」
確かに、いきなり押しかけて「勇者サマ!仲間にしてください」なんてやったら、「怪しい奴だ。まさか魔王の手先では?」となりかねない。できれば出会いはもっとスマートに。怪しい要素ゼロで好印象を与えながらにしたいところ。色々とフラグを立てられればなお良し。
「私どもとしましても、寿さんのために微力ながらと思いまして、このようなものを用意しました」
ズドン、とすぐ側にデカい何かが現れた。
「うひゃあ!」
「地竜です」
翼のないドラゴンという姿をしたそれは、目を閉じたまま微動だにしていないが、その大きさを見ればわかる。アレが暴れたら大変な事になると。
「これに寿さんが追いかけられている状況で、勇者一行の前に飛び出す、というのはいかがでしょうか?」
「んーと?」
「そして地竜を倒した勇者に、「私、女神からの神託を受けまして!」とか言う流れで行けば、それなりに自然な感じで行けるんじゃないかって」
「それだ!」
これ以上無いくらい雑な流れにしか見えないが、この場にいる寿も光の球も、これが最善と信じているから始末が悪い。
さて、そうと決まれば善は急げだ。
「探知!勇者!」
いた!確かにそれほど遠くない位置を移動中だ。
「では頑張ってくださいね」
「はい!」
そして光の球が消えると、地竜が目を開き、寿の姿を捉える。
「ガアアアアッ!」
一声吼えると、やる気十分といった感じで、巨大な口を開き、寿に襲いかかってきた。
「とおっ!」
寿の体くらい一口で飲み込みそうなのをひょいとかわす。
「ここまでおいで~」
軽く煽ったら頭にきたらしく、ひときわ大きく吼えると走って追いかけてきた。よし、いい感じ。
「こっちよ!」
探知で捉えた勇者の方向へ走り出す。空を飛んでもいいけど、さすがにその姿を見られたら色々言われそうなのでやめておく。マイナス要素は極力排除すべき!
そして走り出してすぐに勇者一行を乗せた馬車を視界に捉えた。よし、少し速度を落として、ちょっと服装も乱れた感じにして……
「助けて!助けてください!」
叫びながら走り、街道で何かにつまずいて転びながら叫ぶと、その声に気づいて馬車が止まり、男女数人が降りてきた。勇者は……いた!少し髪の色とか違うけど、司で間違いない!理屈ではなく、魂がそう感じてる!
「何だ、アレは?!」
「地竜?!」
「デカいぞ!」
今までに見た事も無いサイズのそれに対し、全員が死すら覚悟して武器を構える。
「恐らくアレは魔王が仕向けた奴だな」
「クソッあんなのがいきなりかよ」
神託により勇者として選ばれてまだひと月も経っておらず、力不足は認識しているが、この状況であの少女をみすみす死なせるわけにも行くまい。
「全員、死ぬ気でかかれ!でも死ぬなよ!」
「無茶言うぜ」
「だが」
「でも」
「行くよ!」
どうにか身を起こした少女が勇者の元に飛び込んできたのまでは、全員がはっきりと覚えている。
「……しゃさま……勇者さま!」
「う……あ……えっと」
「良かった、気づかれたんですね」
「え?えーと」
体のあちこちが痛むが、どうやら生きているらしいと思いながらゆっくりと体を起こす。
「えーと……君は?」
「スズと申します」
「スズ?」
「はい」
「えっと……何がどうなって」
周囲を見ると、馬車は完全に破壊されていて、仲間も全員倒れているが、微かに胸が上下しているので、気絶しているだけのようだ。
「そうだ!地竜!」
「あ、あちらに……」
スズの指した先を見ると、首があらぬ方向へ折れ曲がり絶命した地竜の姿。顔に女性の物としか思えないサイズの足形があるように見えるが……と、疑問を口にしようとしたら、少女がスイと回り込んで視界を遮った。
「勇者さまが」
「俺が?」
「はい。全力で行く!と叫んだらぱあっと体が光って」
「そ、そうか」
女神さまから授かった力が目覚めたのかな?まさに勇者!だ。
「カッコよかったです」
「そ、そう……かな?あ、あはははは」
何がなんだかわからないうちにと言うのは自身の実力としていいのかどうか微妙なところ。できれば自分でしっかり倒したと認識しておきたいが、こればっかりは女神から授かった力に体がついていっていないせいだろう。精進せねば。
そう反省したところで、とりあえず立ち上がる。他の仲間たちの手当てをして、馬車はどうしよう?っと、その前にスズと名乗ったこの女性だ。地竜に追われていたという状況から、この周辺で他の魔物が跋扈していてもおかしくない。
えーと、それで……何から手をつければいいのか混乱しながら、スズの方を見る。
「えっと……その」
「勇者さま、お願いというかお伝えすべき事があります」
「な、何でしょうか」
「その……私も一緒に、魔王を倒す旅に」
「え?」
「先日、女神さまから私に、勇者に協力するようにと」
「君にも、神託が?」
「はい」
そう言って少女は勇者の手を両手で握り、続けた。
「どうか、お願い致します。その……勇者さまのためなら私、何だって」
そう言って、目を閉じる。
さあ!この流れですることなんて、一つよね!
ささ、どーんとやっちゃって!
いいえ、もっと先に進んだっていいのよ!
◇ ◇ ◇
「寿姉っ……え?あ……えーと」
とりあえず、頭を抱きかかえていた腕をスイッと伸ばし、そのまま離す。ストンと。
ゴン!
「あ痛っ!……司ちゃん、ひどい」
目を閉じて唇を突き出してきたままの状態で後頭部をしたたかに打ち、文句を言ってきたが、文句を言えるって事は無事って事だな。
「返事が出来るならさっさとしろ」
「ぶう」
不満げだし、その姿は満身創痍を通り越しているが、姿の割には元気そうだ。どうせだ、適当にフォローしておこう。
「心配したんだぞ?」
「え?」
「寿姉にもしもの事があったら」
「司ちゃん……」
「この辺、ゴミの分別結構細かかったっけ?不燃ゴミ……金属ゴミ?粗大ゴミは有料だっけ?」
「ひどっ!」
軽くからかったら面白いくらいの反応が返ってきた。手足が千切れてひどい格好だが、何て言うか、元気そう……一応聞いておくか。
「とりあえず、大丈夫なのか?」
「何をもって大丈夫なのかはわかんないけど、生きてるよ」
「みたいだな」
「よかった」
最悪の事態を避けられたのは良かったのだが、これはどうしたらいいんだろうか?初めてHPが減ったらしいので、そもそも回復するのかどうかがよくわからない。さらに言うなら、
「この手足、くっつくのか?」
「さあ?」
ちぎれた手足を集めてみたが、皮膚の感触は人間のそれと全く変わりないので、生々しさが半端ない。そして当然ながら、人間の外科的手術みたいに縫えば繋がるようにも見えない。
「とりあえず、このコード?を同じ色同士で繋いだらなんとかなる……のか?」
「多分、それでいいと思う」
「んーと、どうしようか」
半田付けでもすりゃいいのか?道具はアイテムボックスの中に売るほどあるけど、半田付けなんて中学の技術家庭科で少しやった程度だから……自衛隊の人たちならこういう機械の修理が出来る人がいるからそっちに相談かな。
ストーリーの途中で異世界に行くって、有名なジ○ンプマンガにあったじゃないですか




