(8)
◇ ◇ ◇
「ん……ん?ここ……は?」
目を開けると抜けるような青空。寝転んだ背中や広げた両手足には柔らかな草の感触。遠くからはチチチと鳥の声も聞こえる。
明らかに日本の東海地方を代表する政令指定都市とは思えないような場所にいると気づき、思わず寿は周囲を見回した。
どこかの丘の上だろうか?はるか遠くまで広がる草原、その向こうに見える森と、その頂に雪が見える山々。霞んでよく見えないほどの距離には街だろうか?よくわからないけど人工的なものがあるように見える。
「んー、日本ですらない、みたい?」
と、寿はある事に気づいた。
「体が……どういうこと?」
少々混乱しながら思い出す。えーと……そうだ。確か、斉藤ってのが襲ってきて、手足がちぎれたはずなのに、ちゃんとくっついてるし、動くねえ?
「藤咲寿さん」
「うひゃあ?!」
唐突に駆けられた声に思わず飛び退いて振り向くとそこには、ふわふわと漂う光る何か。
「驚かせてしまい申し訳ありません」
「えっとお」
「混乱されるのも仕方ないでしょう。きちんと事情を説明致しますので、聞いていただけますか?」
「あ、はい」
何だかよくわからない状況だけど、ちゃんと教えてくれるならきちんと聞こうと思わず正座する。
「あの、楽にしていただいていいんですよ?」
「あ、あははははは……大丈夫です。十分くらいなら!」
「そうですか」
「で、あのっ、ここは一体?何が起きてっ……えっと!そのっ!」
「順序立ててお話ししますね」
「はい、お願いします」
「まず最初に、寿さん、あなたは死にました」
「え……ええええええっ!」
「本当に申し訳ないのですが」
「そんなあ……」
思い残した事がたくさんあるのに。主に司絡みで。
「それでですね、実は、寿さんの死は私たちとしても想定外でして」
「え?」
「つまり、まだ死ぬべきでなかったのに、と言う事なんです」
「そんなっ!そ、それじゃあっ」
「ですが、既に寿さんの体は荼毘に付されてしまっていて、生き返るというのは難しいのです」
えーと……確か、機械の体になっていたはずなんだけど、それを荼毘にって?
「そこで、せめてものお詫びとして、こちらの世界に転生させる事になりました」
「転生?」
「はい。異世界転生です」
「異世界?」
「はい」
「異世界って言うと、その……つまり」
「ひと言で言えば剣と魔法のファンタジーです」
「いらない」
「はい?」
「元の世界に帰りたい」
「大変申し上げにくいのですが」
そういう返答も想定内だったのか、光る球が姿勢を正したかのように動き、トンデモないことを告げてきた。
「元の世界、地球では既に二百年が経過しております」
「へ?」
「二百年です」
「なんでそんなにっ!」
「その……体の再生に時間がかかりまして」
「体の?」
「ええ。まさか全身機械の人間がいるとは思いませんでして」
「それ、普通の生身にしちゃダメだったの?」
「悩んだのですが、元の体の方がいいだろうと」
余計なことをしたものだわ。
「で、体を再生するのに二百年かかってしまったと」
「はい」
「つまり、今から地球に送ってもらっても……二百年後、つまり二十三世紀」
「です」
どう考えても寿の知る者たちが生きている可能性は無い。色々とチートな力を得ている司と言えど、二百年も生きるなんて不可能だろう。
「二十三世紀……機械の体をもらいにアンドロメダに行く頃ね」
「アンドロメダ?」
「こっちの話よ」
「はあ」
「で、異世界……ね」
「はい」
改めて辺りを見回せば、周りの景色、どう見ても開発の進んだ地球と言うよりも、大自然!って感じで、はるか遠くにかすかに見える街もよくありがちな中世ヨーロッパ風。そして何となくの感覚だけど、体というか能力はそのままこっちに来ている感じ。つまり!
「と言うことは……うん、使える」
「え?」
「いいえ、こっちの話」
「はあ」
アイテムボックスが使えるようだし、その他……はあとで試してみるか。
「で、お詫びとして当然チート能力をもらえるのね!」
「身も蓋もない言い方ですけど、その通りです」
「来た来た来たああああっ!私の時代が来……ちょっと待って」
「はい」
「異世界に転生した……ってことはここは地球でも日本でもないのよね」
「はい」
「他にこっちに来た人は?」
「記憶を引き継いだままという方はいません。寿さんが初めての転生者となります」
ガクッと項垂れる。
異世界転生という単語でちょっとテンションが上がってしまったが、よく考えたらたった一人でここにいるという事だ。アイテムボックスの中身は無事なようなので、手始めにマヨネーズでも売ってみればいいのだろうか?
「えーと、続けてもいいでしょうか?」
「どぞ」
「ありきたりで申し訳ないのですが、実はこの世界、魔王が人類を滅ぼそうとしておりまして」
「そーですか」
「で、勇者を任命しまして、魔王討伐をしようとしているのですが」
「はいはい、そう言うパターンね」
「ただ、その……勇者の力でも恐らく足りないという事で、異世界から、というのもありまして」
「それが私だと」
「はい」
だから何だというのだ。見知らぬ世界でひとりぼっちというのがどれだけ不安をかき立てるか。というかそういうテンプレは食傷気味というか、自分の身に降りかかると面倒くささを感じるんだと実感する。
「えっとですね、その勇者というのが……」
「はあ」
「前世が地球人でして」
「へ?」
「寿さんに深く関わりのある」
「もしかして?」
「ええ、そうです。記憶はカケラも残っておりませんが、人格的な者は引き継いでおります」
「と言う事は?!と言う事は!!」
落ち込みかけた気分が一気に上がり、すくっと立ち上がると、両手を上に上げガッツポーズ。正解はコロンビアだ。
「合法的に!あんなことや!こんなことも!」
「ええ……」
「しかも!色々な事前情報がクリアされている状態と言うことは!」
「言うことは?」
「素敵な出会いからはじめられるって事じゃないの!」
ただの光の球なのにドン引きしたように見えるのは気のせいではないだろう。
「で?で?そのつk……じゃない、勇者サマはどこに?!あ、そうか!探知!藤咲司!」
ビシッと特に意味もなくポーズを決めたが、
「あれ?反応がない?」
探知は機能しているようなのだが、何も反応が無い。
「えーと……続き、いいですか?」
「……はい」
「その……転生に伴って名前も変わっておりますので」
「そうか!で、名前は?どこにいるの?!」
「おおおおお落ち着いてください」
実体のないはずの光の球が掴まれ、ブンブン振られるので、少し目が回ってしまったみたい。ごめんなさい。
「まずお伝えしておく事が。寿さんの体、各種能力は前世のものを引き継いでおります」
「はい!」
それは何となくわかっている。
「他にも各種能力というか……魔法を使えるようにしておきます」
「魔法!」
「ただ、才能だけ与えておりますので、実際に使うには誰かから魔法の使い方を習ってください」
「えー、面倒臭い」
「勇者様、実は魔法の上級者で「手取り足取り教えてもらうわ!」
光の球も寿の扱いがわかってきたようである。
「それと、勇者に関しての情報を記憶に送ってありますので、探知スキルで「勇者」を指定すればすぐに見つかります」
「良し!探「待てゴルァ!」
唐突に光の球からにゅっと腕が伸びて頭を鷲掴みにする。
「落ち着いて聞いてくださいね」
「は……はひ……」
相当な強度のはずの頭がミシミシ言うほどの握力にとりあえずおとなしく正座しなおす寿を確認したところで腕が引っ込んだ。
注意:章タイトルは変わっていない




