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「でもさ」
「ん?」
「なんでテントの中で試したの?」
「何が起こるかわからないから念のため、ね」
「もしかして、テントが光ってたのって?」
「うん、何となく光りそうだったから、テントの中でやったの!」
「光りそうだったって、なんだよそれ」
「何となくわかった、みたいな?」
曖昧すぎてよくわからんな。
「ま、これくらいしか手はないのかな」
「そうそう、そういうこと」
「俺が押す必要、無いよね?」
「うっ……まだ少し目眩が……」
「はあ……しょうがないか」
斉藤のスキルに対抗するための手段は……あくまでもスキルの予測に基づいたものだが、用意してある。だが、それをやるにはアイテムボックスの届く範囲に斉藤がいなければならない。そしてアイテムボックスの届く範囲に行くためには銃弾の中を進み、斉藤のスキルの射程距離とどちらが長いか、やや分の悪い賭けもしなければならない。
「二人とも、どうする?」
「奥澤さん。コイツを試して……行きます」
こうしている間にも斉藤は一歩ずつこちらに近づいて来ている。銃弾を撃ち尽くすのが先か、これ以上後退出来なくなるのが先か。多分後者だろう。
「わかった。銃撃はこのまま継続でいいんだな?」
「はい」
◇ ◇ ◇
何かをやろうとしているな?だが、無駄だ。
斉藤は「藤咲司が何をしたところで無駄」という自分の判断を全く疑っていない。実際、こうして並んだ自衛隊員が銃弾を雨あられのように浴びせているのに、斉藤に届いているのは銃撃の音と、斉藤の前で銃弾が破裂する音、そして風にながれて僅かに届いている硝煙程度。
あまり早く進むと、銃弾を弾ききれない可能性があるからゆっくり進んでいるが、この銃弾の雨の中を藤咲司がどうにか進んできたとしても、スキルの射程距離に入った時点で殺せる。
このスキルによる攻撃は、固い金属で覆ったりすれば防げるとか言う代物ではない。鑑定で見えた説明文は小難しい内容だったのでイマイチ理解できなかったが、キーワードをスマホで検索して出した結論は至ってシンプル。
「このスキルによる攻撃を防ぐのは科学的に不可能」
もしかしたら、どこかに弱点がある可能性はあるが、今まで使ってきた感覚で弱点と呼べそうなのはMP消費がほどほどに多くて連発しづらい事と、正確に狙わないと全く効果を及ぼすことなく空振りすると言うこと。
だが、それも先日の自衛隊員を消して手に入れたスキルで克服した。こうして銃弾を防ぐためにスキルを使い続けているが、MPの使用量と回復量がほぼ釣り合っていて、全く減らない。つまり際限なくスキルを使い続けられるという事だ。
そして、スキル自体のコントロールも最初に手に入れていたスキルにより克服し、銃弾という高速で動く小さな物体を狙えるようになった。
「さあ来い。俺の射程距離に入った瞬間がお前の最期だ」
どこからどう聞いても悪役の台詞だが、自分が正義の味方だとかいう事は微塵も考えていないし、実際ここでケリをつける……つまり、ここにいる七十余名全員を始末する方針は揺らいでいない。自衛隊の銃弾が尽きるのが先か、藤咲司が飛び出してくるのが先か。その程度の違いだろう。
◇ ◇ ◇
「むー」
斉藤を後ろからにらみ付け、これからどうするかを寿は考える。
偉い人たちの考えた斉藤のスキル予想によれば、寿でさえも近づいて無事でいられないとされていたが、それが現実になった。つまり、予想が当たっている可能性がグンと上がったという事だ。
そして、後ろから見るとよくわかる。斉藤の周囲五メートルほどの球形に展開されているスキル。あの範囲内に全身が入ったら寿はもちろん、司だって無事では済まないだろうし、実際ロクに動けない状態にされてしまった。
手足がちぎれ飛んだせいでまともに動けないが、動けなくても出来る事はある。肘まで残っている左腕を軽く振るうとガシャコンと音がして銃身が飛び出してくる。
「食らえ!」
「食らうかよ」
「なんでよ?!」
せっかく背後から奇襲したのに、こちらを見ることもなく銃弾がそらされた。
「むー」
「お前は後回し。と言ってもせいぜい数分だが……ん?」
硝煙が立ちこめていてあまり視線が通らないが、自衛隊員たちの後ろで何かが光った。
◇ ◇ ◇
「大変です!」
「どうした?」
「駐屯地へ向けて移動中だった奥澤隊が斉藤と交戦中です!」
「何?!」
世界各地で少しずつ動き始めた、日本人帰還作戦が順調に動き始めたのを確認していたところに飛び込んできた一報に、全員が一瞬言葉を失った。
「状況は?」
「現場は対応に必死なようで、詳細は今ひとつです。とにかく奇襲されたと」
「奇襲?!」
「確定ではありませんが、藤咲寿の探知などをかいくぐるスキルを有している可能性はもはや否定できないようです」
「それで、他には?」
「奇襲に対応した藤咲寿が戦闘続行不能と」
「何?!」
「生きているようですが、身動きできないそうです。現在、自動小銃にて攻撃中ですが、銃弾が弾かれていると」
「映像は?」
「そこまでの余裕は無いようで、無線も切れました」
どこかで斉藤による攻撃があるのではと予想はしていたが、これほど早いとはと全員が頭を抱える。藤咲司たちに頼り切りになるつもりは無いが、モンスターとの戦闘における大きな戦力である事は否定しない。
自衛隊を始めとする各国の軍事力は、モンスターに対して有効ではあるが、現状の武器弾薬生産能力ではあとひと月もしないうちに弾切れになる。
これが野生動物なら、生息地に核兵器でも落とせば根絶やしに出来るのだろうが、相手は何も無いところから突如発生するモンスター。核の放射能で死の大地にしたところで現れて増えていくだろう。
そうなると、単純に個人の戦力としてあの三人、特に藤咲司の他人のレベルアップを助ける能力はとても有用で、色々と協力をしてもらう方向で調整していたのだが、それが白紙になってしまうと、「人類がヤバイ」のである。
「全く、斉藤ってのは何を考えているんだ」
「お山の大将になりたいだけなんだろう……ったく」
どうしたものかと、考えようとしたところに続報が入ってきた。
「映像、なんとか入りました……繋ぎます」
「よし!」
プロジェクターの映像が切り替わり……ただの真っ白な映像になった。
「なんだこれは」
「硝煙で真っ白ですね……っと、下がっていくようです」
奥澤の肩口につけられたカメラは硝煙の向こうに見え隠れしている斉藤の姿を捉えており、時折左右に動いては隊員たちの様子を映している。
ちなみに音声は切られている。繋いでも銃声が鳴り響くだけだからだ。
「クソ……これだけ撃っていても奴には効かないのか」
「予想通り……いや、当たって欲しくはなかったのですが……全く、恐ろしいスキルだな」
この場に呼ばれていた、斉藤のスキル予想にも参加していた荒川がそう呟く。
「予想通り、か」
「ええ。藤咲寿が戦闘続行不能というのもね」
防ぎようのない能力と言う予想が当たった。
だが、その先の予想が当たれば、どうにかなる。
多分。
「ううむ……どうにかなると言っても、あの中に飛び込んでいくのはさすがに無理だろう」
「そうでしょうねえ」
他人事のように呟くが、こればかりは仕方ない。藤咲司が相当なレベルアップをしており、超人的な身体能力を得ているとの連絡は受けているが、それでもやはり怪我をする時はするとも聞いている。
あんな銃弾の嵐の中へ飛び込めなどとは言えない。
「しかし、どうにかできそう、と言う話をしているようです」
「なんだと?」
◇ ◇ ◇
「さてと……仕方ない、やるか」
ステッキを受け取り、そのままスイッチを押す。
「何も起こらないんだが」
「司くん!ダメよ!そんな押し方じゃ!」
「え?」
もしかして、○回連打して、とか手順があるのか?




