(2)
◇ ◇ ◇
殺る気十分の相手がどこかで待ち伏せているかも知れない。だから裏をかくと言うほどではないが、ルートを大きく変えた。
ある程度「これで大丈夫だろう」と思う一方で、「それでも安心できるとは言い切れない」とも考え、油断はしていなかった。
人間の目は二つしか無く、基本的に正面方向にしか注意を向けられないが、七十人もいればかなり広範囲をカバーできる。そして、寿の探知による警戒も忘れないし、注意警戒を長時間続けると疲労から見落としてしまう事も考えられるため、警戒する者は交代制にしたし、こまめに休憩も入れるようにして充分すぎるほどに警戒して進む。
「今のところ、ドローンにも怪しい様子は無し」
「しかし、完全に隠れたりするスキルがあるようだし、油断はするなよ」
休憩のたびに気を引き締める一言。だが、誰も不平を言わない。こちらから攻撃を仕掛けるなら色々とやりようがあるだろうが、向こうから襲ってくるとしたら、非常に危険だ。
「そこ、ビルに近づきすぎだ」
「スマン」
物陰に潜んでいないか警戒するあまり、ビルに近づきすぎてしまうこともある。想定する相手のスキル有効範囲は五メートル。ビルの中に潜んでいたら、近づいただけで殺されることもあり得ると、距離をとり続けながら進む。
「右側、よし」
「左、問題なし」
蒸し暑さと緊張が体力をどんどん奪っていくが、休憩のたびに冷たい物を口にして気力を振り絞りながら進んでいく。
◇ ◇ ◇
「この辺か?」
「ああ、慎重にな」
「……このくらいでどうだ?」
「いいだろ。じゃ、これを詰めて」
藤咲司たちが通過すると思しき道路に面したビルの一室で、斉藤と中井が作業を続ける。当初、斉藤は「いきなり襲えばいいだろ」と言っていたが、さすがに無理がありすぎると説得し、どうにか知恵を振り絞って考えた作戦の準備中。とにかく時間も手間もかかるが、無策で飛び出すよりマシなはず。
「こっちのビルは終わりだな。次は反対側か」
「そうだな。あの二階くらいがちょうどいいか?」
ビルを出ながら、トランシーバーに話しかける。
「落合、道を渡るから撃つなよ」
「はーい」
念には念を入れようと言うことで、狙撃の練習をすると言い出したが、音が響くとマズいのでどこかのビルの中でやっているはず。と言っても、下手に跳弾なんてしたら危ないので、気をつけるように告げて反対側のビルへ向かう。
「大丈夫か?」
「え?」
「この作戦、お前のMPもキツそうだが」
「なんとか行ける。そういう斉藤は?」
「俺は色々いい感じになってきたからな」
「そうか」
本当は藤咲司たちを襲撃、つまり殺すなんて事はしたくないと思っていたが、斉藤と話しているうちに「それも有りかもな」と思うようになっていた。理由はランキングだ。
七十人の自衛隊員たちが一気に上がった結果、自衛隊員たちと三人が死ねば、斉藤のランキングはおそらく三位か四位。中井と落合も五十位以内に入れそうになっている。ランキング上位の特典は運要素が強いが、いい物が手に入る可能性があるのは魅力的だ。
「よーし、この部屋の……あの柱か?」
「そうだな。あと、あれとあれも」
作戦の成功、すなわち仕掛けをしたビルとビルの間を通ることを祈りつつ、作業を進めていった。
◇ ◇ ◇
「周り、何もいないね」
「そうだな」
昼頃まではまだ処理していない拠点もあったためにモンスターを見かけた――もちろん倒して回った――が、二時を過ぎた頃から全くモンスターを見なくなった。
「この辺、俺たちは回ってないよな」
「俺たちもこの辺りには来ていない」
「つまり、誰かがボスモンスターを倒して回った後?」
「根拠は無いがあの三人の可能性があるな」
奥澤が警戒レベルを上げることを宣言する。
「五班、六班、先行。トラックを最後尾に、九班と十班はそれぞれトラックの周囲へ」
号令と同時に隊列が組み変わり、全員の表情が硬くなる。
「私、上から見て回った方がいい?」
「いや、やめておこう」
「寿姉、離れすぎるといざというときに困るかもしれない」
「わかったよ」
ビルの中に潜んでいた場合、空を飛び回っても見つけるのは難しいし、遠距離からの狙撃をしてくるとしたら、寿が近くにいた方が防御しやすいだろう。
「よし進むぞ」
◇ ◇ ◇
「もう少し……よし、範囲内。行くぞ五秒前、四、三、二、一……点火」
中井が手にしたライターの火を導火線に近づけると、シュッと言う音と共に燃え上がり、すぐに穴の中へ吸い込まれ……爆発した。
何カ所も。同時に。爆風に中井を巻き込んで。
あらかじめ斉藤のスキルでビルの柱に穴を開け、花火の火薬をキロ単位でほぐしたりガソリンに漬け込んだりしたのを詰めて、同じく火薬をまぶした紙で作った導火線を伸ばす。
それなりの威力の爆発と言えど、一カ所だけでは少しヒビが入る程度。だが、何カ所も同時に爆発させたらさすがに耐えきれず、ビルは倒壊する。
ちょうどその前を通る七十余名の真上に。
そして、そんなビルが一つだけなら逃げる事も出来るだろうが、前後百メートルにわたっていくつものビルが倒壊していったら、そうそう簡単に逃げる事は出来ない。
爆薬を仕掛けていたビルが狙い通りに轟音をあげて倒れていくのを見ながら中井は「分身」スキルを解除する。
自分そっくりの分身を作り、動かす事も出来るという便利なスキルだが、残念な事に分身を動かそうとすると意識をそちらに向けなければならず、同時に動かせるのは一体だけで、他の分身は棒立ちのまま。もちろん分身を動かしている間は中井自身も動けないという、忍者マンガの分身の術のような使い方は出来ない、少し残念なスキルである。
だが、ライターの火を導火線につけるくらいの動作ならホンの一、二秒。導火線の長さを調整して、動かす分身を次々切り替えていけば、全体が同時に爆発するように出来る。幸いなことにMP消費がそれほど多くなかったこともあって、火薬を設置した場所全てに分身を配置出来た。そして、分身は爆発に巻き込まれたとしても本人にはなんの影響も無い。
何より、分身を作る前に隠蔽スキルを発動させておくと、分身にも隠蔽スキルが発動し、分身自身はもちろん、分身の近くにいる斉藤と落合を探知スキルから隠す事ができる。
使いどころを選べば実に優秀なスキルだ。
「さて藤咲司、どうする?」
斉藤が離れた位置から双眼鏡で確認する。ランキング一位と言ってもそれはモンスターを倒した結果上がったレベルのランキングであって、倒壊するビルをどうにか出来るとは思えない。
「さすがにこれは……え?」
◇ ◇ ◇
「クソッ!待避……は無理か!」
安全そうに見える場所までの距離が長い。
レベルが上がり、身体能力が向上したと言っても、道の両側のビルの倒壊から逃げるには距離が長い。
「諦めないわ!」
「そうよ!」
「とりゃああ!」
「土魔法……壁生成!」
奥澤たちが死を覚悟している横で女性陣が奮起する。
寿が真上に降ってくる大きな塊を殴り、砕いて遠くへ飛ばす。数も量も多く、とても処理しきれないが、直撃しそうな大きなものに限れば何とかなりそうだ。そして成海の魔法が地面から両サイドに壁を作り、天井を作り、簡易的なトンネルを形成する。これなら行ける。




