(9)
「んー、でもよく頑張った!司ちゃんは良いこ!」
「あ、うん……あの、ちょっと?あの?」
なぜか寿が抱きついて離してくれない。力の差は圧倒的でどうやっても引き剥がせるものではなく、されるがまま。だが、そんなに感極まるほどの物ではないハズなんだけど……ん?成海がなぜか、サムズアップに良い笑顔。
「ん?」
「よし」
「え?」
「さっきの戦闘動画、クラウドストレージに保管したわ!」
「確保!確保ォ!」
「「「「ヨシ!」」」」
クラウドストレージに保管されてしまったと言うことは消すのがとても困難になったと言うこと。慌てて成海に飛びついてスマホを取り上げたのだが、意外にも抵抗すること無く素直にスマホを差し出してきた。
「くそっ……ここをこうして……」
「司ちゃん」
「ん?」
「他の人と共有するエリアに入れたから」
「な゛っ……」
既に隊員たちが共有したファイルを拡散させており、全ての回収、削除はとても間に合わない状況となっていた。
「ほら見て、よく撮れてるでしょ」
そうだね。これが自分でなかったらどれだけよかったか。
見た目は姉と瓜二つだが、実際には自分自身というのは、痛々しいというか何というか……黒歴史と言って良さそうだな。うん、あの黒歴史ノートに出てきそうだ。
「はあ」
「ほら、元気出して」
「そうよ!カッコよかったんだからいいじゃない!」
そう言う問題……だな、と諦める事にした。どうせこんな社会情勢だ。動画を保管したクラウドもそのうち止まるだろうし、スマホだっていつまで使えるか。日本政府が必死に元の生活を取り戻せるように努力しているのは知っているが、それはそれ、これはこれだ。
「ん?そろそろ時間切れだな」
視界の隅の残り時間表示が一分を切った。
「えー、残念」
「こういうコスプレ衣装ってありませんでした?」
「あ、あるかも。司ちゃん、着る?」
おい馬鹿やめろ。
止めに入ると逆効果にもなりかねないなと思っているうちに残り時間がゼロになり、身につけていた物が光り輝き、元の服装に戻った。
「戻るのは結構シンプルなのね」
「そうだな」
まあ、変身シーンってそういう物だよな。元に戻るシーンを描いたアニメってあんまり記憶にないし。そして、こっそり感触を確認。よし、はいているな。
「ああ……何てことだ」
「落ち着け、明日になれば」
「そう……だな」
えーと、明日はどうなってると思ってるんだろうか。怖いから聞けない。
「それはそれでヨシ!」
「ギャップって奴だよな!」
あっちはあっちで近づかない方がいいのかな。
「んー、やっぱりちゃんと着替えた方がいいと思うのよ」
「そうよね……私の見た目でその服装はダメだと思う」
あっちはもっとダメだな。聞こえないことにしよう。
「ええ、はい、わかりました」
奥澤が無線を終えると、隊員たちに新たな指示を出し始めた。
「奥澤さん、どうでした?」
「今からこっちに来るそうだ。大丈夫だと思うが、門からここまでの警戒に入ろう」
ボスを倒して現れた拠点コアはそのままにしてある。それなりの広さを確保できる可能性が高いので、政府の方針に則ってある程度の権限を持った者に管理させる事になっており、こちらに来るのを待つ。
「問題は、ここもボスが複数と言う可能性だな」
「ありそうですよね」
他の拠点で起こったケースではコアに触れて獲得したと同時に新たなボスが出現するというのが大半。恐らくここもそうだろう。
「アレよりも強いボスモンスターになる可能性もありますね」
「そうだな」
第六天魔王の次は、天下太平の礎を作った将軍か?
「将軍自身はそれほどでもなかったとも言われているが……」
「人心掌握とかそっち方面に長けていたらしいですね」
「だが……だからこそ油断は禁物だ」
「天下分け目の決戦で勝利を収め、名実ともに天下人になったような人物がモチーフのボスモンスターか」
「でもさ、司ちゃん」
「ん?」
「タヌキじゃない?」
「それな」
◇ ◇ ◇
「何だかよくわからないが、ボスを倒したようだな」
「あのピカピカ光るのは何だったんだ?」
「わからん」
「もしかして、藤崎司のスキル?」
「七月一日のガチャでボス特効のスキルを手に入れた、とかか?」
あり得そうだなと斉藤は考える。
「で、どうするんだ?」
「城には興味は無いぞ」
「それは知ってる」
今のタイミングで天守閣に乗り込み、コアを獲得するつもりはない。第一、警戒に当たっている自衛隊員の数が多い。斉藤の拠点範囲外だし、殺してまわるにしても人数が多すぎる。
一カ所にまとまっているならまとめて始末という事も出来るが、ある程度の距離を保っているとそうも行かないし、四方八方から攻撃されたらさすがに防ぎきれない。
自身の能力は一対一ではほぼ無敵だが、標的が複数、それもあちこちに分散していると対処しきれない程度の能力だという事を理解しているから、今は手を出すタイミングではないと自身に言い聞かせる。
「チャンスはある。しばらく様子見だ」
◇ ◇ ◇
「お、来たようだな」
門の手前辺りまでは車も入れるのでそのまま。そこから歩きだが、天守閣のエレベーターが一応生きているので、階段を上る不平不満は言わないだろう。
「例の斉藤たちは?」
「うーん、私の探知に引っかからないのよね」
「やっぱり隠れる系スキルか」
「うん」
名前も顔も確認したのに見つからないという事は探知をかいくぐるスキル持ちがあの三人の中にいるのは確定だろう。だが、幸いな事に広い道路が多く、こちらが押さえている拠点範囲をうまく使って移動すれば安全に駐屯地から安全に移動できる。
「とは言え、気を抜くなよ。いきなり人間を消すようなスキルもあるみたいだからな」
探知スキルで隠れるとしても、科学の結晶、レーダーはどうだろうか?
あるいは赤外線探知は?
日本政府が把握できる中に隠れる系のスキルを持った者がいないため、はっきりした事が言えないが、乱反射などを始めとする迷彩で目視から逃れ、レーダーステルス的な能力があったとしても、超音波や熱源探知は有効かも知れない。やれる事は全部やる。そう言う方針で行くしかない。
「間もなく知事が到着です」
「了解」
どうやらここのコアは県知事に獲得させるつもりらしい。
隊員たちが窓という窓から銃口をのぞかせ、コアの周辺にも並んで立って警戒態勢が整ったところでエレベーターのドアが開いた。
「フン、全く面倒なものだな。こんなところまで来なければならないとは」
ブツブツ言いながら知事が秘書他数名を連れてコアのそばまで。
「銃を下ろせ!ここは日本だぞ?!貴様らのような暴力装置が大手を振って歩いていい国じゃないんだ!」
言われた隊員たちが奥澤に視線を送る。そりゃそうだ。知事がどれだけ偉いかはともかくとして、現在は非常時。それも人間を平気で殺すようなモンスターがいつ出てきてもおかしくない非常時に、そんな事を言われて「ハイわかりました」とはならない。
「知事、申し訳ありませんが、いつモンスターが出てきてもおかしくない状況ですので」
「ここのボスとか言うのは倒したんだろ?なら安全じゃないのか?」
「それは」
「口答えするな!殴るしか能の無い連中が」
司が頭をなでてなだめていなかったら寿がそのまま首から上を蹴り飛ばしていたのは間違いない空気である。
本作はフィクションですので、都道府県知事、市町村長がクズのように描かれていたとしても実際の人物との関連は一切ありません。
と言うか、実際の県知事がどんな方か、作者は知りません。




