(7)
ちょっと長め。
予想通りの展開……のハズ。
「何だこりゃあああ!」
半ば事故のように「OK」を押された結果、司の足元にいかにもな感じの魔法陣っぽいものが現れ、回転しながら光を放ち、司の全身がその光に隠れて見えなくなったのだが、司自身はその周囲がまるで虹のようにきらめいている空間に浮いていた。
「これ……変身シーンじゃねえか!」
司の抗議(?)に耳を貸す者がいるはずもなく、身につけていた物が光を放ち、その形を変えていく。時折聞こえる、シャランとかキュピンという音で、司は腹をくくることに決めた。そういうことか、と。誰が見ているわけでもないのにどういうわけかクルリと回転しながら音が出る度に手足が勝手にポーズを取り、そのたびに各部のパーツが装着されていく。
「もうやめて……俺のライフはゼロだぞ……」
とりあえず一旦全裸になるパターンでなくて良かったと思ってる時点で手遅れかな。
そして、もうどうにでもなれ、と思った頃、光が消えていき……謎のポーズを決めたまま地面に降り立った。
「「「「おおおおおおおっ!」」」」」
歓声が上がった。
「すごい!すごいよ司ちゃん!」
「かわいい!持って帰りたい!」
「ダメよ成海!持って帰って独り占めなんて許さないわ!」
何やらおかしな会話の向こう側。
「来た来た来た!」
「俺たちの時代が来たぞ!」
「待ってたぜ!」
別の方角。
「なあ、どう思う?」
「有りか無しで言えば……」
「有り、だろ!」
「だよなあ!」
「外見と中身のギャップ!」
「男の娘……ではないが……」
「細かいことを気にするな」
「そうだな!」
さらに反対側。
「俺たちは……くっ!」
「信じろ!俺たちの成美ちゃんを信じるんだ!」
「おう!」
「だが……今は……今だけは……」
「ああ。この歓喜に身を委ねよう!」
色々な反応に司の心が折れそうになる一方で、全員の心は一つにまとまった。
「つーかーさ!つーかーさ!、ハイ!」
「「「つーかーさ!つーかーさ!」」」
「いいぞー!司ちゃーん!」
「可愛いぞ!」
「お持ち帰りした……いや、お持ち帰りされてもいい!」
「ひゃっほう!」
ここまでの間、全員があの城にいるボスモンスターを倒すという目標に向けて進んでいた。だが、それぞれが思い描くものには多少なりともズレがあったのだが、今この瞬間、全員の心が一つになった。約一名の心をゴリゴリと削りながら。
「穴があったら入りたい……」
決めポーズの状態からピクリとも動かずに涙しながら悟りを開く。
とりあえずもうコレは諦めよう、開き直ろうと決めてどうにか姿勢を戻し、黒い靄の方を向く。でも、顔は上を向いたまま。視界の隅に五十九分の表示があるのは、残り時間だろうな。涙でにじんでよく見えないけど。
奥澤も含めて盛り上がっているのを視界の隅に入れ、とりあえず浄化を使ってみることにする。当初の目的だし。
きっと何か起きるからな。酷い事が。
「浄化……ん?なんだこれ?」
目の前にボタンが二つ現れた。
「単体浄化、範囲浄化……ま、読んで字の如くだな」
多分コレであってるはずだと「範囲浄化」を押すと、今度は周囲のマップが表示された。あまり遠くまで表示されていないし、触ってもスクロールしたりしないと言うことはこれが範囲浄化の有効距離なのだろう。
「えーと、この辺を選んで……おお」
選んだ箇所を中心に操作する動きに合わせて円が広がる。その横に出ている数字は消費MPか?かなり広げても五とかだから気にする必要は無いな。
「とりあえずこの辺を浄化……うわああっ!」
選び終えた瞬間、服が勝手に動き手足の動きをコントロールしていく。ツイと目標地点を指さす動きの後に、片足つま先でクルリと回り、そのままの流れで片膝立ちになると同時に両手が祈りを捧げる形に。
「おおおおおお!」
「すっげ!すっげえぞ!」
そして、組んだ両手が額に触れる程に近づくと同時に全身が淡く輝き、その輝きがそのまま指定した範囲へ向けて流れていく。そして、その光はそのまま黒い靄に吸い込まれ、一瞬だけブワッと広がると、靄が消えた。
「やったああああ!」
「すごい!すごいよ司ちゃん!」
「ひゃっほう!司ちゃんマジ天使!」
「ばっか、天使じゃなくて聖じ……スマン、天使だったわ」
「いいぞ!俺たちの司ちゃん!」
どうしよう……姿勢を戻して立つ勇気が湧いてこない。
いっそこのまま殺してくれと、ホンの少しだけ思ったとか思わなかったとか。
「つーかーさ!つーかーさ!、ハイ!」
「「「つーかーさ!つーかーさ!」」」
プルプルと震えながらどうにか立ち上がるが、顔を上げる勇気が出ない。誰か助けてくれと思ったら後ろから奥澤が声をかけてきた。
「あー、その……何だ。浄化、行けそうだな」
「はい」
まともそうなことを言っているが、先ほどの司コールを仕掛けたのは奥澤であることに司は気付いている。この人、とんでもない人だ。
「司ちゃん、今の浄化、MPとかどんな感じ?」
「んーと、今のでMP消費3」
「え?マジで?」
「うん」
「嘘でしょ?!」
「すっごい!」
どうやら靄と一緒にその中に紛れていたアンデッドモンスターも全部消し飛んだらしいので、すさまじい威力と言うより他ない。
「ま、死とか闇とかそういうのの特効っぽい見た目だし」
「司ちゃん、それだけじゃないわ」
「え?」
寿がガシッと両肩を掴み、真剣な眼差しで告げた。
「司ちゃんだからよ!」
「意味がわからん!だけど何か言いたいことがわかるのがイヤ!」
寿が両手を腰に当てて「ふっふっふ……やっぱり司ちゃんは最高ね!」と言いながらスマホを向けているのをどうにか妨害出来ないかと考えながら、どうしてこの状況でMPが減らないのだろうかと、ステータスの理不尽さに嘆くしかなかった。心はズタズタになっているのに。
「いいんだ……皆の役に立てるならこのくらい」
その献身的な精神はその格好故に身に宿したものだろうか?
「それにしてもすごいわね」
「うん……ホントにそう思う」
天守閣へ向けて歩みを進めながら、時折立ち止まって靄に向けて浄化を使う。そのたびに祈るポーズを取らされる以外に特に問題になることはなく、至って順調。とりあえずコレが終わったら成海のスマホを取り上げて、さっきからずっとシャッターを切り続けている結果を削除しないとな。
「司ちゃーん、こっちは大丈夫だよ!」
「あいよ」
浄化を使うとアンデッドモンスターもあっさり消えるのだが、それ以外のモンスターがいる可能性もあるため寿は先行して上空から索敵。物陰に隠れているようなモンスターがいたら上空から爆撃を仕掛けるつもりだったが、そういったモンスターもおらず、極めて順調。そして天守閣が見えないほどに濃密だった靄もほとんど晴れてしまった。
「多分アレ、一回使うと次に使うまでに時間が必要とかそういう制限があるのかもね」
「だとしたら、このまま行っちゃった方がいいのかな?」
「うーん、そうだな……あとどの位、その格好でいられる?」
「えっと……四十分くらいですね」
開き直ろう、諦めよう。これが元の男の姿だったらダメージは大きい。あの日手に入れた謎たっぷりなユニークスキルはきっとこのためにあったのだと自分に言い聞かせつつ、一つの事実に気付いた。
このままあのボスを倒せば、もうこのスキルを使わなくてすむ。
これが明日以降に延期になるというのなら、何が何でも明日は城に来ないようにする。そのためなら実力行使も辞さない覚悟だ。
「よし……各班、状況報告!」
「一班、問題なし」
「二班、ヤル気十分です!」
……何をどうヤル気なんだろうか?とは聞かないでおこう。怖いから。
天守閣の麓まで来ると、寿も降りてきていた。何でも、見えない壁のようなものがあって進めないらしい。
「つまり、中を通って登って来いってことか」
「これって……各階にモンスターが待ち構えていて、「ここを通りたかったら俺を倒していけ」みたいなパターンかな?」
「面倒くせえ」
奥澤がここに残る班と登っていく班に分けて指示を出している横を進み、入り口近くまで。
「改めて見ると司ちゃん、この衣装、すごいね」
「そうだな」
頭は白いヴェールに黒いヴェールを重ねたウィンプルと呼ばれるような形で、そのまま首回りまで覆い、肩からはスカプラリオと呼ばれる布で前後が膝のあたりまで。長袖に長いスカートは体の線が目立たない程度に緩やかになっており、スカートのスリットは深いものの、あわせが大きいので、前後開脚でもしないかぎり足が見えることはない。そして靴は踝より少し上まである革のブーツ。全体的に質素ではあるが品良くまとまっており、落ち着きのある雰囲気に仕上がっている。
「生地も本格的ね」
「うん。サラサラだけどツルツルじゃなくて、こう……何て言うのかな」
「わかる」
「でしょ?」
そんな会話を聞き流しながら、司は天守閣を見上げる。
やっぱエレベーターってわけには行かないんだよな……階段で行くんだよな。
今から憂鬱だ。
別に階段を登るのが大変というわけではない。体力的には世界トップクラスになった自覚があり、それこそ東京のタワーを階段だけで何往復したって疲れないと言うくらいにスタミナがある気がする。そう、問題はそこでは無いのだ。
「下から見えたりしないよな?」
「え?何か言った?」
「いや、別に何も」
「そう?」
言えないよな。
はいてない、なんて。




