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◇ ◇ ◇
「オーライ、オーライ……着地ヨシ」
「ローター停止、ヨシ」
ベースに残ったのは二班二十名。交代で周囲の警戒をしながら、城へ向かった者達が残ってきたときのための食事の用意などをしつつ、駐屯地から飛んできたドローンを出迎えたりしている。
「ドローン到着しました。サンプルを収納します」
ドローンに括り付けるのは、昨日のビル崩壊後に見つかった不思議な状態になっている銃弾四発。「金アマルガム」と鑑定出来ているが、それ以上のことはキチンとした測定装置などを使って調べようと言うことでドローンで駐屯地まで送り、そこから調査機関へ送る手筈となっている。
「取り付け完了しました。ドローン離陸して下さい」
無線からの了解の応答後数秒でドローンが飛び立ち、あっという間に点にしか見えない高さまで上昇、そのまま駐屯地方向へ飛び去った。
「何かわかるといいんですけどね」
「こんな状態でも色んな検査機械が動かせるって、日本はすげえよな」
誰に言うともなく呟かれた声に皆が頷いていた。
◇ ◇ ◇
「総理、これが邦人帰国計画の進捗となります」
「フム……こちらの準備は順調、と。どの位の人数が集まりそうだ?」
「こちらになります」
カチリ、とマウスのクリック音がすると、細かい表が表示される。
「詳細は省きますが、ざっと五万人ほどになります」
「そんなに行けるか?」
「数カ所、人数が非常に多いところがありまして、調整が必要ですが、なんとか」
思ったよりも大勢生き残っていたことにホッとすると同時に、一度に飛行機に乗れる人数には上限があり、飛行機の組み替えなどで苦労しているところだ。
六月の中旬頃から、どうにか海外にいる日本人を帰国させられないかと、アレコレ考えたところに、先日の大騒ぎで微妙に加盟国間で情報共有、連携を取ることが決まった国連と協力し、各国がそれぞれの国民を帰国させる動きが始まっていた。
もちろん、政府機関に相当する機能が喪失している国ではそうした動きがない。一部で、日本のような先進国はもっと他国のために動くべきだという意見が出ていることは承知しているが、日本はそもそも資源輸入国の上、食糧自給率も低い国。自国民をどうにか帰国させ、養うのが精一杯で、近隣諸国の面倒までは見切れない。
EUのように国家同士が陸続きの場合は、徒歩で移動出来るため、どこぞの国で食糧供給があるという噂が流れると一斉に難民のように移動しているらしい。日本政府は表向きは「日本国民の保護で手一杯なので」という姿勢を貫いているが、実際には海に囲まれた立地は実にありがたいとホッとしているところだ。
「一応こちら……」
「読む必要は無い。断れ」
「はい」
ヨーロッパにある某国大使館から日本へ届いたのは、邦人帰国計画に便乗させて欲しいという要望だった。確かにその国から出る時点では飛行機に空きはあるが、日本に来るまでにいくつかの国を経由して一杯になる予定。何十人どころか芋づる式に何百人になりそうな他国民まで連れて行けない。
「隣の国に対する愛はないのかとか、言ってるようですが」
「無いな」
隣国というのは、国家間の仲がそれほど良くないから国境線を引いて国を分けているのだ。本当に仲の良い国家同士なら、一つの国になっているはずなのである。
「と言うことで、日本人のフリをしている外国人の排除は?」
「一応順調です」
ネットも電話も今ひとつとなった状況下で、どうやって日本人を帰国させるかというのはかなりの難問だったのだが、いっそのこと空からビラをまいて知らせるくらいでいいのでは?となって、その通りに各地で実行された。
外務省が必死にデータをかき集め、旅行や仕事などによる短期滞在先を洗い出し、どこへビラをまくか、どんな内容にするかを考えて。
そしてこれがばらまかれたビラの例である。
ロンドン滞在中の日本人の皆様へ。来る七月七日、七夕の正午、ヒースロー空港へ日本政府の手配した飛行機が到着します。帰国を希望される方は時間までに空港へお越し下さい。
ばらまいた地域によって日時や空港名は違うが、基本的に同じ内容だ。
「ポイントはふりがな、だな」
「意外な盲点です」
日本語というのは海外でも比較的人気の言語で、日本語話者はもちろん、読み書きの出来る者は珍しくない。ばらまいたビラに書いた程度の漢字かな交じり文くらいは読めるだろう。だが、そこに書かれた漢字に全てふりがなを振った。しかも日付のところは「七日」なら「なのか」だし、「八日」なら「ようか」。オマケに七月七日には「七夕」なんて一言を添えている。
ふりがなのことを「ルビ」と言うが、これは語源をたどると「ルビー」で、イギリスで使われていた活字サイズに由来する。だが、ただ単に字のサイズに由来するだけで、ふりがなという文化は日本語にしかないとも言われている。そこに政府は目をつけた。
「漢字は読めても、ふりがな付きになったら意味不明な文字に見えるんじゃね?」
フォントを選別し、漢字とふりがなで一つの文字に勘違いしそうなレベルで調整。そして、ふりがなの意味を何となく理解したとしても、日本人の日常会話レベルで使われる……日本語初心者が戸惑いがちな表記をポンポン書いてある文章を、スラスラ読んで理解できるだろうか、と。
「あとは背景に色々と印字」
日本人の振りをする輩を排除するべく、日本地図を印字。「日本海」はそのままだが「太平洋」を「大平洋」とあえて記載して右下に「間違い探しをしよう」とよくわからない遊び心を添え、一番下には帰国のための航空機の運用などを行うとして陸自、海自、空自のそれぞれの旗を描いた。
「これ見て発狂する連中は乗せるなよ」
「当然です」
日本政府が責任持てるのは日本人までだ。
「あとこちらが……」
「うーむ」
いくつかの国から届いている質問状。中身は見ずともわかる。
「ランキング上位がほぼ日本人で埋まりましたからね」
「問い合わせたくなる気持ちはわからんでもないな」
トップの藤咲司を始めとする三人はもとより、そのあとに続く七十名の自衛隊員たち。キラキラした名前の者がチラホラいるとは言え、姓は純和風で、ひと目で日本人とわかる。いきなりコレだけの人数が急上昇し、レベルアップの勢いが止まらないというのは、どう見ても不自然。疑問に思うのも無理はない。
「詳細、公開出来ると思うか?」
「公開したとしても信じてもらえるとは到底」
「詳細確認中として、ある程度落ち着いたら、と言う方針でいいだろ」
「ではそのように」
そこへ別の者が入ってきてプロジェクターに資料を出した。
「コレが、昨日連絡のあった三名です」
「ふむ」
何をどうやったかわからないが、鉄筋コンクリートのビルを崩壊させた謎の能力を持つ者たち。名前がわかれば調査は容易。同姓同名の該当者も多かったが、年齢住所の近い者という条件で絞れば特定出来る。
「住所は関東か」
「高校卒業後は特に職に就くこともなく、ブラブラと」
「それなりに素行が悪いらしく、何度か警察の世話になっているようですが」
「素行が悪い?」
「良くある話で、夜中に似たような連中と大乱闘。ですが、逮捕起訴には至っていないようです」
「いわゆる、街のチンピラたちか」
「はい。それ以上の情報は特にありません」
とりあえず資料にまとめて送ることにするが、「高卒無職の素行不良グループ」という情報は何の役にも立たないだろうなと、誰もが思っていた。
「で、次が……銃弾がおかしな事になっていた件ですが」
「あれか」
「サンプル回収完了。駐屯地から輸送中です」
「調査はどの位かかりそうだ?」
「夕方までには速報が出るかと」
さて、どのような結果が出るだろうか。
そして藤咲司たちはあの城のボスモンスターをどうやって倒してみせるだろうか。




