(3)
一秒経過。表情が凍り付いた。
二秒経過。目をゴシゴシこすってもう一度こちらを見た。
三秒経過。ハイライトの消えた瞳で左右を見渡した。
そして……表情が一変し、大絶叫と言えるほどの悲鳴を上げた。
「いやあああああ!」
慌ててしゃがんで、水の中へ戻ろうとし始めた。
「なんで!なんで入れないの?!」
泣きながらわめいているところを、頭をわしっと掴んで引き留める。
「離して!離してよ!」
「顔を見るなり帰ろうとするなよ!」
「だって!また無理難題言うんだもん!絶対言うもん!」
「またとか絶対とか……呼び出したのこれが二回目じゃねえか」
彼女的には前回がひどすぎたと言うことなのだろうか?
必死に水をかいて潜ろうとするのだが、ある程度以上は水の中に腕が入っていかない。どうやらお努めを果たすまでは帰れない規則らしく、諦めたようにペタンと座り込んだ。沈まない水面というのはなんだか不思議に見えるな。
「うう……いやだよお」
「うわ、何か俺たちが悪者っぽい」
「だって!あのあとすっごく叱られたんだよ!」
「誰に?」
「私の上司よ!」
上司って……池の精とか湖の精とか?
「上司が誰か知らんけど、何で叱られたんだ?」
「わかんないわよ!」
「わかんないのかよ!」
叱られた理由もわからないというのは理不尽だな。と言うか、それパワハラとか言う奴じゃ無いのか?
「いや、叱られるにはそれなりに理由があるだろ?」
「そうだけど……ちゃんと聞いてないし」
「聞けよ!」
何となく、叱られているところで必死に頭を下げて、頭の上を通り過ぎていくのを待っているだけの様子が目に浮かぶ。コイツ、とんでもないポンコツか。
そして、これだけ騒いでいれば、出来るだけ作戦行動中以外は三人を好きにさせておく方針の自衛隊員たちも何事かと集まってくる。
「えーと……何があった?」
「ああ、えーと……泉の精チケットが出まして。それを使った結果がこれです」
「うん。全然意味がわからないからね」
一応、泉の精から伝説のバットをもらった話はしてあるから、話は通じているようだが、目の前の状況に理解が追いついていないようだ。大丈夫。俺も何が何だかさっぱりですからと補足しながら、前回上司に叱られて云々の話を司が付け加える。
「うーん……なんて言うか、泉の精の世界も世知辛いんだな」
「世知辛いのひと言で済ませます?」
「しかし、そうとしか言えないしな」
寿が泉に何を放り込んだかと言うのも気になるが、このまま泉の精を放置するのもマズいだろう。
そもそもチケットに使用期限があると言うことは、放っておいたら二十四時間後に泉が消えるのだろうか?そのとき泉の精も消える?もしも残ったら?うん、放置したらダメな奴だなと奥澤は判断し、大人の対応を試みることにした。
「えーと、泉の精さんとお呼びすればいいのかな?」
「あ、はい。それで大丈夫です」
よし、話は出来そうだな。
「私は奥澤と言って、今のところ彼……えーと、チケットで泉の精さんを呼び出した藤咲司くんの保護監督責任者という位置づけの者です」
「はあ、そうですか」
実際のところ、保護も監督も責任も無いのだが、道中、誰かと会った時に説明の手間を省くためにそうしておこうと決めておいたのが早速役に立った。その辺は司たちも別に問題ないとしていたが、役に立つ場面が来るとは思っていなかったのだが。しかも役に立つと言っても予想の斜め上方向だし。
「さてと……前回呼び出された時、金のバット、銀のバット、鉄のバットを出して、これは違うと言われたから伝説のバットを渡した。これはあってますよね?」
「ええ。その通りです」
「で、上司に叱られた」
「はい」
「なぜ叱られたんでしょうか?」
「それは……ちゃんと聞いてないから何とも」
「うーん、本当はちゃんと聞いておいて欲しいところなんですが、そこは仕方ないとして、叱られた原因を考えてみましょうか」
「はあ」
考えてみようと言われてもという顔をしているが、構わずに奥澤は続ける。
「あなたの仕事は、泉に落ちた物を金・銀・鉄に変えて落とし主に見せる。落とし主が正直に答えたら金・銀・鉄の全てを渡す。以上で良いですか?」
「はい」
「彼らよりも前に、交換をしたことは?」
「ありません」
おや?と思ったが、上司とか言うのがいるなら、同僚先輩後輩もいるだろうから、あの有名な斧の話は彼女以外が担当したのだろう。
「では少し質問を変えます。なぜ、泉に落ちた物を金銀に変えて、正直に答えた者に渡しているのですか?」
「なぜって……それが仕事だし」
「まあ、そうなんですが……どんな仕事にも意味があるはずです」
「意味?」
「ええ」
自衛隊の仕事なんて、平時は訓練を繰り返しているだけ。それこそ「こんな訓練が何の役に立つんだ?」と思うことも時にはある。だが、それら訓練は非常時に役立つもの。非常時に備えるのが仕事だと言うことで、ちゃんと意味がある。
「うーん……正直な人間に褒美を与えている?」
「そうですね」
短絡的ではあるがわかりやすい意味だろう。
「正直者に褒美を与えるという行為の理由はさておき、人間、褒美を与えられたらどう思うでしょうか?」
「どうって……」
「泉の精さんが上司に褒められたらどう思うか、でもいいんです」
「褒められたらうれしいです」
「そう、それです」
「え?」
「褒美をもらったら、誰でもうれしいんです」
自衛隊員としてこれまでにも何度か災害救助の出動をしてきた。
何かと忙しいので、改まって礼を言われた経験は少ないが、それでも子供たちから「おじさん、ありがとう」と言われた。何よりの褒美。今までの努力が報われたと実感した。本当はおじさんじゃなくてお兄さんと呼んで欲しかったが。
「えーと……うーん……あの」
「はい?」
「えっと……伝説のバットなんてもらって、うれしかったですか?」
「え?ああ、うん。うれしかったよ。役に立ってるし」
いきなり話を振られた司だが、なんとかそれっぽい答えを返す。
「ふむ」
「どうかな?」
「んー、でもどうして叱られたのかはわかりません」
「多分だけど……ちゃんと確認しなかったのがいけないんじゃないかな?」
「確認?」
「そう。伝説のバットを渡して、それで彼らがよろこんだかどうかを確認せずに戻った。それがダメだと叱ったんじゃないかな?」
「え?何で?」
よし、誘導はほぼ成功だな。
「渡すべき物を渡した。それだけなら泉の精さんでなくても出来る。だけど、渡したあとに受け取った人がよろこんだかどうかを確認するのは泉の精さんでないと出来ないんじゃない?」
「そう……かな?」
「そうでしょう?だって、彼らと会ったのは泉の精さんだけなんだから」
「あ」
彼らの営業範囲がどの程度かはわからないが、仮に日本全体だったとしても、未だ数千万単位で生き残っているハズ……ここ数日の数字はキチンと確認してないからちょっと自信が無いが。それはさておいて、相当な数が生きているハズで、直接会った本人以外がどこの誰かもろくに確認していない相手を探して「どうでした?」なんて確認に行くなど、簡単なことではないはずだ。
「つまり君の上司は、仕事を途中で放棄してきたことを叱ったんであって、何を渡したかと言うことについては何とも思っていないんじゃないかと思うんだよね」
「そっか……うん、そうですよね!」
「と言うことで、前回の件はうれしかった、よろこんでもらえたという確認が出来た」
「はい!」
「きちんと帰ってから報告すれば、前回の件も含めてきちんと評価してもらえると思うよ」
「わかりました」
「じゃあ、今回のお仕事は?」
「が、がんばりますっ!」
チョロい。その様子を見ていた全員の総意である。
「では……」
「はい!そ、それでは改めまして……えーっと」
泉の精は姿勢を正すと、水の中へ手を入れて寿が投げ入れた物を引っ張り上げる。
「あなたが落としたのはこの金の……何これ?」
前回の問題の解答例
「悲鳴を上げて逃げ出そうとした」
問い
寿が泉に投げ入れた物は何か予想して二十文字以内で答えよ(五点)




