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  作者: ひじきとコロッケ
七月四日
143/176

(11)

 ああ、うん。何だかどうでもよくなってきた。


「寿姉、少しは信用してやれよ」

「ダメよ。さっきのあれ。あれが何よりの証拠よ!」

「ただの冗談だろうに」

「それでも!」


 ああ、もう……面倒臭い。どうしようかと思ったら成海から提案が出てきた。


「じゃあこうしましょう!」

「ん?」

「私を縛ってくれれば!」

「そうするか……うーん、でもな……」

「ちょっと待って」

「ん?」

「なんで少しうれしそうなの?」


 色々台無しだった。

 結局、自衛隊が用意してくれたテントに寿と成海を押し込め、司は一人用テントに入ることにした。もちろん、かなり離れた位置に設営して身の安全を確保することは忘れない。




  ◇  ◇  ◇




「ひどいだろうと思っていたけど、予想を遙かに上回るひどさね」


 夕食の片付けを終えた厨房の片隅で、碧がぼやいた。

 一般家庭の主婦としては驚異的なレベルの料理スキルをもってしても、魔物として現れたオオカミの肉の調理は無理だった。


「こりゃひどいな」

「でしょう?」


 生ゴミを捨てて戻ってきた典明たちが顔をしかめるのも無理はない。

 何しろ、換気扇をフルに回しているのにひどい臭いが充満していて、抜けていかない。排気した外も大変なことになっていそうだが、幸い小雨がぱらついているので外には誰も出ていないので今のところは苦情は出ていない。雨に溶け込んで地面に落ちて、そのあと晴れたりしたらと怖い想像は尽きないが。

 そしてこの充満している臭いは、肉の生臭みなどというレベルを遙かに超えた臭さで、その場にいる全員が鼻に栓をしているか、洗濯ばさみなどでつまんでいるかのどちらか。


「と言うことで、モンスター調理チャレンジ、オオカミはダメですね」


 胡椒を始めとする香辛料でマスキングをした後にローリエなどの香草と共に煮込むという基本に忠実なやり方を試みたが、まさかの完全敗北。胡椒はどこに行ったと言うくらいにひどい仕上がりとなったのはさすがに想定外。せめて香辛料がキツすぎるという程度の結果なら、まだ工夫の余地もあったのだがと、落胆の色が隠せない。


「昨日の熊はそこそこ行けたんだけどなあ」

「熊は普通に食べることもありますからね」


 避難所の食糧事情が少しずつ厳しくなってきた中で、「モンスターを食べることは出来ないか?」という話になり、とりあえず食べられそうな動物タイプのモンスターを狩り、解体して試した結果がこれだ。

 数年前まで猟友会のメンバーとして害獣駆除に携わっていた方に解体の仕方も指導してもらい、オオカミと熊にチャレンジしたが、やはり普通の動物とは違うようで、中々厳しい現実が突きつけられてしまった。


「熊も下拵(したごしら)えとか、かかる手間がすごいんだよな」

「それでも食えないことはなかったからマシな方か」

「いよいよとなったら、という感じか?」

「しかし、モンスターなんて食って平気なのかな?」

「さあ?」


 試食として一口程度なら大丈夫だろうが、腹一杯まで食べても大丈夫だろうかという懸念は当然だろう。


「でも、この動画の人、平気そうなのよね」

「そうねえ」


 詳細はわからないのだが、南北アメリカにオーストラリア、アフリカあたりに住んでいるらしい、いわゆる動画配信者と呼ばれる人たちが、今もどうにか生き延びて配信しているのが、「○○食ってみた」動画である。

 さすがにゾンビ系は対象外だし、スケルトンやらゴーレムのように可食部位の無さそうなモンスターも除外しているのだが、その他のありとあらゆる肉のありそうなモンスターを調理して食べている、なかなかにチャレンジ精神旺盛な動画たちだ。

 一番古いものは六月三日にアップされており、その配信者はつい昨日も新しい動画をアップしていて順調に再生数を伸ばしているところを見ると、特に害はないのだろう。いや、モンスターを普通に食べている時点で、おかしくなっているとも言えるか。


「明らかに毒がありそうなものでも無い限りは安全なのか?」

「みたいだな」


 モンスターの発生状況による偏りはあるのだが、手当たり次第に食べてやろうという姿勢はある意味賞賛に値する。生き延びるために出来ることは何でもすると言う、人間の、いや生物としての本能を呼び覚ますような行動とも言える。

 とはいえ、一番最初の動画は見る気がしない。タイトルはもちろん「ゴブリン食ってみた」。感想コメントが「モザイクかけろ、最初から最後まで全面にだぞ」「ゾンビ映画が綺麗な絵面に見える」「グロ動画を通り越してゲロ動画」「レーティング表記は人類全部だな」では見るのにかなり勇気が要る。


「これで再生数が百万超えだからな」

「怖いもの見たさって奴か?」

「ついて行けないな」


 さすがにゴブリンに手を出すのは最終手段として、意外にいけると他の配信者も絶賛していたものに手を出すかどうか、一同は悩んでいた。

 オーク。

 新鮮なうちに調理すると、ブランド豚並みのうまさらしい。人型モンスターの解体というハードルさえ乗り越えれば、と言う話だが。




  ◇  ◇  ◇




「全員警戒!」

「まだ出るのか?!」


 高校球児たちの聖地の奪還にかかった自衛隊員たちは三体のマスコットキャラクターを模したボスモンスターを撃破したのだが、まだ(・・)終わらないことに驚きを隠せなかった。


「市長、こちらへ」

「あ、ああ……」


 他の球場で複数のボスモンスターという事例を聞いていたから、ここでもそうだろうと覚悟していたのだが、三体のボスモンスターを倒しても終わらないとは想像もしていなかった。


「ぐあっ!」

「ぎゃあっ!」

「クソ!この!この!」


 無線越しに悲鳴とも怒号とも取れる声が聞こえ、銃声や何かを叩き付けるような音があちこちから聞こえる。


「そこら中にいるのか?」

「まさか」

「しかし、こんな……」


 ボスの取り巻きでも出たのかと思ったのだが、そう言うわけでもなさそうで、一体だけのようだが、神出鬼没。どこに出るか想像もつかない。


「姿は確認出来ていません!」

「攻撃の後、すぐに姿を消しています!」

「カメラ映像、解析急げ!」

「クソッ!また一人やられた!」


 日が落ちて視界の悪い状況では不利。一旦引いて明るくなってから、と言うことも考えたのだが、その間に状況が悪化する可能性もある。


「隊長……これは推測なんですが」

「何だ?」

「コレ……この球場に棲む魔物では?」

「え?」

「高校球児たちの夢を食らうという魔物」

「可能性はわかったが、だとしたらどうすればいい?」

「野球でもしますか?」

「それで誘い出せるならいいんだがな」




  ◇  ◇  ◇




「それでどうなったんだ?」

「試しにそれぞれポジションについて、投げて打ってとやってみたら」

「みたら?」

「ライトフライが上がったタイミングでライトの足をつかんだ影が現れたそうで。すぐに銃で対応、死体も残らなかったそうですが、コアは獲得出来たそうです」


 本当に魔物が棲んでたのかよと、一同が呆れていたところに別の連絡も入ってきた。瀬戸内海で確認された、旧日本軍が誇る、世界最大の戦艦への対応作戦だ。


「現在、目標は海自呉基地沖を西方向へ約十ノットで航行中。目的地は不明です」

「呉基地では護衛艦さざなみとさみだれが出撃準備中です」

「仮にも世界最大の戦艦と謳われた艦だぞ。撃沈出来るのか?」

「そこは何ともやってみないことには」


 何しろ相手は戦艦ではなく、モンスターだ。魚雷が突き刺さったまま帰港したこともあるという装甲をぶち抜くのは至難の業だろう。


「反撃されて、主砲が命中でもしたら絶対耐えられませんので、あちらの射程外からトマホークミサイルによる攻撃を予定しております」

「周囲に島など陸地のない海域で攻撃の確実性を上げると共に陸地への被害を最小に抑える予定」

「攻撃開始は四、五時間後……日付が変わった一時頃の見込みです」


 一応、あの艦にもレーダーは装備されていたはずだが、実戦配備され始めたばかりのレーダーで、最新鋭の護衛艦の電子戦(ジャミング)なら攪乱(かくらん)可能なハズ。となれば、あちらは有視界戦闘するしかなくなり、こちらが圧倒的に有利になるだろう。モンスター――多分、モンスターのハズだ――に有視界戦闘という概念があるのかどうか疑問ではあるが。

 一通りの報告を受けて、総理がゆっくりと立ち上がった。


「それまで少し休もうか」

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