(8)
◇ ◇ ◇
「廊下が騒がしいな」
「音を立てるなよ」
「なあ」
「ん?」
「なんで隠れる必要があるんだ?」
「話し合いが出来る状態に見えるか?」
その原因を作ったのは俺だが、とはおくびにも出さずに続ける。
「銃を構えているような音が聞こえたろ?俺らの姿を見た瞬間に蜂の巣だぜ?」
「んー、でも何であたしらがそんな目に?」
「知らん。奴らが何か勝手に勘違いしているんだろ?」
さて、どこまでごまかせるか。
難しいところだな。特に見つかったら絶対に誤魔化しきれないだろう。どうするか。
幸い、さっき確保した拠点の範囲内。自衛隊員を消すのは多分また失敗するだろうが、この二人なら。しかし、今消してしまうと、こいつらのアイテムボックスの荷物が消えてしまうし、他にも色々と有用なスキルを持っているのが惜しい。ある程度の確率でスキルが入手出来るが、確率がかなり低い。二人同時に消したとして、うまく行って一つ。隠蔽スキルが手に入ればいいが、手に入らなかった場合、いきなり見つかるだろう。そうなると……この人数相手に戦闘?さすがにキツい。一対一なら相手がどんな重火器を用意していようとも勝てる自信があるが、二桁以上が相手になると対応が追いつかない。
「む……マズいな」
「え?何?何がマズい?」
「まず言っておくが、ここら辺りまで、さっき確保した拠点の範囲内。それはいいか?」
「そうね……そんなに距離もないし」
「で、何がマズいんだよ」
「俺のスキルだと、連中の話している声もある程度聞こえる」
「え、マジで?」
「何て言うか……遠くで話しているのが聞こえる感じ、ってところだが」
「お、おう。それで?」
「聞こえた限りで言うと……見つけ次第……躊躇うな……撃て……三人とも……ってとこだな」
「マジかよ!」
「ええええ!」
もちろん、話し声が聞こえるなんてのは嘘だが、この二人が確認する術はない。そして、曖昧なくせに微妙に核心を突いているような単語を並べればどうなるか。
「さて、どうするか」
「どうするったって……周りは全部囲まれてんだぞ」
「ね、ねえ……中井の隠蔽スキルって、どの位隠れられるの?」
「わかんねえよ……追跡者とかのスキルからは見えなくなってたけど、周りからどんな感じに見えるかとか、そういうのは」
「そうだな。何となく、いるのかいないのかはっきりしない、って程度だったな」
文字通り、隠れるスキル。だが、いるとわかっている相手には効果が今ひとつで、仲間内での検証ではその詳細がわからなかった。今にして思えば、もう少し人数のいる内に色々工夫して調べておくべきだったか。
「少なくともあの包囲網を突破するのは難しいと思う」
「だな」
小雨のぱらつく中で隠蔽スキルを使った場合、雨も一緒に認識しづらくなり……端から見ると「あの辺、雨が消えてるんだけど?」という見え方になってしまい、逆に目立つ状況を作り出してしまう何とも残念なスキルだというのは事前に確認出来ている。また、雨が上がっていたとしても、足元の水たまりには歩いたときの波紋がでてしまうし、そのまま乾いたところへ進んだら、濡れた足跡が残っていく。ラノベで見るようなかっこよさがあまり感じられない、実に残念なスキルだと思う。
「となると……強引に行くか」
「え?」
「どうやって?」
二人の反応は予想通り。だが、詳細を説明している時間的な余裕はあまり無い。
「中井、お前の強靭化、自分にもかけられたよな?」
「え?ああ。自分自身か、自分以外の場合は非生物のみ、だ」
「その強靭化でここから飛び降りられるか?」
「うーん、多分大丈夫」
「よし。じゃあ、こうしようか」
◇ ◇ ◇
「三階、クリア」
「次、行くぞ」
階段を上がっていくあとをついて行くだけの簡単なお仕事……ではないけどな。
一応、何かあったときのための保険としてついているだけなんだけど、何かあった時点で色々ダメなんじゃないかな、とも思う。何か次第だけど。
「俺たちは右へ行く」
「なら俺たちは左へ」
自衛隊員達がテキパキと動いて各部屋を確認していく様子は実に頼もしい。
惜しむらくは司たち三人が特に自衛隊に興味があるわけではなかったと言うことか。
「クリア!」
「こっちは……少しかかりそうだ」
「了解」
室内に物――机やキャビネット、衝立などだ――が多いと少し確認に時間がかかる。そんな程度でどんどん確認が進んでいく。
「四階も特に何も無く終わりそうな感じ?」
おい馬鹿やめろ。それはフラグになる。
◇ ◇ ◇
「じゃ、やるぜ」
「おう」
「強靭化!」
中井が自分自身を強化し、齊藤達を肩に担ぐ。
「行くぜ……消えろ!」
齊藤が手を掲げ、左から右へスッと流すと、その動きに合わせるように一瞬遅れて壁や柱からガコン、と音がして埃が舞い上がり……崩落する。
「行け!」
「おう!」
壁が崩れて大きく開いた穴から中井が飛び出すのとほぼ同時に天井が崩れ落ちてきた。
この建物に限った話ではないが、鉄筋コンクリートや鉄骨の入った建物は、自重を鉄筋や鉄骨だけでなく、コンクリートでも支えることを前提にしている。だから、壁や柱のコンクリートがなくなれば、それより上を支えきれずに崩れていく。そして、ビルが崩壊するなどという事態を食い止める術は自衛隊にはない。
だから、自衛隊といえど距離を取るしかないし、崩れた直後に全速力で逃げていけばおいそれとは追ってこられない。
単純と言えば単純でありつつ、博打の要素も多い作戦だった。
そう、崩れるまで気付かれなければ、ほぼ完璧だったのだ。
◇ ◇ ◇
「え?何これ」
「寿姉?」
「探知に反応!この壁の向こう!」
「え?」
「ドアなんて無いぞ」
「両隣の部屋……いや、確かに大きさがおかしい?」
中井が強靭化スキルを使った結果、隠蔽が解除された、ということは誰にもわからない。ただ単に寿の探知に人間の反応が三人分現れただけだ。
「この壁に何か細工をしたのか?」
「クソッ!」
だが、迷彩が解除されたわけではなく、ドアの位置がわからない。そして思い切って壁に触れてみた結果は予想もしなかったものでもあり、予想通りでもあり。
「壁が……消えた?」
「ドアが出てきたぞ!」
「急げ!おそらくこの中だ!」
隊員が二人、ドアの前に立ち一人がドアノブに手をかけた瞬間、天井が崩れ始めた。
「うおっ!」
「何だ!」
「崩れるぞ!」
「マズい!逃げろ!」
バリバリ、ガラガラと壁が崩れ、天井が落ちてくると、訓練を積み場数を踏んできた自衛隊員たちも慌てて逃げ出す。だが、逃げようとしながらも思わず振り向くと、崩れていく瓦礫の向こう側に、かすかに姿が見えた。
「三人!」
「くっ」
一瞬のことでよく見えなかったのだが、何だか光っている一人が二人を抱え上げて外へ飛び出すところ。そして、奥澤は自身の危険を顧みることなく、躊躇いなく銃口を向け、フルオートで引き金を引いていた。
ビルが崩壊を始める音と、ダダダダという銃声の中、成海が司を捕まえていた。
「逃げるわよっ!」
「うわっとぉっ!」
瞬間移動する先はすぐ側の地面。
自衛隊員達を見捨てるつもりはないが、能力的な意味でも一人連れて移動するのが精一杯だ。
この引きで次回を掲示板回にしたらどうなるんだろう……




