(7)
「で、何だよ?」
「あっちに誰か走って行った!」
「どっちだよ!」
「あっちよ!」
「ってど……ぶべっ!」
思わず見上げた顔面に足の裏が落ちてきた。どうやら見上げていなかったことに腹を立て、見上げたことにも腹を立て……たのだろうか?どう言う対応が正解なんだろうね?
「どこへ向かった?」
「あっちの建物!」
「よし、行こう!」
「待って!」
「え?」
奥澤たちと行こうとする司の上着を寿がつかんで引き留める。
「ボスの目の前を通ることになっちゃう!」
「うげ」
「ボスはどんな奴?」
「ちょっと……ヤバそう?」
「え?」
「さっきまでいなかったんだけど、急に現れたのよ……戦国武将っぽい感じ?」
「……そこ、城造りの名人と謳われた武将の像があるとこだな」
奥澤さん、その情報……聞きたくなかったです。
「一度戻って合流、全員で移動しよう。その間は手持ちのドローンで周囲を見ておけば簡単には逃げられまい」
「なるほど」
「じゃあ私は上から監視……って雨!」
「降ってきたな」
上空から寿が監視出来ないなら、仕方ない。無線で連絡を入れながら急いで成海達の所へ戻るが、こちらも特に異常は無し。すぐに謎の人影(?)が向かったという建物へ。
「周囲を警戒!詳細はわからんが即死性の攻撃スキルを使用してくる模様。絶対に単独行動になるな!」
「「「はいっ!」」」
これだけの人数だ。建物の周囲を囲むのは容易い。いくら彼らがコンクリートの壁すらぶち抜けるとしても、この辺りに地下道はない。気付かれずにこの包囲を突破することはむすかしいハズだ。
「さて、中にいるのか……?」
「うーん、探知には何も無いね」
「寿姉の見間違いか、探知スキルから隠れる手段があるのか、それともこの短時間の間にドローンの目をかいくぐって他へ移動したか」
「隠れるスキルって可能性が一番高そうね」
「その心は?」
「ドローンの目をかいくぐるのは正直難しいと思うのよ。六機飛ばしてるわけだし」
四方を完全に押さえ、グルグルと周回するのが一機、比較的高い位置から俯瞰しているのが一機。なるほど簡単に抜けられる監視体制では無いだろう。
「あとは、賢いかわいい寿ちゃんの見間違いなんてあり得ないから、隠れるスキルで確定よ」
「思い切り個人的な感想が入ったな」
だが、確かに見間違いの可能性は低い。
本人以外には確認できないのが難点だが、録画が出来て、あとから再生して見直すことが出来るんだそうだ。ドライブレコーダーかな?言わないけど。
これでSDカードに保存出来たりしたら最高なんだが、それは出来ないらしい。
自分にしか見えないのをいいことに色々録画してそうだな。聞くのが怖いから聞かないけど。
「隠れるスキルか」
「見た目を隠すって難しいと思うのよ」
「透明化とかは?」
魔法なんてのがあるんだから透明になるくらいはと思う。
「透明になっても、人が動いた痕跡って消えないと思うわ」
梅雨時故にそこら中にある水たまりを差して成海が言う。なるほど透明になったとしても、水たまりを歩いて行けば、しぶきが上がるはずだし、その後もしばらくは波紋が残るだろう。
「そうすると、何かでカモフラージュするようなスキル?」
「司くんの幻影スキルみたいに見えづらくする感じ?」
「俺のスキルより優秀かも?」
隠れる以外にも使えるという意味では幻影スキルの方が……と言うか、比較する物では無いな。
でも、見えづらくすると言うのは……光学迷彩とかそういう系?何それカッコいい。っと、今はそれどころじゃないよな。
「あとは、探知スキルをごまかす能力があるとか」
「それをやられたら見つけられないな」
レーダーに写らないステルス戦闘機みたいな物か。
「周囲の確認終わりました」
「隠れてる様子は無いが、中に入った痕跡はあるな」
自衛隊員たちが指した先には水たまりから出て建物へ向かう足跡が複数。当然そちらに向けて数人が銃を構えて警戒し、足跡の形と歩幅を確認中だ。
「靴の形は三人分あるな」
「歩幅から言って、あの三人でまず間違いない」
三人、自衛隊が近づこうとしたら逃げ出したという状況、そしてどうやっているかわからないが隠れている……状況がここまで揃うと、考えるしかない。
「あの三人が……ドローンの監視をかいくぐって、俺たちを先回り、か」
「即死性スキルってのが気になるね」
物を消す能力とは違うと言う可能性が高まった。だが、その一方で司の同行者なら、おそらく百%防げるのだろう。さっきのアナウンスでは二十人の名が読み上げられたのに、一人も欠けることなく、こうして建物の包囲に参加しているからな。おそらくこの先、同じスキルで攻撃されたとしても大丈夫だろう。
だが、ショッピングセンターの床を消した能力はどうだろうか。多分、アレは全く系統が違うスキル。レベルとかステータスとかそういう物で防げるのだろうか?
「よし、建物内を確認しよう」
「装備確認」
「ヨシ!」
四班と五班が中へ入り、下から順に見ていくそうだ。
ドアというドアを全て開けていき、中を確認。たとえ中で待ち構えていたとしても、最初に見えるのが銃口だと、一瞬怯むハズという実に単純な考えで。
そして、何か動きがあったら問答無用で撃て、という指示も出ている。無関係な誰かがひっそり隠れている可能性もあるが、その時は隊を率いている奥澤以下、大勢が色々な形で責任を取るからとにかく撃てと。
世界がこんな状態だ。盗みを働くどころか、人を傷つけるのも殺すのもやむを得ない状況はあり、実際に避難所に逃げ込んでいる中にはそういう経験をしてしまった者も少なくない。しかし、それを咎めるどころか心のケアに苦慮しているくらいに寛容な対応をしている。つまり、三人が今までに、生きるために仕方なく殺したと言うなら、罪に問うようなことはしないつもりだった。そもそも司法がまともに機能できないから逮捕も起訴もままならないし。
だが、即死性スキルとなると話は別だ。明らかに、確固たる意志を持って殺そうとしているのは……危険極まりない。
大多数の安全のために発砲もやむなし。専守防衛を掲げる自衛隊が護るべき国民に銃口を向けるなんて、一部の人は大騒ぎ間違い無しの事案。だが、現場はそんな判断はしたくなかったのだ……と言って聞き入れてもらえるだろうか?騒ぐくらいならここに来て代わりに踏み込んで欲しい。
「一階クリア。無人です」
「二階へ向かいます」
彼らのあとについて階段口まで進む。
「んー、やっぱり探知には特に何も引っかかってないね」
「そうか」
だが、どういうわけか奥澤を始めとする自衛隊員の数人が、ここにいると直感している。三人が入った痕跡という状況もそうだが、動物的カンのようなもので、そう感じていて、寿の言葉を聞いてより一層緊張感を高めているようだ。
はるか遠くからでも人間を、モンスターを正確に察知するスキルで見つからない……そして人間を即死させる能力を持っている相手が間違いなくここに隠れ潜んでいて、こちらを攻撃する機会を窺っている、と。
「二階、クリア」
「三階へ向かうぞ」




