(5)
◇ ◇ ◇
「どりゃあっ!」
ブンッと勢いよく振り下ろされた枝をバットで受け止めて弾き飛ばすと、一瞬だが動きが止まる。そしてその隙を逃すような寿ではない。
「とおっ!」
右手から伸ばした刃で枝を二本切り飛ばすとそのままの勢いで上昇し、注意を引きつける。
「で、こっちだぜ!」
追いかけようとした別の枝をバットでへし折ると、こちらに注意が向く。そして、準備が完了。成海の魔法が放たれる。
「風魔法レベル五、風の刃!」
魔法が進化しているせいなのか、魔力が増えているせいなのか、全く不明(本人談)だが、本来見えないはずの風魔法が見えるというのは不利なのではとも思う。だが、その速度はとても避けられるような物でも無いからいいのか?何にしても、刃と言うよりも丸鋸にしか見えないそれが五つ、一直線に幹を狙い、苦も無く切断する。
「っく……もう少し……やああああっ!」
普通なら撃ったら真っ直ぐ飛んでそれっきりのハズの刃だが、どういうわけか(本人談)ある程度コントロールを受け付けており、倒れるのを支えようとする枝を切り飛ばしていく。
「まだだ!油断するな!」
ある程度以上のモンスターは人間が想像するよりもはるかにタフで、手足たる枝の一本や二本、切り落としたところで意にも介さずに、それどころか一層敵意をむき出しにして襲いかかってくる。それでも動物や人間型は無くした手足の分だけ動きが鈍るのだが、こういう植物型の場合、全ての枝が腕であり、全ての葉が感覚器官であり、巻き付いた蔓でさえも自在に操る鞭となって襲いかかる。
「やや右、そこ!」
「アイテムボックス、灯油ばらまき!寿姉!頼むぞ!」
「任せて!」
根元から切り落としたと言うことは、根があることによって動けない、というデメリットから解放された言わんばかりに残った枝を数本、足のようにしてゆっくりとこちらへ動き始めた。だが、その足元(?)に灯油をばらまき、寿のジェット噴射で火を点けて、あとは仕上げの一発だ。
「撃て!」
二脚でがっちり固定した対物ライフルの銃声、そして幹の上部が抉られるように吹き飛ぶとバランスを崩して倒れ、ちょうど燃え上がり始めた火の海へ。そしてその倒れていくすぐ脇を寿が飛んで抜け、枝を数本切り飛ばせば、起き上がろうにも起き上がれないままにその身が焼かれていくだけとなる。必死にジタバタともがいているが、それもやがて動かなくなると、ボスモンスター、トレントの討伐アナウンスが入り、拠点コアが現れた。
「大きいとそれだけで大変ね」
「しかも幹とか太いから私の刃じゃ短すぎて斬れないんだよ」
「普通、木を切り倒すのは斧とかノコギリだけどな」
「斧かぁ」
「そういう意味じゃ、ウィンドカッターって……すごいな」
「そ、そう?」
「光る丸鋸が飛んでいくとか、相手は絶望しか感じないだろうな」
「あ、あははははは……」
「そうなんだよね。ウィンドカッターって、日本刀みたいに反り返ったのがビューンって飛んでくイメージだったんだけど」
「そう言われても、最初っからこれだし」
風魔法を獲得してすぐに上位スキルに進化していることも影響している……いや、これ絶対称号のせいだ。
「んー?成海、なんか隠してない?」
「え?なんで?」
「何か変なんだよねえ」
「な、なななな……何も隠してなんて」
「怪しい」
「確かにちょっと怪しい」
「えええええ?何で?!何も隠してなんてないってば!」
難敵相手だったというのに全く変わらない調子の三人を見て自衛隊員たちが苦笑する。
「ランキングトップはやっぱり……」
「ハンパないな」
「あの的確な連携、何をどうしたらああなるんだ?」
「全くだな」
寿と司の連携は言わずもがな。成海に至っては風魔法を一回使っただけだが、自衛隊による攻撃で倒れなかった場合のために追撃の用意をしていただけでなく、縦横無尽に飛び回る寿を追跡して正確に位置を伝え、姉弟の連携に一役買っている。
「スキルがあるだけで無く、使いこなす、か」
「道具は使ってこそ、だな」
「今更だけど、何が出来るかをキチンと確認しておこうぜ」
三人と共に戦うのは彼らにとってもいい刺激になっているようだ。
「それにしても……こんだけ動き回って植物型モンスターなんだな」
「植物って何よ、って感じね?」
「うーん……何でも、動物を殺したくない人たちが相手にするモンスターらしいわよ?」
三人とも見たことはないのだが、植物型のモンスターとしてはアルラウネやドライアドといった定番から歩くキノコのようなモンスターまでいるらしく、一部の人間は「アレは植物だから」と狙い撃ちにしているらしい。
「日本でも一応目撃、討伐例があるらしいけど」
「その過程をすっ飛ばして俺らはトレント、しかもボスモンスターとして強化済みか」
「え?司ちゃん、ああ言うのが好み?」
「そうじゃなくて、いきなり強いのを相手にするってのはどうかって話だよ」
「良かった。司ちゃんがまだ人の道を踏み外して無くて」
どう言う意味だろうかと問い詰めていいかな?
「ちなみにネット掲示板ではアルラウネもドライアドも専用スレがあって」
「へえ。まあ、弱点とかそう言うのを共有するのは大事だよな」
「どっちも萌えスレで、アルラウネ派とドライアド派が互いを貶し合う醜い争いに」
「日本人って、業が深すぎないか?」
拠点コアを誰に任せるかという話し合いを奥澤たちが始める一方で、南北に細長い公園の緑地へ二つの班が向かう。先ほどの戦闘中に取り巻きが数匹流れていったのが見えたので、片付けておくために。
「では行ってきます」
「気をつけてな」
全員のレベルがそこそこに上がっているので、厄介なボスモンスターでも現れない限りは任せても安心と見送る。
「取り巻きモンスターの動きってよくわからないよな」
「ボスと一緒に戦闘に参加するのもいるけど」
「勝手に離れていくのもいるよね」
ボスと一緒に戦うのは対処しやすいが、離れていくとあとから襲われたりする可能性もあるので面倒なんだよな。そう言えば、働き蟻は常に一定の割合で休んでいるという論文が発表されたってどこかで読んだな。あれと同じなのか?
◇ ◇ ◇
「さてと……先回りは出来たようだな」
齊藤たちが到着したのはやや小さい公園。そこから少し南西の方角に大きめの公園があり、ついさっきまで派手な戦闘音が聞こえていた。銃声のような音も聞こえていたから、自衛隊……状況的にまず間違いなく、ふじさきつかさのいる一行なのは間違いないだろう。
そして、この公園にいたボス――ただのゴブリンリーダーだったので齊藤が瞬殺した――を倒したことで拠点を獲得。そして次にすることは……
「どうだ、齊藤?」
「いるぜ……多すぎて数えるのが面倒なくらい……五十以上。自衛隊連中だな」
たくさんの自衛隊員をざっと確認する。
「レベルが三十近くまで上がっているだと?」
「え、マジで?」
「嘘だろ?」
村上が慌ててランキングを確認する。
「ってことは、この上位百人の内の半分以上があそこに集まってんのか?」
「そうなるな」
一体どうやってそんなレベルアップをしたのだろうか。
ボスモンスターは普通のモンスターよりも強いが、その分経験値も多い。
基本的にダメージソースが齊藤になっているので、この三人の中では齊藤が一番レベルが上がっている。経験値が平等に分配される仕組みで無い以上はそう言う物だと二人は納得している。
そして、その理屈で言えば……彼らはここに来るまでの間に数千単位でボスモンスターを倒してるほどのレベルになっているのだが、とてもそんな数を倒してきたようには見えない。そもそもこの周辺がそんなにボスモンスターだらけだったら、齊藤たちだってこんなに気軽に移動できるわけが無い。
「何か秘密がある……と考えるのが自然か?」
「だろうなあ……ふじさきつかさのレベルもガンガン上がり続けてるし」
レベルが三桁の大台に乗っているというのにレベルアップのペースがほとんど落ちていないというのは一体どういうからくりなのか。
だが、すぐに追い越してやるさと、簒奪スキルのマップを開く。これで人間を排除すると、その人間が今までに獲得してきた経験値がそのまま自分に流れてくる。これだけの人数だ、かなりのレベルアップが期待できる。
「ん?こっちに二十人ほどいるな」
「ボスの取り巻きの残党狩りじゃ無いか?」
「っと、そうだな」
表示が重なっていてわかりづらかったが、ちょうどモンスターを倒したところらしい。
「ふむ」
腕を組み、二人には何をしているのかわからないように、二十人を囲む。そして……排除。




