(1)
「七時頃に起きてみたら、自衛隊の皆さんは全員起きていた件」
「早起きなんですね」
「まあ、職業病みたいなもんですよ」
朝食用に放出したのはコンビニおにぎりと惣菜類。瞬く間に消えていくのを横目にしながら自分たちも適当に済ませる。と言っても、がっつり食べておかないと体が持たないだろう。
「お、今朝は早めに出来るな」
「ん?何が?」
「性別転換……ちょっと行ってくる」
着替えも必要だからと立ち上がったら、何故か寿がついてくる。
「私も見たい!」
「見世物じゃないし!見て楽しいもんじゃないぞ?!」
「えー?楽しいかも知れないよ?」
つか、この歳で姉に着替えを見られるとか、前世で何をやったらこんな仕打ちを受けるんだよ。
「ぶー、何も見せてもらえなかった」
「当たり前だろ……はあ……なんかもう……うん」
不機嫌そうな姉にどんよりした弟。朝から景気の悪そうな姉弟を見た自衛隊員たちは割と素直な感想を抱いている。
「へえ、本当に性別が変わるんだ」
「それでも双子だけあって、よく似てるね」
この辺りはまだ良い。普通の反応だ。何が普通かという意見は却下する。寿と司は双子と言っても二卵性双生児。一卵性のように瓜二つではないが、同じ両親から生まれた姉弟。似ているのは当然だ。
「何故だ!俺たちの!癒やしが!」
「落ち着け!明日になれば!明日になれば!」
何であの辺は血の涙を流しているのだろうね。触れないでおくけど。
「あ、ガチャが出来るようになってるな」
「早めにやっておく?」
「そだな。忘れないうちに」
ガチャを実行、と。
「★5……ユニークスキルだな」
「お!すごい!何が出たの?!」
珍しく丁寧なスキルの説明があったので読み上げる。
「ユニークスキル『聖女降臨』。一日一回聖女を降臨させる事が出来る。持続時間は一時間。MPを消費して『浄化』を行える。浄化は邪悪なものを消し去り、清浄にする効果を持つ。浄化の強度、範囲はMP消費量により変化する」
カプセルから出た紙を読み上げた途端、紙が光り出し……いかにもアニメに出てきますとしか言いようのない聖女が現れた。ただし、頭に被る頭巾の中には何もなく、袖や裾から見えるはずの手足が見えない。服着た透明人間、と言う表現がしっくりくるだろうか。
「ホログラムっぽいな」
「相変わらずの謎技術ですね」
「と言うか、スキル獲得と同時に自動使用とか、不親切だな」
「まあ、仕方ないよね……そういうものだとあきらめるしか」
そして、当然メシ食ってる横にそんな者が現れれば自衛隊の皆さんも動揺する。危険はないと判断したのか、武器を構えたりはしていないが。
「これ、どうするの?」
「そう言われてもな」
俺が動けばついてくるのか?と思ったら、突然その聖女が両手――袖だけしかないけど――を上に掲げると、七十人が揃った大部屋全体がまぶしい光に包まれた。
「うおっまぶしっ!」
「何が起きた?!」
だが、光はほんの一瞬で収まり、聖女はクルリと司の方を向くと、丁寧なお辞儀をして……消えた。そして、ハラリと一枚の紙が床に落ちる。
「えーと、「体験利用ありがとうございます。明日より正式利用可能となります」って、やっぱり今ので一回分かよ!」
「しかも一時間と経たずに消えたね」
「で、今の光は何?成海が消えてないってことは浄化の光じゃなさそうだけど」
「結構辛辣?!」
「だって、色々と怪しいし」
「うぐっ」
怪しいのはお互い様だろうけど、司にはそれを指摘する勇気はもちろんない。さて、もめてるようでそれなりに仲良くやっている二人はおいておくとして……自分自身に起きたこと、自衛隊の皆さんの様子だ。
「うん。汚れが落ちてきれいになってるな」
「さっぱりしたな」
このビルに風呂やシャワーの設備はない。自衛隊の装備品には、被災地などで大活躍している風呂もあるが、さすがに出していないので、適当に湯を沸かして体を拭いた程度。昨日の行軍中にモンスターの返り血を浴びた者も少なくないが、気軽に服を着替えることも出来ず、汚れやら臭いやら色々我慢していたのだが、それが全部きれいになっている。
「便利と言えば便利なんだろうけど……本命は、やはり」
すぐに奥澤を始めとする自衛隊員たちと情報共有。あの黒い靄に対抗出来る可能性があるのではないか、と。
「明日から、か……ふむ」
「とりあえず、どの程度効果を及ぼすかを確認したいですね」
「一時間……入り口から天守閣までどの程度近づけるかもポイントだな」
「あとはMP消費か。どの位消費するかも気になるが、藤咲くんの最大MP次第だな」
「うーん、今ので消費したのが一。結構な回数行けそうだけど、消費量で範囲が変わるってのが気になるな」
魔法は使用レベルでMP消費量が固定なのだが、これは違うというのがまた確認が面倒な仕組みだ。
「だが、あの靄を消すレベルになるとMP消費が一とは限らないのでは?」
「効果を及ぼす範囲とか、強さ調整とか」
「本人のレベルで違いが出たりするとか?」
「あるかもな」
要検証事項だらけだな。
与えられた情報は僅かだが、一ヶ月もの間、ちょっとだけしか出てこない情報の中で必死に生き抜いてきた経験は伊達ではない。「どうせきっとこう言うこともあるだろう」「念のためにこう言うことも注意しよう」といった意見が次々と出てくる。経験豊富な大人って、頼りになるな。
なお、真面目な会話をしている横で寿と成海は先ほど現れた聖女の格好について熱く議論していた。裾の長さはもちろん、色やら袖の長さなどシスターの修道服のあるべき形にそれぞれ何かこだわりがあるようだが、もう少し空気を読んで欲しい……周りが逆に気を遣って、議論の邪魔にならないようにしてるじゃないか。だいたい、修道服って宗教の方針とか信仰への心構えとかそういうものを踏まえてあのデザインであって、スリットの深さを議論するためのものではないぞ。
「さすがランキングトップ勢は違いますね」
「明日は万能天使が見られるのか……」
「馬鹿野郎、聖女様だぞ」
「尊い」
「ああ……」
おかしいのが数名いるようだが、気にしないことにしよう。ああやって精神の安定を図っているのだろうから。
いや待て。ちょっとイヤな予感が。もしかしてアレ……やめておこう。何が起こるか予想するにしても判断材料が少なすぎる。うん。明日のことは明日の俺が何とかす……る……
「よし、では出発だ」
点呼、荷物の確認を終えるとビルをあとにする。
新たに獲得したユニークスキルの関係で、予定は変更。ボスモンスターを倒して拠点を獲得して行くという基本方針は変わらないが、夕方には城の手前に到着し、明日の朝からアタック開始。浄化がどの程度有効かを最優先で確認するという微調整だ。
「手始めにここの……日本最古の観覧車だな」
「変な妖怪がいそうね」
実際、車輪に顔のついた妖怪がボスモンスターだったが、寿が屋上から投げ捨てたら墜落死した。妖怪なんだから、もう少ししっかりして欲しいところか。
拠点コアを隊員の一人が確保していたら、駐屯地から連絡が入ってきた。
「あの三人の動きですか?」
「全く動いていないらしい」
「最後に確認出来たのはただの雑居ビルに入るところ……」
「このビルだな」
「奥澤さん、ここ……地下鉄に繋がってませんか?」
「む……確かに。しかし、入り口はずいぶんと離れているが」
「ショッピングモールの床を消すような奴ですよ」
「壁をぶち抜くくらいはやる、か。そうなると」
「地下鉄の線路を通って移動されたら、空からの監視では見えない」
さて、マズいことになったな。




