(7)
奴が……動く……か?
「奥澤さん」
「ん?どうした?」
「不公平感が出ちゃうかも知れませんが……」
駐屯地で頑張っている隊員との不公平感を気にしながら告げる。
「食べるもの、色々出しましょうか?」
「お、いいのか?」
「アイテムボックスに色々と入れてありますから」
「そうか」
全国各地に避難所がいくつ作られたかという正確な数字はわからないが、いくつかの避難所で「ちょっと高レベルなアイテムボックス持ち」が活躍して(?)いて、生鮮食品の保存に役立っているという話は聞いていた。
しかし、ここにいる彼らが今までに過ごしてきた避難所にはそうした者がいなかったため、生鮮食品は十日と持たずに消費し尽くし、あとは保存用の食品でしのいでいる。栄養面では申し分ないと言えば申し分ないのだが、それはそれ。新鮮な食材というのはやはり特別だ。
幸いなことにここに連れてきている者にはアレルギー持ちはいない。そして、偏食もいない。となれば……
「イカそうめん!イカそうめんっすよ!」
「焼き網を牛タンで埋め尽くせ!ツラを揃えろ!隙間を作るな!」
「パック寿司とはいえ、アナゴが食えるとは!」
「うおおおお!牛しゃぶなんて何ヶ月ぶりだぁっ?!」
分量的には三百人前くらい出したはずだが、一時間もかからずに胃袋に収まった。
「うーん、体育会系というか、鉄の胃袋というか」
「なんて言うか、食い尽くした感があるわね」
司たちが感心しているところへ奥澤たちが改めて礼を述べに来た。
「ありがとう。全員生き返ったような顔つきになったよ」
「食べるってのは、いろんな事の基本ですねえ」
「まったくだ」
「ちなみに、どのくらいの食料があるんだ?」
「うーん、まともに確認したことがないから何とも」
だが、スタートダッシュでいきなり大型店舗をまわったと言っても、何百人、何千人単位に何日も供給できるわけでは無いと思う。
あくまでも自分の見える範囲、手の届く範囲に渡すのが精一杯としか答えられない。
「まあ、そうだな。だが、それでも……俺たちが頑張れるようになった。ありがとう」
そして、食事の礼というわけでは無いのだがと添えながら、政府の動きについて教えてくれた。
「拠点で農業ですか」
「いくつか種を植えたらもう芽が出たらしい」
「普通は一週間くらいはかかりますよね?」
「多分、それが領主の管轄している農地ってことなんだろうな」
収穫のスピード、量を見ながら、国として確保した拠点をどう運営するか検討していくそうだが、確認することがどんどん増えているらしい。
「と言うことは、拠点と拠点を繋いでいけば」
「ある程度の広さの安全地帯ができあがる。そしてそこで農作物を育てていけば、魚介類以外はなんとかなるかも知れない、と言う話だ」
一応畜産にもチャレンジするらしいので、肉類もなんとかなる目星もついたという。
その一方で、海を拠点に出来ておらず、魚介類はこれからの課題とのこと。
「日本人固有の課題ね」
「あはははは……」
今のところ、海のモンスター報告はあるが、大量にいるという報告は無いので、それほど心配は要らないと予想されている。しかし、海で何かあった場合の危険度は陸の比では無いため保留中だ。
そして、泣きながらパック寿司を食べた経験のある成海は、その件に触れない司のために感謝の正拳突き一万回くらいしそうな神妙な面持ちで頷いていた。魔法メインと言え、ステータス的には鍛えた人間をはるかに凌駕しているから音を置き去りに出来そうだ。
「あとは、そうだな……今から大がかりなボスモンスター討伐にかかるそうだ」
「大がかり?」
◇ ◇ ◇
「全員配置につきました」
「よし。奴の様子は?」
「マウンドに仁王立ちしているそうです」
「余裕と言うことか」
世界的なスポーツの祭典を始めとする各種競技大会の行われる、いわばスポーツの聖地。そこにある野球の聖地とも言われる球場周辺に陸自の部隊が展開していた。
「隣接する施設のボスモンスターは大したこと無かったが、ここは歴史が違うからな」
「そして奴もまた、知名度が高い分、強いだろうな」
作戦司令部として輸送トラックの横に広げられた機器の前で数名の隊員が操作しているのを、本作戦の隊長となった杉崎がじっと見守る。
「カメラ、接続します」
「おう」
スイッチを操作して元々の監視カメラの他、持ち込んだ固定カメラの映像がモニターに映し出される。
「マウンドにいる、コイツか」
「拠点コアも既に出ていますね」
「取れるものなら取ってみろってことか?」
「余裕があるところを見せつけているのか?だが、人間を舐めるなよ」
「予定時刻まで一分」
杉崎がマイクを手にする。
「無線つなげ……全員、用意はいいな。作戦は変更無し。定刻と共に一斉射。観客席からマウンドを狙うんだ、フレンドリーファイヤの心配はせず、確実に仕留められるだけぶちかませ」
「三十秒前」
既に日の落ちた球場のマウンドを何故か一つだけ生きている照明がボスモンスターをまるでスポットライトのように煌々と照らしている一方で、観客席で射撃体勢に入った自衛隊員たちの姿は闇に紛れて全く見えない。
「十秒前」
ヘルメットと仮面のようなものを被り、背中に大きな瓶を背負った背番号0698のユニフォーム姿のそいつが何かを感じ取ったらしく、組んでいた腕を下ろしてゆっくりとホームベース方向を見遣る。当然そちらにも自衛隊員が構えているが、まさか見えているのだろうか?だが、今更作戦変更など出来ない。
「撃て!」
球場の外にも響く轟音は、身軽にジャンプをしてかわそうとしたボスモンスターをあっという間に蜂の巣にした。メキシカンスタイルの空中殺法の動きが出来るとしても、足場になる物のない野球場で何が出来るものか。
「目標沈黙!接近して確認します」
「十分注意しろ、銃口は向けたままだ」
レンジャー部隊の数名を討伐完了確認に向かわせると、すぐに近くの車両に声をかける。
「区長、お願いします」
「う、うむ」
政治家としてはまだ若い区長が緊張した面持ちで降りてくる。屈強な自衛隊員に囲まれているとは言え、モンスターの本拠地に来ているのだから緊張するのも無理はない。
「こちらです」
杉崎が先導しようとすると、無線が入る。
「ボスモンスター討伐を確認しました」
「了解。引き続き周囲の警戒を」
ズンズン進み、マウンド脇の拠点コアまで。
「こちらです」
「ああ。ありがとう」
この一ヶ月を生き延びていた区長がコアに触れて、ようやくこの周辺の拠点獲得が完了となった。
ハズだった。
「何?!」
「拠点コアが?!」
彼らの目の前に、もう一つの拠点コアが現れる。杉崎たちが即座に区長の周りに立ち、周囲に銃口を向ける。
「総員警戒!何かおかしい!」
観客席にいる隊員たちが銃を構えるのを見るが早いか、すぐに一塁側ベンチから待避しようとした次の瞬間。
「ぐあっ!」
「何……うわっ!」
観客席から悲鳴が聞こえてきた。何者かに襲われているようだ。
「急いで脱出を!」
「はいっ」
区長を促して駆け足で出ようとするが、その何者かの襲撃が止まらない。
「この!……がっ!」
「なんでこんなっ……素早……!」
そして、杉崎の前方に黒い影が舞い降りるとスカートをはためかせ、そのまま一直線に駆けてくる。体型の割に恐ろしいスピードだ。
「うおおおおおおっ!」
自動小銃のマガジンすべてを撃ち尽くすつもりで引き金を引くが、素早く左右に動くそれに当たらず、そのまま体当たりを食らってしまう。
「ぐがっ……こなくそ」
だが、早めに銃による決着を諦めて放り投げたことが功を奏し、体当たりしてきたそれをそのままつかんで受け止め、勢いそのままに地面に叩き付ける。
「ぐあっ」
だが、そいつもこのままで終わるつもりはないのだろう。膝蹴りを鳩尾に食い込ませ、力任せに振りほどこうと手足をバタつかせるが、意地でも離さない。ここで離したらコイツを捉えることが出来なくなる。
「食らえっ」
動きが止まった一瞬を狙い、一人がそれの頭に銃口を突きつけ引き金を引くと、地面に赤いシミを作りながらようやく動きが止まった。




