(5)
何とか隙を突いてつかもうとしても、恐ろしい脚力でバックステップ。距離を取ったらすぐにターン。どうにか追いついても、体操選手もかくやと言うバク転でかわす。そして、こちらが観客席の椅子に引っかかったりしようものなら即座に死角から距離を詰めて殴る蹴る。
ただし、その体は見た目通りの着ぐるみらしく、殴られようが蹴られようが「ボフッ」という音と、少しの衝撃のみ。そして打撃によるダメージこそ小さいが、衝撃で転ばされるダメージは案外無視できず、あちこちに擦り傷やアザが増えていく。
完全に遊ばれていると言える。
つい今し方、村上を蹴り飛ばしたようにすればいつでも三人を殺れるにもかかわらず、それをしようとしないのだ。
まるで「いつでも殺せる。さあどうした?抵抗して見せろ人間ども」と言わんばかりに上下左右、縦横無尽に飛び回りながら小突いて転ばすのだ。目も口も固定されて動かないというのに、なすすべの無いこちらを見ながらほくそ笑んでいるかのような表情に見えて腹立たしいが、何しろその動きの素早さに全くついて行けない。
五分ほど飛び回ったところで一度大きく跳躍し、全員を見下ろす位置へトンと降り立つと、笑っているかのように腹を抱えてこちらを指さしている。
「何だよあのバランス感覚」
中井が言うのももっともだろう。こちらを指さして笑っているその位置は、椅子の背もたれ。幅数センチの湾曲したその上につま先立ちをしながら、全く体幹がぶれている様子が無い。そのつま先だって、着ぐるみ特有のでかい足だというのに。
「いつものバク転失敗するキャラはどこ行ったんだよ!」
中井の突っ込みに……人差し指を立てて、チッチッチと左右に振る。憎たらしいほどの余裕っぷりだ。
「ここは……奴の支配領域。あのくらいは造作もないか」
齊藤の言が正解。このドーム球場の真の主はこの着ぐるみなのだ。でかい図体故にロクに動き回れず、大雑把な攻撃しか出来ないドラゴンよりもよほどの脅威。このドームのことなら、ドアの開閉角度から、ネジの一本の締め付け具合まで全てをまるで自分の手足のように把握しているのだから、背もたれに立つ程度は朝飯前。おっと、すでに朝食はいつものように五枚切りの食パン二枚をトーストにして食べたあとだったか。
だが、この機会を逃す齊藤では無い。あえてあちらが動いていないのならと一気に駆け上がり、自身の能力の射程内に捕らえようと飛びかかる。
だが、そいつもボスとしての矜持はあり、油断は無い。まるで齊藤の能力を詳細に把握しているかのように、射程距離に入る直前に距離を取ろうと跳躍しようとした。
また、あの一方的な攻撃が始まるかと中井が覚悟した瞬間、ダダダッと聞き慣れない爆音が響き、その驚異的な跳躍力を生み出していた太ももから鮮血がほとばしる。
声なき悲鳴を上げながら姿勢を崩して落下するボス。そして爆音のした方へ手を挙げて制し、齊藤が駆け寄る。
「……手こずらせやがって……食らえ」
身をよじらせて齊藤の方を見たボスは、一瞬目を見開いたかのように痙攣し、ゴフッと血を吐き動きを止めた。
「よくやった」
「すごいっしょ」
落合が自慢げに自動小銃を構えてみせるので慌てて中井は距離を取った。アレに誤射でもされれちゃ敵わんと。
「なんつーか……お前、銃器の才能があるのかもな」
「今からでも自衛隊に入った方がいいのかしら?」
「やめとけ、今は時期が悪い」
自衛隊員の荷物から回収した銃器は気軽に使えるものでは無いのだが、落合は何となく「この四人じゃ、火力不足になるんじゃね?」と自ら使うことを宣言。動画サイトで使い方を見て、ここまでの間、動かなくなったモンスターを的に練習してきていたのだが、まさかここでジャンプしようとした相手を撃ち抜くとは。
下手なこと言って機嫌を損ねたら一番ヤバイ奴かも、と齊藤と中井は密かに認識を改めつつ、先ほど蹴り飛ばされて動かなくなった村上の元へ。
「ダメだな……」
うつ伏せの姿は人の姿はしているが、あちこちが曲がってはいけない方向へ折れ曲がっており、脈も呼吸も止まっている。
「いずれこういうこともあるとは覚悟していたけど……な」
「ああ」
「いい奴だったのに」
「そうだな」
三人は少しの間黙祷を捧げ、改めてグラウンドへ向かう。
「見えないけどカプサイシンが充満してるのがわかる空気って」
「何をどうしたらこういう作戦を思いつくんだろうな」
それぞれが勝手なことを言いつつもゴーグルとマスクを着けてマウンドへ向かう。
「ほい獲得っと」
これでドームを中心に半径一キロ強を支配したことになるだろうか。
「いないな」
「え?」
「かなり広い範囲が見えるようになったが、誰もいない」
「そうか……」
「みんな逃げたんじゃないの?ドラゴンがいるとか聞いたら普通逃げるでしょ?」
「ま、そうだな。わざわざやってくるのは俺たちくらいか、使命感あふれる自衛隊の皆様くらいだろうな」
「あとは……ふじさきつかさ?」
中井の言葉に齊藤は頷く。
「あいつが何を考えてドラゴンを倒したのか……そして、どうしてコアをそのままにしたのか」
「いや、この状態でコアは欲しくないだろ」
「それもそうか」
空気が悪すぎる、物理的に、と言う理由でドームを去ることにした。
村上についてはかわいそうだが、そのままに。一応毛布は掛けてやった。
「さて、これからどうする?」
「あたし、いい加減疲れたんだけど」
「そうだな。少し休むか」
ふじさきつかさがドーム周辺にいるだろうと考えて動いてみたが、蓋を開けてみればどこに行ったのやら。
この先どうするかを考える必要もあるし、落合の言うように疲れた。主に先ほどのボス戦で。
「あっち、ショッピングモールがあるぜ」
「何か残ってるといいなぁ」
のんきに歩いて行く二人を追いながら思う。ふじさきつかさがドームにいたならショッピングモールの中身は全部持って行ったんじゃないか?と。
◇ ◇ ◇
「ここで小休止」
「了解」
二十箇所ほどボスモンスターを倒したところで、休憩を取ることにした。全員の士気は高く、表情に疲れは見えていないが、時間を決めて休憩を取っておくのは大事である。
「いやはや……とんでもない速さでレベルが上がるものだと……驚きを通り越して、感想が出てこないね」
「それはどうも」
今まで一ヶ月、必死に、それこそ体を張り、命を賭けて戦ってようやく十前後に上げてきたというのに、藤咲司と合流し、連携した数時間でレベルが十以上上がっている。一から十に上げるよりも十から二十に上げる方が必要な経験値が多く、時間も労力もかかるはずなのだが、必要経験値の減少と獲得経験値の向上、そして圧倒的強者の三人が引っ張り上げていくレベリングは子供の頃にRPGでよく遊んでいた隊員にとっても意味不明な成長速度である。
そして、レベル二十程度まで上がると、身体能力が大きく向上したと実感出来るようになる。今までは出来なかったような速さで駆け抜け、とても受け止められなかった攻撃に耐え、打ち破れなかった防御を破れるようになる。だが、その能力に脳がすぐに追いつけず、休憩に入りながらも奥澤は体を動かして感覚になれておくように全員に言い含めていた。実際、三名ほどが体の動きに振り回されて自爆、軽傷を負っているので、全員がその場で腕立て伏せをしてみたり、垂直ジャンプをしてみたりして感覚をつかもうとしている。
「この調子でレベルを上げるとして、いつ頃城に行けるだろうか?」
「城か……寿姉は最初、城に行ったんだよな?」
「うん」
「どうだった?」
詳細は聞いていたが、一緒に聞くと新たな発見もあるだろうと話を促す。
「巨大骸骨か」
「天守閣と同じくらいのサイズだったかなあ」
かなり小ぶりの天守閣ではあるが、それでも二十メートル弱はあるから、かなり大きなモンスターだろう。




