(2)
確認しなければならない事?
この期に及んで一体何がまだ残っているのだろうかと、恐る恐る寿の顔を窺うと、耳まで真っ赤にしながらこう言った。
「その……感想よ」
「感想?」
「そう。感想」
「……加熱などにより水分を飛ばす」
「それは乾燥」
「マラソンなどを最後まで」
「完走ね」
「歌の途中で楽器だけの演奏が流れる」
「それは間奏……って、そう言うのはもういいから!」
「で、感想って、何の感想だよ?」
「見た目、完全にお姉ちゃんじゃない」
「お、おう」
そうだな。違いは髪の長さくらい。同じ服を着て髪型を揃えたら見分けがつかないレベルだ。
「だから……その……」
「え?」
まさかと思うが、そう言う事?いや、そう言われても、「姉と同じ姿だな」とか「いちいち着替えるの面倒くせえ」「手足が短くなって不便」とかそういうのしかないんだが、それを言うとまた……そう思っていたら意外なところから援護射撃が来た。
「はいっ!柔らかくって、抱き心地最高でした!」
「は?!」
「ちょ!」
寿が完全に固まった。
誤解を招く発言というか、誤解だけ生み出す発言だった!
「あ、あのな寿姉」
「つ……司ちゃん?」
「いやあ、ホントなんて言うか、こうふにっとして」
「成海さん!」
「い、一体何をしていたの」
「寿姉!ちょっと落ち着いて!」
「こう……ちょっと高めの体温とか」
「ちょっと黙って!」
「司ちゃん?」
「ひいいいっ!」
目のハイライトが消えてるんですけど?!
考えろ、考えるんだ。この状況、どうやって乗り切ればいい?
ああ、ダメだ。寿がゆっくりとこちらに向き直って、一歩踏み出してきた。射程距離まであと3歩。時間が無い。クソッ……こうなったら、使うと一定期間上機嫌になるどころか上機嫌になりすぎる恐れもあるアレを使うしかないか。自身の精神をガリガリと削っていくのが大きな欠点だし、連続使用は逆効果になるが、進学と同時に別々に暮らすようになって3ヶ月程。大丈夫、行ける。
「寿姉!」
「何かな?司ちゃん」
一度俯き、ゆっくりと顔を上げて、しっかり顔を見つめながら必殺の一言を放つ。
「寿姉は、ボクの事、信じられないの?」
「え?」
一人称を変えるというブーストもかけてさらに追撃だ。
「ボク……寿姉に言えない事なんて、何もしてないよ?」
「う……そ……それは」
あと一押し。ゆっくりと顔を伏せてとどめの一言。
「ボク、寿姉に信じてもらえないなんて……悲しいよ」
「司ちゃん!お姉ちゃんは信じてるわ!」
「私も信じてる!」
二方向から抱きつかれた。寿はともかく、成海はスタイルもいいので実にアレだよ、アレな感じなんだが……ホッとしたという方が強くて何とも……と言うか「私も信じてる」って意味がわからん台詞だな。
「ちょっと!私の司ちゃんよ!」
「いいじゃない、ちょっとくらい!」
「むう……」
寿が睨み付けているが、それ逆効果だぞ。成海の体が妙に震えてる……と思ったら、何かを思いついたらしい。
「こ……このひと月の間、ずっと一緒に生き延びるために手を取り合ってきたのよ!」
「うぐ……」
うわ、ゾクゾクするって顔になってる。
「わ、私なんか生まれたときからずっと「ハイハイ、二人ともそこまで!」
「ぶう」
「えー」
両者不満げだが、何に対して不満なのか、聞くのは怖いからやめておく。
「ところで司ちゃん」
「何?」
「コレで自衛隊に合流したらどうなるか、考えてる?」
成海の疑問はもっともだ。
「何とかなるでしょ」
「うん、そう思う」
「姉弟、息ぴったりねぇ。で、その根拠は?」
「コレがユニークスキルで、ステータスアップをもたらすと言えば、まあ納得してもらえるかなと」
「そう?」
「あとさ、合流する理由の半分くらいは俺の『先導』だろ?」
「そうね」
先導の効果はレベルアップの補助とステータスの補強だが、正直なところレベルアップの補助は少し微妙かも知れないと思っている。
確かに、レベルアップに必要な経験値が減るのは大きいが、経験値が分配されてしまうと言うのがネックになる。現状は三人だが、これが十人に増えたら一人あたりの経験値が十分の一になる。もしも、合流した自衛隊員全員を同行者に出来た場合、何十分の一になる。ボスモンスターを頑張って倒したのに、経験値が二桁止まりとかありそうだ。だが、ステータスの補強は、人数に関係なく発揮されているようだとなると、
「ステータス補強のためにこのスキルの使用は必須です、で押し通そうかと」
「なるほど」
もちろん、色々言われるんだろうけどね、と付け加えつつ、シメの一言を告げる。
「そろそろ行こうぜ」
「あ、そうね」
「うん」
外に出てみると、天気は今ひとつで、少しぱらついている。司と成海はそれぞれ、デリバリーで活躍する――と言うか、ピザ屋のロゴがついたままだ――屋根付きの原付を出したのだが、寿が出したのは同じデリバリー系でも、四輪の超小型BEVだった。
「寿姉、それで行くのか?」
「そうだよ?屋根あるし」
「……充電は?」
「大丈夫!」
「え?」
「実はね、改造したの!」
「改造?」
昨夜なんだか一人でガタゴトやっていたのは知っているが、何をどう改造したというのだろうか?
「もともとついてるバッテリーを」
「バッテリーを?」
「外して」
「外したら走れないだろ」
「そう思うでしょ?」
「「いやいや、電気自動車なんだから走れないでしょ?!」」
「電極のところにコードを繋いでこうしました!」
司と成海の突っ込みに、家電についているようなプラグのついたコードを掲げてみせる。
「それで、どうなるんだ?」
「こうするの!」
シャツを少しまくって、そのままプラグを差した。
「「は?」」
意味がわからないんだが。
「ここに、コンセントを用意して、それで発電すればいいのよ」
「発電出来るんだ」
「出来るよ」
「それ、ガソリンとか使うのか?」
「全然」
つくづく不思議な体になったものだと感心するしかない。
「ま、行くか」
「ええ」
「行きましょう!」
なるほど確かに普通に走れるようだ。
「どう?すごいでしょ?」
「そうだな」
道をそのまましばらく走ると、すぐに高速道路が見えてきたので、それに沿うように北上。しばらく進んで、インターチェンジが見えてきたのでそのまま登っていく。それなりに自動車が残ったままで走りにくいと言えば走りにくいが、下道を走るとモンスターに遭遇するおそれがある。戦って負ける事はないだろうが、時間のロスになるし、何より、自衛隊と合流してから戦った方が都合がいいだろう。自衛隊員たちのレベルアップ的な意味で。
やがて、合流地点にした川沿いの道が見えてきたところで原付を止めて防音壁をよじ登って下を見る。
「このくらいなら行けるだろ」
「アバウトねぇ」
司の身体能力なら全く問題ないどころか、成海でも問題なさそうな高さにしか見えないが、念のため先に寿が下に降りて下で受け止める事になった。
「次、司ちゃんね」
「はいよ」
寿が強く主張した結果、先に成海が飛び降り、寿が難なくキャッチ。もちろん二人ともダメージゼロ。そして次は司の番だと……寿の鼻息が荒い。
「何か、すごく嫌」
「え?なんか言った?」
「別に何も。行くぞー」
「ばっちこーい!」
飛び降りた結果、寿がコレまた難なくキャッチ&お姫様抱っこにして、しばらく下ろしてもらえなかったのだが、それはまあ……別の話である。




