(1)
「司ちゃん、今日のガチャは?」
「ん?ああ、メシ食ったあとにな」
昨日寝る前に「忘れてた!」とあわててやって★3、HP十%回復薬だった。
「さて、朝飯は何を食うかな」
「私はこれにするわ!」
「んー、これかな」
各自がアイテムボックス持ちだと、手間がかからなくて良いが、全員違う物を選ぶという結果も生む。
寿は世界で一番売れている即席カップ麺のシーフード味、司はコンビニおにぎり三個に鶏の唐揚げ、成海はサンドイッチ――ミックス、ポテサラ、カツサンドの三パック――をチョイス。
「寿姉は相変わらずシーフード味だな」
「これ好きなんだもん」
「そればっか食ってるとお袋に叱られるぞ。野菜も食えって」
「司ちゃんこそ、野菜食べてないじゃん」
クッ、ツナマヨ、焼鮭、明太子……野菜要素と言えそうなのは海苔くらいか。
「そういう寿姉はどうなんだよ」
「キャベツとかネギとか入ってるよ」
「それ、野菜食ってるって言わないレベルだよな?」
姉弟の何気ない会話を見るに見かねて成海がミックスサンドを差し出した。
「少しは野菜の足しにして!」
「いや、そのくらいなら俺も持ってるし」
「うんうん。ただ単に、今朝は食べる気分じゃないってだけ」
息ぴったりな姉弟ねと、感心した。
「「「ごちそうさまでした」」」
片付けたところで、ガチャを開始する。
「わくわく」
「昨日も見てたと思うけど、俺以外にガチャは見えないからな」
「でも、カプセルは見えるし」
「まあ、それはそうだけど」
期待している寿の目の前でガチャを実行。
「★5、完全回復薬」
「やったね」
回復薬はいくら有っても困らない。成海の感想はもっともだ。が、寿の表情は今ひとつだ。
「どうした?」
「微妙。昨日も回復薬だったし」
「微妙とか言うな。ドラゴン戦では大活躍したんだぞ」
「それはそうだけどお」
対モンスター戦でダメージらしいダメージを受けた事がないから言える台詞だよな。全くもって頑丈な姉だ。
そんな感じで出発準備をしていたら……性別転換が使えるようになっていた。
さて、どうやって誤魔化そうか。
性別転換スキルはよくわからないところが多い。
単純に言えば、日に一度性別を入れ替えることができて、入れ替えるたびに全てのステータスが+1されるというスキルだ。
司の場合、運はMAXなので+1されても何も実感がないが、他のステータス……特に力や素早さは+5を超えたあたりから目に見えてその違いを感じるようになってきた。そして今やこのスキルで底上げされる数値だけでレベル1の人を軽く超えていて、超人的な動きの底上げに一役買っている、実にありがたいスキルだ。
これをリセットしたりしたら、今の状態まで持ってくるのに一ヶ月かかる。寿がいるからという理由でこのスキルを封印するのはあまりにも惜しい。
だが、これを見たら家族はなんと言うだろうか?
両親は意外にすんなり受け入れるのではないかと勝手に思っている。
父は「それが役に立つなら存分に使え」と言いそうだし、母に至っては「あらまぁ、それじゃあお洋服用意しないとね」と、違う意味で……実に斜め上の方向で、返事に困ることを言いそうだ。
だが、寿は……
一.特に何も無いどころか歓迎気味
「これが強さの秘密だったのね!」と好意的に解釈してもらえる。
二.とりあえず小言の一つ二つ
「どうしてもっと先に言ってくれなかったの?!」と言うだけ言うが、それだけ。
三.正座お説教三時間コース
このスキルは便利に使っているが、スキルそのものを司が望んだわけでは無い。だが、「司ちゃん、他にも何か言えない事があるんじゃないの?とかとんでもないことを言いそうだ。
一番いいのは一。二もまあ弁明が少し手こずりそうだが許容範囲内だろう。
だが、答えはきっと三だろうな。せめて三十分程度に納めたいところだ。
「あ、しまった」
寿をどうにかクリアしてもこのあと自衛隊と合流する。
両親から「息子」と伝わっているし、電話の声で男だというのもわかっているはず。なのに、どこからどう見ても双子姉妹になってしまったら……うーむ。
「なるようになれ、だな」
まず、トイレに行く。さすがの寿もトイレにまでは着いてこない。これが夜中だと、「大丈夫?怖くない?お姉ちゃんが一緒について行こうか?」となるのが一人暮らしを始めるまでの定番ネタだった。さすがにもうやらないよな?確認しないけど。
「性別転換」
一回り小さくなった体に合わせて着替えると……
「幻影魔法で俺の元の姿をかぶせる……お、いい感じかも?」
鏡には性別を変える前の姿が映っている。動きにも違和感はなさそうだ。
「ヨシ」
指差し点検する猫のポーズを取ってからトイレを出て戻る。頼む、バレないでくれ。
「司ちゃん遅い!」
「スマン……大」
「う……」
軽いやりとりの後、ビルを出て原付を出す。
「さて、行くか」
「ちょっと待って司ちゃん」
「何だよ?」
「それ……何?」
「え?それって?」
ふと成海を見ると、両手で×を作った後、被っているヘルメットを指でトントン。そして喉のあたりをトントン。何やってんだかわからんが……
「司ちゃん、ヘルメット、どこに被ってるの?」
「ヘルメット?そりゃ頭に……あ」
背が縮んだところに元の背の高さで幻影をかぶせ、そのままヘルメットを被った結果……幻影の司は何も被っておらず、ヘルメットは体にめり込むという……一昔前の安い3Dゲームにありがちなひどい状態になっていた。
「司ちゃん?」
「はい」
「何をどうしたらそうなるのか、お姉ちゃん説明が欲しいなあ」
笑っていない笑顔を見ると同時に、まるで流れる水のように滑らかに正座。そしてそのまま幻影魔法を解除する。だが、ヘルメットは被ったままなので、ただ単に体が縮んだように見えるだけだ。
「どういうことなのかしら?」
「えっと、つまり、その、何だ。そうそう、あれだよあれ!その、何て言うか、こう……あるだろ?」
「司ちゃん」
「はい」
「ヘルメットを脱いで、ちゃんとお姉ちゃんの目を見て話しなさい」
クソッ、何も言い訳が思いつかないが……仕方ない、腹をくくろう。
「実は……こういうわけで」
「え?……え?え?……ええええええっ?!」
「まあ、驚くよな、ハハハ」
とりあえず固まったままの寿に事情説明をする。ユニークスキルを得ていた事。ステータスが上昇するのでとても便利だという事。
そして、寿がアパートに来たときは何となく言い出せなかったことを正直に謝罪した。実際に見ないと信じられないだろうし、寿の出発を優先したのもあったからで、決して嘘をついたり誤魔化したりしようとしたわけではないと必死にアピールもする。
「じゃあ……どうして姿を?」
「言い出すきっかけが中々作りづらくて、こう……あからさまにしておけば説明しやすいかなって」
いわゆる突っ込み待ちだな。
「むう」
「だってほら、今から性別を変えます!なんていきなり言ったら、寿姉はこう言うだろ。『頭打ったりした?』って」
「それは……うん、そうかも」
うーん、と唸りながら寿が司の両頬をグイッとやってじっと見つめる。
「あ、あ、ああ……ああああ……」
「ん?」
成海が不思議な声を出したので寿がそちらを見ると、ジリジリとにじり寄ってきていた。
「ステイ!」
ピタリと停止。
「シット!」
ザザッと正座。
「グッド」
にへら、と笑ったのを見てうなずくと改めて司の顔を見る。
「うーん」
「な……何かな?」
「私、こんな顔だっけ?」
「そう言われても、何とも答えようが無いというか」
双子故にそっくりの姿は、鏡で見る左右反転とは違い、見慣れているようでもあり新鮮な感じでもあり、思わず角度を変えてあちこちから見てしまう。
「はあ……尊い」
「司ちゃん」
「何かな」
「アレ……いったいどういうこと?」
「ただのカワイイもの好きがいい感じに拗らせているというか……そんな感じ?」
「はあ。まあ、そういうものとして受け入れるしかないのね」
「実害はないからな」
姉弟揃って現実を受け入れる器の大きさは同じくらいあるようだ。
ふう、とため息をついてスッと姿勢を正すと、左手を腰に当て、ビシッと司に指を突きつける。
「ところで!司ちゃんに一つ聞きたい、確認しなければならない事があるわ!」




