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ドラゴンの攻撃をしのぎ、とっさの判断で反撃に転じるべく動き出した城○内君。
だが、あと一歩まで追い詰めたところで怒り狂ったドラゴンに食いつかれてしまった……!
ドラゴンの鋭い牙と強靱な顎によって、すべて引き裂き、食らい尽くそうというのか?!
頼む、耐えてくれ城○内君……勝利は目の前なんだ!
◇ ◇ ◇
「司ちゃんがいるのはあのドームね!」
あと百メートルもない距離。探知の反応は司がドーム球場内にいることを示している。そしてそのすぐそばにモンスター……ミッドDドラゴンと人間がもう一人。動き回っているところから戦闘中だろうと判断する。
「全くもう……お姉ちゃんが来るまで待ってればいいのにっ」
連絡手段もないのに無茶を言うが、当然自覚はない。
飛びながらガソリンを入れたペットボトルを飲み干してドームを見つめる。さて、どうやってドームに入るかって?考えるまでもない。
「屋根を突き破るのが一番楽ちん!」
球場の見取り図なんて持っていないし、このご時世、屋根が少し壊れたくらいで文句を言ってくる者もいないだろう。
「さあっ!行くよっ!」
◇ ◇ ◇
逃げるべき。でも、それはつまり、司を見捨てるってこと?そんな事、出来るわけがない。でも、アレはもう……一瞬の逡巡の後、見えたのはかすかに動く司の左手。あふれ出ている真っ赤な液体で表情は見えないが、耳をトントンと叩いてる。え?何それ、どういうこと?とりあえず、耳を塞げばいいってこと?
とりあえず両手を耳に当てた瞬間、絶叫が響き渡った。
「グアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」
その音波だけでいくつかの照明のガラスが割れたし、全身を震わす振動で成海も立っていられない。だが、一体何が起きた?
「成海さん!凍結球!」
へ?司ちゃんの声?
思わず見た先には、間近で絶叫を聞いたせいで少しフラつきながらも、ドラゴンの頭をバットで指し示す……傷一つ見当たらない司の姿。だが、なぜかゴーグルに防塵マスクをしている。と言うか、なんで普通に地面に立っているの?何がなんだかわからないが、言われたとおりにやってみよう。
「氷結魔法レベル五!凍結球!」
かざした掌の前に生み出された青白い球がドラゴンの頭をめがけて撃ち出されると、なぜかドラゴンがそちらを向いて真っ赤に染まった口を開き、そのままパクンと飲み込んだ。そして数秒、喉のあたりからパキパキと音をさせて首の半ばより上が凍り付き、ゆっくりと倒れていった。
「作戦成功!」
ドラゴンをいらつかせる作戦は見事にはまった。そして、煙で姿を隠したことでさらにいらだったドラゴンは幻影魔法で司の姿をかぶせて走らせたマリオネットに食らいついた……マリオネットが走りだした途端に転んだのは想定外だが、結果オーライだ。そして、マリオネットの骨格標本のような体に押し込んだ危険物を咀嚼し、飲み込んで、絶叫した。あそこまでデカい声が出るとは思わなかったが。
危険物、と言っても色々な意味があるのだが、今回は輸入食品の店で回収してきたハバネロ、ブート・ジョロキア、キャロライナ・リーパーといった鮮やかを通り越して危険な赤い色の粉末やらなんやらを死のソースと名付けられたアレに溶かして――あまり溶けなかったけど――ビニール袋に詰めた物。スコヴィル値のインフレーション、カプサイシンのバーゲンセールだ。マリオネットの強度は大したことがないし、そもそも三十秒で消える。そして、ビニール袋なんてドラゴンの牙の前では無いも同然。上空から降り注ぐ危険な香り(物理)漂う赤い液体を避けるのが大変と言えば大変だが、その程度。とは言え、そこら中に振りまかれたのでゴーグル越しでも目にしみるのが難点か。
そして、辛さというのは一部の鳥類を除けば、だいたいの生物が感じる味――厳密には痛み――だ。ドラゴンが辛さを感じるかちょっとした賭けだったが、どうやら賭けに勝ったようだ。
そして、口から喉にかけて火のついたような状態のドラゴンは完全に理性を失い、熱さと錯覚する辛さをどうにかしようと、冷たさを感じる凍結球を迷うことなく飲み込んで凍り付いた。
ゆっくりと倒れてくる首を見上げる。あそこに攻撃を当てれば多分首を叩き砕くことが出来るだろう。だが、少し位置が高い。ジャンプして届くか?タイミングに気を遣うが……そんな司の耳に、なぜかジェット推進音が聞こえてきた。
「ったく、いいタイミングで飛び込んできたもんだ」
だが、頼もしい味方がやって来たのなら何とかなるだろう。
「行くぜ!」
落ちてくる首めがけてバットを振り上げながら飛び上がる。大丈夫、あの姉はきっとこちらの位置をずっと探知で見ているハズ。位置がズレることはない。
◇ ◇ ◇
「何だ、今のは……」
「怪獣映画じゃよく聞く声?……だが……」
「っ!危ねえっ!」
「うわっと!」
ミッドDドラゴンの討伐が行われないと、せっかく手に入れた拠点が戻されてしまうと言う事で、斉藤たちもドーム球場に向かっていたのだが、球場が見えてきた頃に響いてきた絶叫で足を止めた。
ドームの中から聞こえてくるその大音量は、ドーム球場のガラスだけでなく、周囲のビルの窓も粉砕しており、四人はあわてて近くのビルに飛び込む。降り注ぐガラスが落ち着くまで待つしかないか。
「今の……まさか?」
「藤咲司だな。おそらくミッドDドラゴンと戦っているんだろう」
「え、アイツ、ドラゴンに勝てるくらい強いのか?」
「知るか。だが、他に考えられる相手が思いつくか?」
「いや、いないな」
「だろ?で、多分、藤咲の勝ちだな」
「だろうな」
あれは威嚇の咆吼と言うよりも、悲鳴と呼ぶにふさわしい絶叫。トドメの一撃か、トドメに繋がる攻撃か、そのいずれかでドラゴンが悲鳴を上げた。そんなふうに聞こえた。
「戻るぞ」
「え?」
「拠点が維持出来るなら、誰が討伐してもいいだろ」
「それはそうだが、藤咲をやらないのか」
「……ドラゴンを討伐したら、あのドームは藤咲の拠点になる。ドラゴンを倒せるような奴のホームで戦って勝ち目なんかあるか」
「なるほど」
「それにここに来るまでの戦闘でボスを倒すコツもつかめてきた。アイツの異常なレベルアップは気になるが、俺のスキルならレベル差を埋める事も出来る」
「そうなのか?」
「ああ」
確かにレベルによるステータスの差をひっくり返すのは簡単ではない。だが、斉藤のスキルはそんなものをひっくり返すだけの力があるハズだ。
「こっちだ」
「え?」
「ドームの周りのボスを倒して、囲む。俺の拠点で戦うなら……どうなる?」
「ふむ」
「そうだね」
異論のある者はいない。
◇ ◇ ◇
樹脂製の屋根を突き破る直前に響き渡った絶叫には少し焦ったが、そのまま屋根を突き抜けると、頭から首にかけて凍り付いたドラゴンがゆっくりと倒れていくところ。司はちょうどその首の下にいて見えないが、探知が見せる姿はそのドラゴンに向けて攻撃をしようとしているように見える。
「姉弟の絆の見せ場ね!」
心得たとばかりに拳を固め、ジェットを全開。司の位置に向けて叩き込めばドラゴンなんて敵ではない。
◇ ◇ ◇
位置もタイミングも力加減もドンピシャ。
司の伝説のバットから繰り出される一点集中攻撃と世界一を誇る腕力のパンチがぶつかり合い、ドラゴンの強固な鱗はもちろん、しなやかな弾力で衝撃を吸収する筋肉も、あらゆる衝撃に耐えるだろう骨も砕き――もちろん、凍結によって脆くなってたせいもあるが――千切れ飛んで落ちていく。
『ミッドDドラゴンの討伐が完了しました。ミッドDドラゴン討伐ミッション完了です』
ミッションコンプリート。どうにか制限時間に間に合ったようだ。
……さて、どうしようか。ドラゴンの首からほとばしる血と砕かれた氷で互いの姿は見えないが、今のこの姿を姉が見たら何というか……




