表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
  作者: ひじきとコロッケ
七月二日
114/176

(9)

 爪や骨などの硬い部分のすぐ上、尻尾の先のような先端部分、ダメージは大したことがなくとも、痛みだけは強烈になりそうな部分を的確に狙って攻撃を繰り返す。こんなことでドラゴンが倒せるとは思っていない。だが、タンスの角に小指をぶつけたときの、身動き出来なくなるほどの痛みと、タンスに対する恨み言を吐きたくなるような気持ちは人間もドラゴンも似たようなものらしい。そしてこんなことでドラゴンの意識をこちらに引きつけ、魔法攻撃の隙を作り出すことができればダメージを与えられる。ドラゴンもバカではないから、こんな単純な作戦が通用するとは思っていなかったのだが、最初のタマネギの汁で混乱したところに頭の先まで突き抜けるような痛みを連続して与え続けた結果、冷静さを取り戻す余地がなくなっているようだ。

 そして、司があちこち動き回るのを目で追っていたら、これまた同じように移動し続ける成海の位置を正確に把握し続けるなど、簡単には出来なくなる。


「ガアアアアッ!」


 司のいる位置に向けて尻尾を振り下ろし、足で踏みつけるが、


「あっぶねえ!」

「グアッ!」


 絶妙なタイミングで回避しつつ、避けた動きで手に持ったバットが当たり、いい音をさせる。いい感じに関節部分、骨が突き出しているところを叩くので痛い。痛いだけなのだが、それがとにかく頭にくる。


「もう一発……岩石の弾丸!」


 ガツン!と放たれた魔法が首筋に直撃する。四つの魔法を切り替えながらの攻撃は少しずつだが効果を見せており、頑丈なはずの鱗が一部剥がれ落ちていた。




「狙うなら首」

「首?」

「そ。あの長い首。寝そべってる姿勢、見たでしょ?」

「見たけど……あ、そういうことか」


 胴体はほぼ真っ直ぐであまり柔軟に曲がるように見えないが、首はきれいに曲げて寝そべっていると言うことは柔軟性が高いと言うこと。つまり、鱗も少しは柔らかい可能性が高い。




 それなりに頑丈ではあるが、急所でもある首をしつこく狙われ続け、成海の方へ攻撃を、と視線を向けるが、足元をうろちょろしている司が視界に入り鬱陶しい。


「よそ見してる余裕はないぜ!」


 成海の方を向いた瞬間にバットで足を殴りつけてすぐに距離を取る。そして、司の方を向くと、死角から魔法が飛んでくる。攻撃の一つ一つが決定打にならない代わりにいちいち気に障るという、地味にいやらしい攻撃が続いていた。

 司たちがこれまでに遭遇してきたモンスターは三つに分類出来る。ゴブリンや狼などのような生物タイプ、ゴーレムのような魔法生命タイプ、スケルトンやゾンビのようなアンデッドタイプだ……スライムが生物タイプかどうかは議論の余地がありそうだが。

 そして、生物タイプの場合、細かく観察しているわけではないが、食事や睡眠を必要としているようだから、普通の生物が苦手とすることはだいたい苦手だろう、というのが今回の作戦の(かなめ)だ。

 ドラゴンはモンスターとして頂点に君臨するほどの強者だ。だが、生物であり、それなりに高い知能を持つと言うことは「ただ単に痛い」「小さいのが周りをうろちょろしていて鬱陶しい」「タマネギのような刺激物が目にしみる」といった、ちょっとした刺激が繰り返されると過大なストレスとなり、まともな思考が出来なくなるのではないか。そしてその結果、苛立(いらだ)って普段通り……すなわち、その能力を十分に発揮した戦闘は行えなくなるだろう。そう考えた末の作戦が、うまくはまっている。

 だが、それでも相手が絶対的強者であることは変わりなく、こちらの攻撃もほとんどダメージと呼べるほどのモノになっていない。成海が高レベル魔法を撃てば、かなりのダメージが期待出来るが、MP消費が大きいと気持ち悪くなるらしいので、ここぞというタイミングを狙いたい。そう、まだあわてるような時間じゃない。




  ◇  ◇  ◇




 避難所の朝の厨房はそこらの最前線が暇人の集まりに見えるほどの戦場と化す。


「ご飯、あと五分くらいで炊けるよ!」

「味噌なくなった、誰か取りに行ける?」

「大根おろし、ここに置いておくぞ!」


 千人単位の食事の用意というのは、まさに戦場。戦う覚悟の無い者を寄せ付けない過酷な現場だ。だが、そんな戦場から少し離れたところでは、のんびりとした空気も流れる。


「あなた、そろそろ時間よ」

「う……うん……今、何時……ああ……」


 今朝の炊事当番ではない碧がそろそろ時間だと典明を起こす。だが、熟睡している枕をそっと膝枕に変えたら起きてくる者も起きてこなくなるんじゃないだろうかと、衝立で見えない向こう側で何をしているのか想像し苦笑しつつも、平和とか平穏とかそう言うのを一日も早く取り戻したいと願う。


「よく寝た……気がしない」

「無理はしないでね」

「ああ」


 負傷者の対応で朝の四時頃まであちこち走り回り、倒れるように横になったら五秒で爆睡。体のことは心配だが、目が「まだやれる、大丈夫」と物語っているので、本人の好きにさせようと思う。


「寿は司のところに着いたかな」

「さっき、メッセージが届いたわ。今日中に会えるハズって」

「そうか。よし、それじゃ……行ってくる」

「はい。頑張って」


 身支度を終えた典明はすぐに部屋を出て軽く朝食、そのあとはまた負傷者の対応やら何やらだ。こんな日がいつまで続くのか。一日も早く終わって欲しいと碧は願う。周囲の者達も、ほぼ毎日のように見せつけられるイチャラブなやりとり――いや、人前ではしていないが――から解放されたい、と願っている。二人とも避難所の仕事はキッチリこなしているし、夫婦仲が良いのはいいことだから文句は言わないが。

 そんなのんびりした空気も壁一枚隔てるだけで相変わらずの戦場だ。


「ところで、昨日のおにぎりの具、鮭を焼いたのって誰?」

「えーと、今朝は当番じゃないけど、藤咲さんの奥さんよ。何があったの?」

「焼き加減が好評だったみたいだからお願いしたいんだけど、ああ、もう!誰か代わりに焼いて!手が足りないわ!」

「藤咲さんなら、呼べば来てくれそうだけど」

「頼りっきりも良くないでしょ!当番制なんだし!」

「こっちが片付いたから鮭焼くけど、いいか?!」

「お願い!」




  ◇  ◇  ◇




「おりゃっ!」


 ガチン!と足の爪付け根を叩き続けること数十回。これだけ叩き付けてもゆがみ一つ見えないあたり、伝説のバットという名は伊達ではない。内心「ちゃんと野球で使ってやれなくてスマン」と謝っておく。

 そして、ドラゴンの方は内出血を起こし、腫れ上がってきて痛みが麻痺してきたらしく、注意を引きつけづらくなってきた。マズい。思った以上にドラゴンが頑丈で成海の魔法によるダメージが今ひとつだ。チラリと目線をやると、手を振って合図してくる……回復薬が残り半分、今から飲み干す、と。撤退?いや、逆だ。仕込みは十分と考えようと、距離を取ると見せかけて足のかかと部分を殴りつけて、


「ガアアアアアアッ!」


 骨のある部分はやはり痛いのか、こちらを向いた。そしてその鼻先を狙ってアイテムボックスから出した物をぶちまける。


「花火、爆竹大盤振る舞い!遠慮せず食らえ!」


 光と音と煙が炸裂し、一瞬だがドラゴンの視界から司が消える。


「グルアアアアアッ!」


 だが、冷静さを欠いているとは言え、ドラゴンはすぐに立ち直り、ブワッと鼻息一つ。すぐに煙が晴れ、思った以上に離れた位置にいた司の姿を捉えると、そちらに向けて口を開く。


「げ……」


 立ち直りが早い?!予想以上のドラゴンのタフネスぶりに動揺し、一塁ベースに(つまず)いた。


「うわっぷ」


 どうにか転倒は免れたのだが、一瞬ではあるが動きが止まる。そこへ、


「ガアアアアッ」

「ぐあっ!」


 かなり頭にきていたドラゴンが迷うことなく一直線に首を伸ばし、司に食らいつく。タマネギの汁に爪の付け根やら尻尾の先だけしつこく叩き続けるしつこい動き、そして今の目くらまし。全くもってこの矮小な生き物には腹が立つ。特に腹は減っていないし、こんなサイズでは腹の足しにもならないが、食い殺してやろう。そう考え、そのまま巨大な顎で体全体を挟み込み、バリバリと引き裂く音と、赤いものをまき散らしながら空中へ持ち上げた。


「司ちゃん!」


 食いついたところでドラゴンは思った。このまま飲み込んでもいいが、まだ活きがいい。喉や腹の中で暴れ回られては困ると。その前に自慢の牙で数回噛み砕いて静かにさせてやろうと、上を向いて落とさない位置にすると数回顎を動かす。バリバリと骨を砕く音と飛び散る赤い液体。口の端から赤く染まった頭と左腕だけのぞかせているる司はみるみるグッタリして動かなくなった。

やめて!ドラゴンが本気を出して、ガチ戦闘なんて始めたら、まともな戦闘シーンのなかった主人公なんてあっという間に倒されちゃう!

お願い、死なないで!あんたが今ここで倒れたら、この作品の行く末はどうなっちゃうの?

HPはまだ残ってる。ここを耐えれば、勝てるんだから!


次回「城○内死す」

デュエルスタンバイ!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[気になる点] >藤咲司 レベル88 (396/880) >力: 76(+32)  ワイバーンと戦闘中?後?のステータスだけど、これだけあってドラゴンにまともなダメージを与えられないんか……。  一…
[一言] 城之内寿司(誰うま
[良い点] 後書きの次回予告のこれは反則です(笑)
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ