(9)
「さてと……そろそろでしょうか?……どうぞ」
「そうですね。念のため、現在の高度と速度、方角を教えてください、どうぞ」
「あ、はい。えーと高度が……」
空港はまだずっと先だが、早めに高度を落としていく。
今日初めて操縦桿を握ったド素人が、飛行機事故が一番起こりやすい着陸を行うのだからと早めに低空で安定させ、落ち着いて操縦出来るようにしようという配慮である。
そしてさらに、着陸に向けての操縦レクチャーが始まる。本来、綺麗に安定した着陸のためには色々と細やかな操縦が必要だが、とてもそんなことは出来ないので、大雑把にこう言う流れです、というのを教わる。
「それじゃ、着陸の時に結構揺れるって事ですか?」
「そうですね。えーと、これか」
小倉がスイッチを捻るとマイクに向けて話し始める。
「乗客の皆様、私はキャビンアテンダントの小倉です。当機はこれより予定を変更し、新千歳空港へ緊急着陸を行います。なお、着陸の際には機体の大きな揺れが予想されます。皆様、着席の上、ベルトを締めて乗務員の指示に従って下さい」
滑らかなアナウンスだが……
「小倉さん」
「はい?」
「他の乗務員さんって……」
「いますよ」
「でも、怪我してますよ?」
「承知の上です」
小倉の顔が今までで一番真剣な顔つきになる。
「こう言う状況でも、歩けるなら、動けるならば、職務を全うすべきでしょう?」
「何か、カッコいいこと言ってる」
しばらくすると、通路の方から声がした。
「小倉さん」
「はい」
「お客様の準備、整いました」
「ありがとう」
そう告げた乗務員は、「私も席に着きますので」と言って去って行った。
「ほらね?」
「そうですね……立派だと思います」
血まみれで包帯グルグル巻きでも、乗客の確認をして回ったのか。
「さて、そろそろこちらも」
「あ、はい。えーと、こちら2231便です。新千歳空港、聞こえますか?どうぞ」
「こちら新千歳空港、中川です。通信状況は良好です。どうぞ」
「ありがとうございます。乗客の着席、ベルトを確認してもらいました。どうぞ」
「わかりました。それでは着陸のフォローに入ります。森山に代わります」
「代わりました、森山です。どうぞ」
「はい、森山さん。よろしくお願いします……どうぞ」
「頑張りましょう。それでは早速ですが、先ほどの手順の一つ目……」
一つ一つ確認しながらさらに少しずつ機体の高度を下げていく。
「高度良し、速度良し」
「うぅ……緊張します」
「安心してください、我々がついています、どうぞ」
ついているったって、小倉さんはともかく他は地上にいるじゃないか、と思いながらもそこは黙っておく。隣の小倉さんも痛みをこらえてフォローしてくれているし、空港の人たちも素人の私に対してどうやって伝えればいいのかを考え、気を遣ってくれているのはよくわかるから。とは言え、心の中くらい、愚痴らせてもらってもいいだろう。
「少し早いですがランディングギアを出しましょう、どうぞ」
「ランディング……何?……あ、どうぞ」
「わかりやすく言うと、タイヤです、どうぞ」
「ああ、はいはい。あれね」
言われるままに操作をする。
訓練を重ねた操縦士ならば着陸の手順のなかでうまいこと操作するタイミングを作り、流れるようにギアを出すが、現状ではそれを望むべくもない。ギリギリにになってギアを出して、すぐに機体の操縦をするなんてリスクを背負い込む必要も無いだろう。
幸い、機体には問題がなく、正常に動作してくれた。さすがにこれ以上のトラブルは勘弁して欲しい。
やがて滑走路が見えてきた。
「速度良し、高度良し、進入角度良し」
管制室と何度も数字を読み合わせて確認。
「続いてこれ……次にこれ……」
次々と操作を指示される。ワンテンポ遅れることを意識して、指示を飛ばすというのはベテランでも相当大変だろうが、実際に操縦する方はもっと大変だ。
「よし……行ける」
管制官たちが少し安心したのだが、森山は僅かなブレを見逃していなかった。
「マズい……速度が少し速い。機首を上げねば」
森山の言葉に管制室に緊張が走る。
僅かに風向きが変わり、機体の速度がホンの少し速くなっている。
普段なら気にすることもない僅かな差だが、A滑走路の一番奥には離陸に失敗した飛行機の残骸がそのままになっている。この速度ではそのまま突っ込んでしまいそうだ。
だが、僅かに機首を上げると言ってもそのほんの僅かの指示が出しづらい。何度も訓練し、積み重ねなければわからない、本当に僅かな操縦。それを今から伝えても、どうしても操縦がワンテンポ遅れるこの状況下では……
「クソッどうする……」




