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◇ ◇ ◇
「とりあえずこのノートはアイテムボックスの奥底にしまっておきます。使いみちもないし」
「そうね……でも私が預かっていたほうが」
「いえ、大丈夫ですって」
こうして黒歴史ノートはアイテムボックスの奥深くに封印となった。中に入れた物を自由に取り出せるアイテムボックスの奥深くなんて、という意見があるが、聞こえない、聞こえないぞ!しまったことすら忘れることにしよう。
「で、泉の精チケット」
「素敵……微妙なアイテムねえ……」
「もしかしたら、剣みたいなのを落としたら……金の剣、銀の剣、鉄の剣が選択肢になって……あ、伝説の武器みたいな剣がもらえるとか」
「ああ、あるかもね……で、剣なんてあったっけ?」
「これ、かな」
唯一武器らしい武器、日本刀同田貫。
「でもこれって、元々が結構な業物でしょ?」
「そうなんだよな」
それに仮にすごい刀になったとしても、使いこなせる自信がない。
「じゃ、こっちか」
弾のない拳銃。
「これなら金の銃、銀の銃、鉄の銃……伝説の銃、とか」
「伝説の銃って……何?」
「さあ?でも、弾がなくても撃てる銃になってくれたらいいなと」
「それはたしかに伝説になりそうね」
どうせ、何が出ても大差なかろうと結論づけ、拳銃を入れることに決めた。
使い物になるなら良し、使えなくても今まで使っていなかったから問題なしという、消去法だ。
「では、泉の精チケット使用」
すぐ目の前に直径二メートルほどの泉が現れた。
「よし、では銃を」
落とそうとしたら、すぐ近くの壁に立てかけておいた金属バットがコロンと倒れ、ボチャンと落ちた。
「「え?」」
手をのばすよりも早くバットは沈んでいき……泉が光りだした。
「うん……まあ、バットならたくさんあるから一本くらいなくなっても困らないか」
「そうね」
やがて、光り輝く泉の中から、それっぽい格好の女性が現れた。
「あなたが落としたのはこの……んしょっと……こ……この……金のバット……ですか?」
足元の水に手を突っ込んで引っ張り出したのは金色に輝くバットだった。腕がプルプル震えているのは重さのせいだろう。まさかと思うが、中までぎっしり金なのだろうか?
「それともこの……っしょっと……こ……の……銀のバットで……すか?」
泉の中がどうなっているのか見えないが、手を突っ込むだけで届く位置にバットが浮いてきているのか?どう見ても水に浮くとは思えないんだが。
「あるい……はっ……この……っとと……鉄の……バット……です……か?」
「それ重いんじゃないか?」
「おおおお、重くなんか……ない……ですよっ!自分で……っく……作り出した物が……重いなんて……泉の精たる……私にそん……な……馬鹿なことが」
「腕、プルプル震えてるどころか、だんだん下がってないか?」
金、銀、鉄で中が空洞になってないとしたら、三本セットで数百キロになってそうなんだが。さて、何て返事をしようかと見ていたらやや涙目になった泉の精が情けない声を出す。
「うう……重そうだ……って……思うなら……早く……選んで下さいよお」
「成海さん、泉の精ってこんなんでいいんですかね?」
「ないわー、イメージぶち壊しだわー」
「ぐぬぬ……」
さて、からかっていても進まないな。
「俺が落としたのは……そのどれでもないぞ」
「え?」
「いや、だいたいの金属バットってアルミの合金だから、鉄ですらないな」
「そ……そん……な……」
もしかしたら鉄も入っているかも知れないけど、それでも落としたのはそんなダンベルよりも重そうな物ではない。そんな物、軽く振っただけで肩が抜けてしまうだろうに。
「うう……し……正直者のあなたには……全部差し上げます!」
「うわっと……重っ!」
涙目の泉の精に強引に押しつけられたそれは、本当に尋常ではない重さですぐに落としてしまった。ガンとかカンではない、ズンという音が辺りに響く。足の上に落ちなくて本当に良かったと思う音だ。
「そ、それでは「ちょっと待った!」
「なんですか?」
一仕事終えて帰ろうとしたところを呼び止めたら、すっげえ不満そうな顔をされた。が、ここはきちんと言うべきだろう。
「俺が落とした物を返してもらってないんだけど?」
「うっ」
これは行けるか?もう一押ししておこう。
「俺、アレが無いと困るんだよなぁ」
「え?」
「俺の武器、アレしか無いからさあ。あのバットがなくなって、この先生きのこれるか不安だなあ」
「えと……あの……」
「ああ、気にしないで。こっちの話。うん、心配しなくても。そうそう、心配しなくてもいいよ。うん、あのバットが無くなったせいで死んだとしても恨んだりしないし」
「え?死ぬって……え?えと……あの」
「いや、呼び止めてすまなかった。うん、アレでしょ、忙しいだろうから、うん。そういうことで」
バイバイ、と手を振ったらわかりやすくうろたえて泉の中に手を突っ込んでバシャバシャやり始めた。
「あ、あの!えっと!その!そうだ!これですよね!はい、これを!」
泉の中から取り出されたのは新品のバット。と言うか、さっき落とした奴が新品になっただけだな。
「えと……これで、大丈夫……ですか?」
「もらっていいの?」
「はい」
「そう、ありがとう」
「いえ、こちらこそ。その……ご迷惑をおかけしました」
そして「失礼します」と泉の中に消えていったのを見送ると、後ろからため息が聞こえた。
「イ○ップに謝るべきだと思う」
「そう言われてもな」
とりあえず戦利品をアイテムボックスに放り込む。
「金のバット、銀のバット、鉄のバット」
「純金のバット、重そうね」
「俺が持ち上げるのに苦労するレベルって……」
現状、司の腕力だと原付を片手で軽く持ち上げられるのだが、それが難しいレベル。実はあの泉の精、華奢に見えてかなりの力持ちだったと言うことか。
「そして、落としたバット……ん?」
「どうしたの?」
「アイテムボックスの表示が……『伝説のバット』」
「っぷ……ははははははっ」
成海が笑い出し、少し遅れて司も笑い出す。なんだこれ。
「よ、よりにもよって……伝説のバットって……」
「アレからしら、メジャーリーグのすごいバッターのバットとか」
「あー、それはないと思う。プロはほら、木製バットだし」
「それじゃあ、高校野球のすごいバッターとか?」
「逆に聞くけど、それって……武器としてすごいのか?」
俺はこれからバットでモンスターをぶん殴りに行くのであって、野球をしに行くわけではないからホームランが量産出来るバットは要らない。行き先はプロ野球チームの本拠地ドーム球場だけど。
「ま、使うだけ使ってみるか」
「そうね」
何となく散らかってしまった物を片付けて、まずはワイバーン戦。ミッドDドラゴンの討伐期限まであと二時間を切った。どうにか間に合うといいのだが。
……ところで今日はまだ性別転換が出来ない。できるようになる時間が結構バラバラなのはタダの偶然なのか、規則性があるのか……ま、困らないけど。
バットの正確な体積はわかりませんが、同じくらいの中身ぎっしりの棒と仮定すると、金の場合500キロ弱になる……みたいです。適当な計算ですが。




