(13)
◇ ◇ ◇
「藤咲と佐々木、次……東棟の二階、四十代男性」
「了解!行くぞ!」
「はいっ」
消防士として現場経験の豊富な典明も、コレだけ重傷者が出ている現場ではトリアージされたなかで「助かる」と判断された者を担架で運ぶくらいしか出来ない。既に何度階段の上り下りをしたかなどわかるはずも無く、手足は疲労でパンパンに張っているが、それでも必死に体を動かす。
九時ちょうどに始まったアレコレは、この避難所でも三人の見落としがあったが、それでもどうにか収拾が付き、負傷者の対応が始まったが、一向に終わらない。
「どうぞ、冷たい物を」
「ありがとう」
「ぷはっ、生き返る!」
「行くぞ!」
「そちらもどうぞ」
「ああ、いただきます」
医官の詰める部屋のすぐ横で、あちこち駆けずり回る者達にせめて飲み物くらいはと碧たち女性陣がスポーツドリンクをマラソンの給水所のようにして配っているのだが、好評どころかすごい勢いで減っていくので用意が追いつかない。
「よいしょっと……持ってきましたよ」
「ありがとう……ここに並べてください」
「はい」
碧のように夫が自衛官だったり警察官だったり、あるいは避難所の運営に少しでも貢献したいと名乗り出た女性陣がフル稼働してそろそろおにぎりでも用意しようか、なんて話もしている。飲み物ですら一息で飲んですぐに走って行く連中におにぎりを渡したら……喉に詰まりそうだ。
「と言うことで、小さめのおにぎりを作りましょうか」
「任せてください!」
「海苔は巻かない方がいいかしら?」
「巻いたのがいいって人もいるでしょうし、両方用意しましょう」
「具は?今用意出来るのは鮭とオカカと……」
「皿!おにぎり積み上げる皿を用意して!」
「ご飯、あと五分もすれば炊き上がるよ!」
「スポーツドリンクよりお茶の方がいいんじゃない?冷たい奴」
「私、お茶用意するわ!」
一緒に手を動かしながら、このたくましさを頼もしく思い……子供たちが無事に合流出来ただろうかと少しだけ心配する。
寿の言う通りなら、少々のことでどうかなってしまうことは無いだろうが、それでもやはり顔を見て、声を聞いて安心したい。そして、ランキングで表示されている異常な速さのレベルアップについて、じっくり聞いておかないと……あと、二位の、多分女性も一緒に行動しているだろうから、その関係についてはさらにじっくりと。
「さあっ、頑張りましょう!」
◇ ◇ ◇
「さて、これからどうするか……なんだけど」
「はい」
「とりあえず……そのミッドDドラゴンとか言うのがいると思われるドーム球場まで行く……ってのはOK?」
「いいわ」
「その道中でも拠点になっていてボスモンスターがいるところはどんどん狩っていく」
「ええ」
「そしてランキングを駆け上がる」
「うう……なんかもう……うん、はい」
地図で道順を確認すると……
「こことここ、多分ここも拠点になってるな」
「意外に公園が多いですね……あ、ここにも」
だいたい「○○公園」のようになっているところは拠点になっているようなので、潰して回るか、迂回するか……
「迂回出来るような位置関係に無いな」
「都会も意外に公園が多いですねぇ」
「仕方ない、叩いて回りましょう!」
「えー」
「放っておいたら、いきなり背後から来たりするかも知れないし」
「あ、それは怖い」
ぼそりと小声で「ランキングも駆け上がれるし」と付け加えてみたが、聞こえなかったようだ。
◇ ◇ ◇
「さて、落ち着いてきたところで……」
朝から始まった騒動も夕方になる頃にはどうにか落ち着いてきた。状況は厳しいが、そろそろ次の一手を考える頃合いだろう。
「総理、またしても面倒が」
「うん……今日は面倒事しか起きてないよな……どこからだ?」
「国連本部、武内国連大使からです」
「イヤな予感しかしないから聞きたくないんだが」
「それでも聞いて下さい。緊急特別総会がニューヨーク現地時間の午後一時より始まると」
「日本だと……」
「深夜二時からですね」
「今まで全く動いていなかったのがいきなりどうしたんだ?議題は……何となく想像がつくが……」
「その……藤咲司を匿っている日本政府への非難決議、と言う情報が」
「「「は?」」」
その場にいる一同が間抜けな声を出してしまった。ある程度そう言うことを言い出すところがあることは予想していたが、まさか国連の緊急総会の議題になるとは。
「今から根回し……クソッ、あと五、六時間がせいぜいか……」
「そもそも、各国の参加はどの程度になるんだ?」
「現時点で判明しているのは……アメリカが」
ゴクリ、と全員が息をのむ。
「国連大使、大統領、国務長官共に所在不明のため……ニューヨーク市長秘書が代理で出ると」
「「「嘘だろ?!」」」
「それからロシアが……在米大使館の警備責任者。イギリスが同じく大使館の料理長、それに……」
先進国と呼ばれる国々は……何の責任も権限も無い者ばかりが出席するようだ。副市長とか大使館詰めの外交官ならともかく、警備責任者とか料理長に何の権限があるのだろうか?どこぞの空母の料理長なら、腕力で大統領すらひれ伏すような権限を振るいそうだが。
「こりゃ荒れるなんてモンじゃ無いな」
「想定される質問に対しての回答を用意しておきたいが……予想がつかん」
全員がため息をつくが、それでも動かなければならないだろう。
「武内さんには頑張ってもらうしか無いが、まともな大使あるいは責任ある立場の者が出席するであろう国に対して、日本の正当性を支持するように働きかけるしか無いな」
「藤咲司も赤畑成海も日本人だと言うことは認めておこう。そうしないと荒れに荒れて収拾がつかんだろうからな」
「だが、二人が現在どこにいるかを正確に把握は出来ていないと言うことと、共にタダの大学生で、世界中を巻き込んだこの異変を引き起こすような大それた事などできないと主張するしかない」
「……どうしましょうか、二人の驚異的なレベルについての真相は」
「不明、としておこう。ただし……そうだな、藤咲司の家族とは連絡が出来ており、あのガチャから始まる一連の事態を引き起こした人物では無いことを確認していることだけ強調しておくか」
「しかし総理、その場合……各国の諜報員が家族に接触、もっと言うと拉致などを試みる可能性が」
「むむ……そうか」
「そこは大丈夫では無いでしょうか?」
「なぜそう思う?」
「現状、両親は避難所で避難民では無く、避難所の運営の方に関わっています。常に人の目のあるところにおり、諜報員の接触よりもモンスターの方が危険度が高いという環境ではないかと」
「確かに一理あるな」
「姉は姉で……どうにかしようとしたら軍隊が必要なレベルのようですし」
「ふむ……それではどうするか……」
相手が海千山千の大使、外相、大統領ならどんな難癖を付けてくるか予想も立てられるが、外交の「が」の字すら怪しそうな連中相手だと、どんな変化球が来るか見当もつかない。
ある意味、戦後最大級の外交上の危機に全員が知恵を出し合うのであった。
書籍発売から一週間経過。相変わらず書店に並んでいるのを見たことがないという……
通販サイトに並んでいるのを見るだけでも満足です!




